第三話 白雪姫の国【ニーヴ】 Chapter.2
白雪姫の国「ニーヴ」への出立準備が始まってから、数日後。
アルフレートとルドルフ、そしてクライトの働きにより、最短時間での準備が整ったルージュたちは、一路、ニーヴへの道を歩み始めた。
もとより交友関係の深いシャプロンとニーヴは距離こそあれど、一つの街道で繋がっている。
交易のための行商人も行き交うような比較的活気のある道のりゆえに。
馬で移動するシャプロン一行もルージュを前に乗せたアルフレート、そしてルドルフとクライトがそれぞれ騎乗している合計三頭の馬のみという、オオカミたちによる護衛を付けない最小限の人員で抑えることとなった。
とは言え、有事の危険性のある土地へと向かう王族御一行だ。危険性がゼロというわけでは決してない。
ルージュを自身の前に座らせ、全方位へと狼耳の聴覚を研ぎ澄ませるアルフレートは常に警戒体制をとっていた。
しかし、当のルージュ本人といえば。
『アルフ! あの山、すごいな……あんなに高い山がずっと連なってるのか』
「ルー、浮かれ過ぎだ」
『そんな事ないさ! これも視察の一環なんだから!!』
そう言って黄金色の瞳をキラキラと輝かせて、連なる山脈の稜線をなぞる様に指差しては、嬉しそうにアルフレートの腕の中でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「……ルー……頼むから俺から離れるような事は避けて」
『分かってるよ! 〝勝手に行動するから〟ってボクの馬を用意しなかったのは、アルフでしょ。大人しく座ってるんだから感想くらい言わせてよ』
ルージュの背後から聞こえたアルフレートの深いため息が、長尺のお小言へと変わる前にそんな牽制をして。
ルージュはグンッと伸びをすると、街道を駆ける若い風を身体中に取り込んだ。
「まったく……ロロ、お前も周囲警戒を怠ら……」
「ルー、見て! でっかい鳥!」
『本当だね、あんなの初めて見たよ……』
「あれはコンドルよ。山の絶壁に巣を作って子育てするような鳥だから、国土のほとんどが森のシャプロンではお目にかかれない鳥ね」
『「へぇ〜……」』
「…………」
忘れていた。ルージュが国外へと出るのが珍しいと言うことは。ルドルフもまた、若くしてルージュ直属の近衛騎士に従することとなった故に。
今回の移動は、彼の好奇心を刺激するものでしか無い、という事を。
「…………はぁ」
珍しいものを見つけるたびに報告し合う、ルージュとルドルフ。
そしてその報告内容に解説と補足を入れるクライト。
これが戦地へと赴く防衛代表国の一団なのだろうかと、肩を落とす反面で。
『本当に、世界は広くて美しいね! アルフ!』
自身の主たるルージュが向ける、いつになく興奮気味で年相応な……子どもらしいその笑顔に。
「……そうだな」
アルフレートは他の二人に見つからぬよう。
そして、自身の油断を引き締めるように、僅かながらに緩んだ口元をそっと隠した。
――――――――
それから〝夜戦訓練をしよう!〟と、興奮冷めやらぬルージュをなんとか宥めながら過ごす、お忍びでの宿屋泊を数日こなして。
最初に手紙を受け取ってから六日目の朝。
ルージュたちは、約束通り七日以内に白雪姫の治める国「ニーヴ」へと入国した。
「ルージュ様、そして皆さま。ようこそニーヴへ」
しかし、その入国は極めて地味で質素。
出迎え等も最小限に抑えられた形で、ルージュたちは入国した。
それは「防衛国家のシャプロン王族が、政の予定もないのに来国したと知れ渡れば、ニーヴ国民に不安を与えかねない」と、ルージュが予めニーヴ側へ進言したことによる手配であった。
「ルージュ様、こちらへ」
『ありがとう』
シャプロンとは違い多くの使用人を抱える賑やかな城内を縫うように進み、通されたのはニーヴ城の大広間だ。
その広さと開放的な空間に自然と全員が視線を天井へと投げかける。
そのまま、舞踏会や晩餐会を頻繁に行うニーヴに相応しい調度品の数々に目を奪われていると。
案内役をしていた使用人は深々と頭を下げてから、ゆっくりと扉を閉めて部屋を後にしていった。
「窓が大きいし、すごくたくさんあるね……!」
『軍事国である我々とは違う開かれた城の作りだね』
「さすがは愛と平和の国って感じね……ウチもコレくらいしてもいいんじゃ無い?」
「城の窓を最小限に抑えるよう設計したのは……師匠のはずでは?」
「あら、そうだったかしら?」
そういって相変わらずの飄々とした表情を見せるクライトに、アルフレートとルージュはひっそりと目を合わせてから、示し合わせたかのように眉尻を下げて息をついた。
「ここで待ってたら誰か来るのかな?」
『そうだね。たぶん……』
――バタンッ!
ルドルフの質問に答えようとするルージュの言葉を遮るように。
突如、大広間の扉が大きな音を立てて押し開かれ、華やかな声が室内へと響き渡った。
「ルージュ! 来てくれたのね!」
驚いたルドルフが振り返った扉の先からは、ルージュの名を呼んだと思わしき一人の少女が、こちら目掛けて駆け出して来るではないか。
『クリステナ、元気だったかい?』
しかし、名前を呼ばれた当の本人ルージュと言えば、ルドルフとは対照的に、少女の突然の登場に動揺する様子もなく。
さも自然と両腕を広げてそう声をかけると、クリステナと呼ばれた少女もまた、ルージュの腕の中へと迷うことなく、真っ直ぐに飛び込んできた。
『久しぶりだね』
「会いたかったわ! ルージュ!」
『ボクもだよ』
ルージュがしっかりと抱き止めたこの少女。
彼女こそが、ニーヴ国代表「白雪姫 クリステナ」である。
ルージュよりもより深い黒髪と真紅の唇が、その名の通り、深雪色の肌に良く映えている。
再会の抱擁をゆっくりと解いてからクライト、そしてアルフレートとルドルフに丁寧なお辞儀で挨拶を交わすクリステナの姿は、まさに箱入りのお姫様と呼ぶにふさわしい美しい所作を披露した。
歳の頃はルージュと近く、友好国の新世代女王同士と言うとこもあり、幼少期からよく共に過ごしていた二人は、王族同士の付き合いと言うよりは友人同士と言うべき間柄だ。
「魔法を使ってここまで?」
『まさか。普通の馬に乗って、だよ』
クリステナの何気ない質問に、ルージュがそう苦笑いを含めながら答えると、驚きを隠せないクリステナが大きな空色の瞳をさらに大きく見開きながら、指先で自身の口元を隠した。
「馬!? 魔法を使えば疲れないでしょうに」
『……ニーヴのように、我が国は魔法使いを持たないからね。ボクらの国の者は魔法は使えないさ』
この世界における「魔法」とは、それぞれの国によってその存在に、ばらつきがある。
物語が記された本の中に「魔法」が存在すれば、その国では当然のように「魔法」が存在する。
白雪姫の物語に「何でも答えてくれる魔法の鏡」と「変身の魔法薬や毒薬を作ることの出来る魔女の継母」が存在していたから、白雪姫の国には魔法が存在し。
赤ずきんの物語に「魔法」が存在しないから、魔法の使える者も魔法も存在しないのである。
「じゃあセレンに迎えに行かせれば良かったわね!」
『構わないよ、国外視察にはもってこいだ』
「まぁ、相変わらずルージュは仕事の鬼ね〜」
その一言に、今度はルージュが驚きから目を見開いた。
そして、くるりと頭だけで振り返るとルージュは後ろで黙って話を聞いていたアルフレートへ、ニヤリと悪戯に笑いかける。
『ねぇ、聞いた? アルフ。これがボクの国外からの評価だよ。ボクはいたって真面目な女王みたいだ』
その勝ち誇った笑顔たるや。
憎たらしいと言うべきか、何と言うか。
数日前に大自然を目の当たりにした、あの無邪気な主人が懐かしい。
などと回想に浸りかけた思考をアルフレートは眼鏡の位置を治すお決まりのポーズで誤魔化した。
「ふふっ、ルージュのオオカミさんは相変わらず苦労してるのね」
「同情痛み入ります……クリステナ様」
『ちょっと、アルフ?』
「もー、ルージュの怒りんぼさん!」
そんな笑い声さえ上がるほどの穏やかな時間をルージュや近衛騎士たちと交わしていると。
ふと、クリステナは何かを思い出した様子で慌てて部屋の入り口へと駆けていった。
「いけない、執務を放り出して来ているのだわ!」
幼いクリステナとはいえ、ルージュと同じく一国の女王。
それなりの仕事量を抱えているのだろう。
ドアノブに手をかけたクリステナは、申し訳なさそうに眉尻を下げるとニコリと微笑んだ。
「……ごめんなさい、また後でね」
『分かったよ。……クリステナ、後でまた国のことを聞かせてね』
「もちろんよ! 最高のおもてなしを用意するわ!」
そう言うと、クリステナは最後にもう一度ニコリと微笑み礼儀正しくお辞儀をすると、部屋へ入ってきた時とは打って変わり優しい手つきでドアをパタンと閉めた。
「クリステナ様も相変わらずね」
『手紙を見た時は心配してたけど……思ったより元気そうで良かったよ』
軽やかな足取りで部屋から離れて行くクリステナのタイミングを見計らうように、そんな言葉を交わす。
クリステナの纏う、どこか懐かしくて、人の心を円くしてしまうような空気感に包まれていたルージュたちは「戦禍に陥る可能性のある国へと防衛に来ているのだ」という意識と「この穏やかな時を護る決意」を高めた。
――その時。
「大変お待たせ致しまして、申し訳ありません。ルージュ様」
クリステナの退室した扉とは反対方向から、中低音の声が飛び込んできた。
その声に、ルージュたちが反射的に振り返れば。
そこには声の主である軽装備の青年騎士と、身の丈ほどの長さの樹の杖を携えた淑女が一人立っていた。
『セレン殿にセドリック殿、お久しぶりです』
ルージュがそう呼んだ男女。
彼らもまた、ルージュの古くからの顔見知りであり、家族ぐるみの付き合いのあるニーヴの王族たちである。
「先の戦いではシャプロンが狙われたとか……お怪我は?」
『心配には及びません。優秀な部下もおりますので』
そう言って心配そうにルージュの手を取り、慈しむよう撫でるのは樹の杖を携えた淑女こと、白雪姫の継母であり魔女の末裔「セレン」。
この国に魔法の力をもたらす魔法使いの血筋を持つ女性だ。
物語では敵対関係にある魔女と白雪姫であるが、現在は幼いクリステナと共にこのニーヴの政を担っている。
「少し背が伸びられましたね。……相変わらず鍛錬は欠かさず?」
『ボクとしては物足りないのですが……どうもウチの騎士たちは過保護で困ります』
そして、凛とした佇まいと落ち着いた声色で微笑むこの青年騎士が、白雪姫の「七人の小人」の末裔「セドリック」だ。
クリステナの近衛騎士であり、国内の防衛と警護を一手に担っている七人の小人の「一人」。
軍事力があまりないニーヴ国とはいえ、その防衛を一手に担っているだけあって、セドリックは、その口調と裏腹に筋肉質な躯体を持ち、身の丈は長身のアルフレートと同等。
松葉色の緩い癖のある髪が彼の穏やかさを、そして左目にかかるモノクルは彼の聡明さを物語っていた。
「先ほどはクリステナがお騒がせしてしまったようで……失礼致しました」
「我が王妃クリステナも、もう少しルージュさまのように立派になってもらいたいものなのですが……」
『いや、ボクは感謝してます。クリステナの存在のお陰で……ボクも〝等身大〟で居てもいいんだと……心を休めておりますので』
ルージュの嫌う社交辞令だらけの国交とは違い、心の底からニーヴの王族たちとの会話を楽しむ彼女の姿はいつになく楽しげで。
〝昔から心を許している人々〟という関係性が、いつもよりも穏やかで素直な言葉をルージュから紡がせているようだった。
『それにクリステナの〝純粋で真っ直ぐ〟な物言いは白雪姫の本分でしょう?』
「本当に、ルージュさまには敵いませんわ」
『おあいこです』
そうにこやかに談笑を続けるルージュを見守るアルフレートの傍で、何やらそわそわとしていたルドルフが悪目立ちせぬように、アルフレートの腕を突くと、そっと耳打ちした。
「ねぇ、アルフ」
「なんだ」
あからさまにその三文字から〝妙な事を聞くなよ〟と言われた気がした。
しかし、ルドルフはずっと気になって気になっているのだ。
主君が楽しそうにしているのを邪魔してはならないと分かっていながらも。
芽吹いた好奇心をどうにも抑えられずにいることをアルフレートに告げた。
「ずっと気になってるんだけど……あの人、クリステナ様の従者……ってことは、七人の小人の一人でしょ? なんで全員で来なかったのかな……? お出かけとか?」
「お前は……」
アルフレートの予想は的中。
いや、小声であっただけ褒めた方が良いのかも知れないが。
初めてのニーヴ訪問となるルドルフから出たその純粋過ぎる疑問は、即座にアルフレートの頭痛を呼び起こした。
「アルフレート殿、よろしいのですよ。……新しい従者殿ですね」
「……あ、はい!」
そんなアルフレートの頭痛までをも察したか、流れるようにアルフレートとルドルフの前にやってきたセドリックが、そっと手を胸に当てて頭を下げた。
「白雪姫の近衛騎士〝七人の小人〟の末裔、セドリックと申します。……貴殿のお名前をお伺いしても……?」
『あぁ、申し訳ない。……ロロ、セドリック殿にご挨拶を』
セレンとクライトとの会話を楽しんでいたルージュがふと、セドリックに気づいてルドルフにそう指示を出せば。
ルドルフの緋色の耳と尻尾が、ピッと佇まいを整えた。
「初めまして、セドリック様。グリム同盟防衛国代表 赤ずきんルージュの近衛騎士。名をルドルフと申します」
いつにも増して丁寧な言葉遣いと最敬礼。
アルフレート仕込みの完璧な挨拶をルドルフが披露すると、セドリックは合点が入ったと言わんばかりに目を見開いてから手をパンと合わせた。
「あぁ、なるほど。ルージュ様が以前お話くださっていた、例の彼ですか」
どうやらルージュが以前からルドルフの事をセドリックに話して聞かせていたらしい。
そう言った点にも、いかにルージュが彼らに気を許しているかが伺える。
そんなルージュからの前情報もあってか、セドリックの笑顔は途端、より深いものへと変わり。
再度改まってから深々と頭を下げた。
「この度は急なことで申し訳ない。ルドルフ殿、どうぞこの国とクリステナをよろしく頼みます」
「……はい!」
「わからないことがあれば、何でも聞いてください」
「あの……一ついいですか……?」
「どうぞ?」
物腰柔らかなセドリックの微笑みに促されるように。
ルドルフは、先ほどアルフレートから回答を得られなかった疑問を、手っ取り早く本人にぶつけてみることにした。
「あと六人の従者の方ってどこにいらっしゃいますか? ご挨拶した方がいいかなって……」
――…………
『ぷっ……』
「ルージュ、アンタって子は……」
「え、何!? 俺またやらかした!?」
「だから俺は最初から教えておこうと言ったんですよ……」
「え!? アルフ、何!? え、何!?」
咄嗟に止めることの出来なかった自分を責め、頭を抱えるアルフレート。
してやったりの表情で、腹を抱えて笑いを堪えるルージュ。
そんな彼女を見て、全てを理解した呆れ顔のクライトに、眉を下げて苦笑いを見せるセドリック。
誰の顔を見ても正解がわからない。
『ごめんね、ロロ。これはニーヴにおける通過儀礼と言うか……』
「通過……?」
「ま、お決まりの展開ってやつね」
「クライトさん……も、もっと分かりやすく……」
「後にしろ……頭痛に響く……セドリック殿……本当に申し訳ない……」
友好国でもなければグリム同盟終結の日になっていたかも知れない……などと物騒な妄想を携えたアルフレートが、何度も何度も謝罪の言葉を紡いだ。
そんな冷や汗もののアルフレートに対して、セドリックは両手のひらを左右に振ってから〝お気に病まず〟と笑った。
そして、ルージュにはバレぬように、こっそりとアルフレートに寄り添うと〝幼く愛らしい主人を持つと、互いに苦労しますね〟と悪戯に囁いた。
まさに、慈愛と平和の国の騎士の立ち振る舞いにアルフレートはスッと頭を上げると、改めて最敬礼でその感謝を表した。
「では、ここはひとつ。お近づきの印に私からお話しさせて頂きましょうか……よろしいですね、ルージュ陛下」
『もちろん。ぜひ教えてやって欲しい』
いよいよ目尻に涙を溜めて笑いを堪え始めた楽しそうなルージュにそんな許可をとって。
コホン、と一つの咳払いで場を仕切り直したセドリックが、ニーヴ初心者のルドルフへと向き直った。
「確かに私は七人の小人の末裔なのですが…実は小人の末裔は、現在私のみで……七人いると言うわけではありません」
「えぇ!?」
セドリックは、先の戦乱で「七人の小人」のうち六名が早期に命を落としたこと。
それによりニーヴは戦闘力のほぼを失い、窮地に陥ったところをルージュの母「スカーレット」に助けられたこと。
その後、セレンの魔法を駆使して亡くした六人の魂をセドリックの精神下に繋ぎ止めたこと。
現在は精神下にある仲間の力を引き継いで、クリステナの近衛騎士を生き残ったセドリックが勤めていること。
そして修行の末に、セレンの魔法具である6つのピアスから、失われた六人の魂を具現化できるようになったこと……など。
ルドルフの知らないニーヴから見たグリム同盟の歴史をゆっくりと掻い摘んで説明していった。
「つまり……」
――ブワァッ……
セドリックがそっと床を撫でるように空間を切ると、その動きに合わせてセドリックの足元に光の絨毯が敷かれる。
その光景に思わず感嘆の声を上げるルドルフにまた一つ優しい微笑みを溢したセドリックは、先の説明の通り、その姿を七人へと分身させていった。
「今はこの分身術という魔法を利用して、私の中にある末裔たちの魂を具現化して、クリステナとニーヴの警護に当たっております」
――それぞれが意思をもっていて、別行動をとることができるんだぜ?
――外見と能力はセドリックに準ずる形になるが。
――身体を失った今も、クリステナを護ることに尽くしているのでございます。
脳に直接語りかけるような不思議な声が響く。
その全てがセドリックと同じ声であるのに、まるで違う人間が発声しているのが分かる、不思議な感覚。
まさにこれが魔法。
現実に起こり得ないことを具現化する力を目の当たりにした。
「す、すごい……」
「これがニーヴの近衛騎士セドリック殿の能力であり、強さだ」
『まぁ、七人の小人って言われたら……七人出てくるって思うよね。ボクも子どもの頃、驚いたよ』
「今でも子どもじゃない」
『お・じ・さ・ん!』
求めてもいないツッコミに機嫌を悪くしたルージュの鉄拳を、軽く舌を出しながら背中で受け止めたクライトは「まぁ冗談はさておき」と前置きをしてから、柔く目を細めてセドリックに向き合った。
「戦禍の中、仲間を失って項垂れるセドリック殿は見てられなかったけど……全員が具現できるようになったのを見た時には、流石のアタシも驚いたもんよ……セドリック殿の努力の証ね」
「聖騎士クライト様にそのような……恐縮です」
歴史を駆け抜けた伝説の騎士たちが互いに健闘を讃え合う姿は、なんと凛々しく力強いものか。
普段お目にかかることの少ない、クライトの意外な騎士としての一面にアルフレートとルドルフ、そしてルージュたちが驚きを隠せずにいた、その時。
「さぁさぁ、いつまでもお立ちになってないで……どうぞこちらへ」
パンパンと軽快な音で手を叩くセレンが、歓談の終わりを知らせた。
そうだ。今は「楽しいだけ」を過ごしている余裕は少ない。
『この優しくて、大切な時間を守るためにも……気を引き締めて行こう』
ようやく、役者は出揃った。
これより舞台は、シャプロンとニーヴによる軍事会議へと続く。
ルージュ・パドトロワ 草鹿りのすけ @kusakarinosuke
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