第三話「白雪姫の国【ニーヴ】 Chapter.1」
ルージュの育ての親。
アルフレートの武術の師匠。
そして先代女王「赤ずきん スカーレット」の近衛騎士にして、現グリム同盟国の礎を築いた者として歴史に名を刻む伝説の聖騎士〝クライト〟。
長く放浪の旅へと出ていたはずの彼が、突然にルージュの元へと舞い戻り持ち帰ったものは、シャプロンの同盟国である「白雪姫」からの手紙であった。
「貴女に渡すように預かった【白雪姫】からの手紙よ、ルージュ」
クライトの放つその言葉に、ルージュは驚きと疑惑の入り混じる視線でまっすぐにクライトを見据える。
あからさまに怪訝な表情を見せるルージュを不敵な笑みで受け流しながら、クライトは手に持つ「白雪姫」の手紙をそっとルージュへと差し出した。
『おじさん……これ、どこで手に入れたの?』
尚もその真偽を問いながら。
素直に手紙を受け取ったルージュの手元は、素早く封を切り、中に入れられた二つ折りの上等なレター紙を開く。
「別に怪しいルートじゃないわよ。立ち寄った白雪姫の国で、内密に渡されただけ」
そんな言葉に耳を傾けながら、ルージュは薄いクリーム色の用紙へと視線を滑らせた。
品のある整った文字ながら、どこかあどけなさも感じられるその文章は、間違いなく〝白雪姫〟本人による直筆の手紙だ。
「こう見えて有名人なのよね、アタシ」
まるで手紙が本物だと確信したルージュを見計らったかのように、そう自慢げに語るクライトの表情と言葉は、なんとも飄々としていて他人から見れば、実に信憑性に欠けることだろう。
しかし、仮にも彼は歴史上に名前を残す騎士なのだ。
自身が仕えるべき国に、くだらない嘘などつくはずはない。
そう思案しながら目を細めたルージュは、クライトから視線落として再び手紙へと戻る。
ため息のような深い息をひとつ吐いてから意識を整えると、今度は注意深く手紙の内容を読み解いた。
複数枚に渡る白雪姫からの伝言によると、前情報の通り「白雪姫」の国で治安を脅かすよからぬ事が起きている事。
自国の防衛体制だけではどうにもならないので助けてほしい事……など。
白雪姫の純粋で、まっすぐな言葉と必死な想いが綴られていた。
さらに……
「渡された時、仕切りに七日以内のニーヴ入国を頼まれたのよね。だからわざわざシャプロンにすっ飛んできたって訳よ」
防衛要請期間は、出来るだけ早く。
それもやたらと具体性のある〝七日以内〟に白雪姫のいる国へと救援に行かなければならないらしい。
しかし、だからと言ってなにふり構わず旅立つわけにもいかない。
急な遠征であり、そのうえ十中八九戦いが控えているのなら、尚のこと。
シャプロンや他の国の防衛準備を怠るわけにはいかないからだ。
『七日以内に何かあるのかな……』
「ひょっとしてかなりピンチだったりして……」
「滅多なことを言うな、ロロ」
『何にせよ、行くなら早いに越したことはないってことだね』
カサカサと友からの手紙を丁寧に折りたたんで胸元のポケットへと大切にしまう。
ルージュはそのまま、なにやらブツブツと独り言のように出立の段取りを口にしながらドサリと玉座に腰を掛けると、足と腕を組むいつものスタイルへと戻っていった。
「白雪姫の国……〝ニーヴ国〟って近いの? 準備も含めて七日以内って……間に合うのかな」
「そうか。ロロは始めてか」
不安げなルドルフに対して向けられたアルフレートのそんな言葉を耳にしたルージュは、先ほどまで見せていた難しい顔一転させて。
思考モードで丸めていた身体をググッと伸ばしてから、得意げにウィンクを一つ決めると嬉々として人差し指を立てた。
『では、ニーヴ国初心者のロロに、軽く説明しておこうか』
――白雪姫の治める国「ニーヴ」。
ルージュの母であり、グリム同盟を締結した先代の赤ずきん「女王 スカーレット」率いる軍に最も早く加勢した国の名称である。
『ニーヴの先代女王陛下は……白雪姫の名に相応しく、それはそれは心優しい方でね……それが仇となったんだ』
普段から治安の良いニーヴは、言い換えれば平和ボケしている国。
戦闘下手で軍事力の少ないことが知れ渡っていたニーヴは、戦禍に陥ると真っ先に他国から攻め入られ、甚大な被害に見舞われていた。
「そこに彗星の如く現れたのがスカーレットとアタシたちって訳ね」
「師匠が敵陣三国の将軍格を、一撃で同時撃墜したというのは、良くある戦禍のおとぎ話なんですか……?」
「ん〜、ほら、アタシもその時若かったから?」
『本当なんだ……』
「クライトさん……凄すぎる……」
その活躍あって、あわやその歴史に幕を下ろしかけたニーヴの所蔵する「白雪姫」の本は、シャプロンの防衛下に置かれることとなり。
同時にシャプロンとニーヴの同盟が結ばれる運びとなったのである。
時の「白雪姫」は、戦うことのできなかった不甲斐のない自分を救ってくれたスカーレットとシャプロン軍に、この上ない謝辞と僅かながらな軍力の加勢を大々的に表明。
そして、その友好の証として「白雪姫」から「赤ずきん」へ、ある特別な〝贈り物〟が贈られることとなった。
『それがボクの身につけているこの〝赤ずきんのマント〟さ』
ルージュが常に身につけている真紅のマントは、戦闘時にルージュが使用する巨大な鋏「スカーレット・シザー」を隠し置く魔力を秘めたマントでもある。
白雪姫の特徴的なアイテムであるあの「魔法の鏡」の力を宿していて、戦闘に必要な武器や防具などを格納することが出来る代物だ。
スカーレットからルージュへと引き継がれたこのマントは、白雪姫との絆の証として、代々の「赤ずきん」へとこれからも引き継がれていく大切な物なのだ。と、ルージュは自慢げに語った。
「それであのハサミはいつも不思議な場所から出てくるんだね!」
『マントに宿った〝魔法の鏡〟の力を地面に写して、鏡に格納しているママの鋏や、道具を自由に出し入れしてるって訳だね』
玉座に座ったままのルージュに近付き、まじまじとその魔法のマントを見つめるルドルフが、本能的に鼻を利かせて様子を伺う。そんな姿に、くすりと微笑みを溢したルージュは柔らかく微笑みながらマントの端を摘んでみせた。
『……さ、歴史の勉強とニーヴについてはこのくらいにして……』
ニーヴ国の説明、そして自身のマントの説明をそんな言葉で締めくくると、ルージュはゆっくりと、目を閉じる。
『……とにかく七日以内っていう期日も気になる』
そして玉座からゆっくりと立ち上がると、深く呼吸を取り込んでから指揮官としての光を宿した黄金色の瞳を開いた。
『アルフ、急ぎ進軍手配を進めてくれ。ロロ、シャプロン国内と他国の防衛体制を整えて』
「分かったよ! ルー!」
「女王陛下の御心のままに」
まるで目一杯取り込んだ呼吸を全て使い切ってしまうほどの勢いで、頭の中にある作戦をそのまま指示として吐き出せば。
アルフレートもルドルフも、それが当然だと言わんばかりに、蒼紅の瞳を輝かせた。
『クライトおじさんは、移動用の馬の手配をお願いしたい』
「しょうがないわね。付き添ってあげるわよ」
肩をすくめ、呆れ顔のままで明後日の方角へとため息を溢すクライトであったが。
そこでルージュの願いを拒否したり、共にニーヴまで同行しようとするその姿は。
結局のところ、先代の近衛騎士の名残を残しているのだろう。
そんなクライトの秘められた頼もしさに感謝して。
ルージュは、自身と白雪姫との友情の象徴とも言えるマントをバサリと翻すと、玉座の間に設られた巨大なステンドグラスを見据え、決意を胸に紡ぐ。
『行こう……白雪姫の国〝ニーヴ〟へ』
こうして、実に数年ぶりとなるルージュの国外遠征戦が幕を開けたのである。
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