歳の神

oxygendes

第1話

 発端は田舎の母親が送って来た日本酒だった。地元の蔵元の新酒だと言って、みかんや米と一緒に一升瓶を送って来たんだ。一緒に入っていた手紙に、今年の最初の酒だから神棚に供えてから飲むように書いてあったので、前に田舎から送って来たミニ神棚を押し込んでいた戸棚に、横にしてつっこんでおいた。一晩経てばお供えしたことになるから、おいしくいただこうと思っていたんだ。それがあんな事態を引き起こすとは……。


 十二月三十一日、年末年始休暇の真っただ中に俺は会社に呼び出された。得意先に納入したシステムがダウンしたので、至急に復旧プログラムを作成、納入しなければならなくなったのだ。帰省しそびれてアパートに残っていたため、貧乏くじを引くことになってしまった。同僚の前島さんも実家から通っていたため、呼びだされて一緒に作業を行うことになった。ログをしらみ潰しに見て行ってようやくエラーの原因を突きとめ、二人がかりでプログラムを作成していった。動作確認をし、納入が終わった時には夜中の十二時を過ぎていた。電車が無くなっていたため、前島さんと乗り合わせてタクシーで帰宅することにする。俺のアパートの方が近かったので、まずそちらに向かってもらった。三十分ほどでアパートの前に到着した時、異変に気が付いた。


「おかしい、俺の部屋に電気が点いてる」

「え、どの部屋なんですか?」

「二階の右側」

「本当だ。会社に出る時に点けっぱなしにしていたんじゃないですか?」

「いや、電気を消し、しっかり戸締りしてから出た」

「じゃあ、彼女さんが留守の間にやって来てお待ちになっているとか」

「残念だけど、そんな人はいないよ」

「え……、そうなんですか。なら、田舎の親御さんが来ておられるとか」

「親には鍵は渡していない」

「それならいったい誰が……」

「わからない、とりあえず行ってみる。前島さんはこのままタクシーで帰ってください」

「でも……、心配です」

「いいから早く行って」


 俺はタクシーを発車させ、アパートの階段を上がった。ドアの前に立つと、中から笑い声が聞こえてきた。一人の声ではない。何人かががやがやと歓談をしているようだ。どれも聞いたことの無い声だった。

 ドアノブを握ると錠はちゃんとかかっている。ポケットから鍵を取り出して錠を外した。ゆっくりとドアを開けて、中をのぞきこんだ。

 部屋の中では三人の爺さんが俺の一人用こたつに三方から足を突っ込んで酒盛りをしていた。でっぷり太ったハゲ頭、蛸のような長い頭に胸までの顎鬚、白髪に長い白眉毛と三人三様だが、みな真っ赤になっている。どれも知らない顔だ。作務衣のような白い服を着ている。こたつの上には田舎から送って来た一升瓶があった。ほとんど空になっている。酒盛りに使っているのはマグカップにご飯茶わんにお椀、数少ない俺の食器だ。

 でっぷりが顔を上げて俺と目があった。

「うぷっ」

 口から酒を吹きだす。顎鬚あごひげ白眉しろまゆもでっぷりの視線を追って俺に気付く。俺の方を向き、三人そろって目を白黒させた。俺はつかつかとそいつらに歩み寄った。

「なんなんだ、あんた達は。勝手に人の家に上がり込んで」

 三人は顔を見合わせ、でっぷりがこたつに入ったまま答えた。

「これはすまんことをしてもうた。あんたがこの家のご主人かの?」

「そうだよ」

「そうか」

 三人はこたつから出て来て俺の前に並んだ。白眉が頭一つ背が高い。

「申し訳ない。こがあなことぉつもりはなかったんじゃがついつい……」

「そもそも、あんたらはいったい何者なんだ」

 俺の言葉に顎鬚が答える。

「わしら三人はトシノカミじゃ。新しい年が来たんで降臨したんよ」

「最近はわしらを迎えてくれる家もすくのうなっての。ところがこの家ではちゃんとお酒を供えてくれとるではないか。うれしゅうなって降りて来てしもおた」

 白眉が話しながら戸棚に押し込んである神棚を指し示した。

「それでお酒をいただいた。本来ならほんのわずか、飲んだこともわからんくらいに留めておくんじゃが、あんまりおいしゅうての、ついつい飲み過ぎてしもうた」

 でっぷりが補足する。そして、

「申し訳ない、ご主人どの。このとおりじゃ」

 三人そろって頭を下げた。悪気はなさそうだが、説明は訳がわからなかった。どうやって部屋に入ったかわからないのも不気味だ。

「もういいから、さっさと出て行ってくれ。もう、二度と来るなよ」

 部屋から追い出そうとしたが、三人は動かなかった。

「そうはいかん。迷惑をかけたんじゃけぇ、償いをせんといかん。そうじゃ」

 顎髭が部屋の隅に置いてあったカレンダーを取り上げた。くるくると筒状に丸める。

「あんた、これでわしらをしばいてくれ。そうすりゃあわしらは福に変わるけぇ」

と言って、カレンダーを差し出された。冗談かと思ったが、真剣な表情で俺を見つめている。訳がわからなかったが、言う通りにすれば出て行ってもらえるかもしれない。紙のカレンダーで叩いたって怪我をさせることはないだろう。カレンダーを構える。いつも大みそかにやっていたバラエティ番組の出演者になったような気がした。

「どうぞ」

 顎髭が尻を差し出した。俺はカレンダーを振り下ろした。スパン。いい音がした。その瞬間、顎髭の姿がかき消えた。ドサッ。部屋中に何か白いものがたくさん振りそそいだ。拾い上げてみるとそれは餅だった。つきたてのように柔らかい。部屋の中に数百個の餅がちらばっていた。

「わしは五穀豊穣の神じゃよ」 

 頭上から声がした。見上げてみたが誰もいなかった。

「次はわしの番じゃ」

 促されて白眉の尻をしばく。スパン。白眉の姿が消える。今度は何も現れなかった。

「わしは縁結びの神じゃ」

 頭上からの声。カチャッと言う音に振り向くと、前島さんがドアから部屋をのぞきこんでいた。

「ごめんなさい、私どうしても心配になっちゃって……。大丈夫でしたか」

 彼女を見て、でっぷりが声を上げた。

「その娘がお前の嫁さんなのか、可愛い娘じゃのう」

 なんて失礼な奴だ。俺が前島さんに怒られてしまう。

「あのっ、私そんなつもりじゃあ……」

 ほら、言わんこっちゃない。

「高城先輩のご親戚のかたですか。は、はじめまして、私、前島佐緒里と申します。高城先輩にはいつもお世話になっております」

 前島さんはぎくしゃくとした動きでお辞儀をした。なんか、雲行きが違う。『初めて家族を紹介されて緊張する恋人』モードになっている。ちょっとうれしい気分になったが、このままでっぷりを存続させ続けたらとんでもないことになりそうな気がした。スパン。でっぷりをしばいて消滅させた。

「わしは子宝の神じゃ」

 頭上から声がした。次の瞬間、俺の腕の中に二人、前島さんの腕に一人、赤ん坊が出現した。丸々と太って、丸裸だ。かわいいのが付いているのが二人に付いてないのが一人。あわてて抱きかかえた瞬間、火が点いたように泣きだした。俺もあわてたが、前島さんも目を丸くしている。

「前島さん、うまく説明できないけど、最初は三人の爺さんがいて……」

「そんなことより、このままじゃあこの子たちが風邪をひいてしまうわ。何でもいいから着るものを出して。それから、粉ミルクと紙おむつを買って来て……」

「粉ミルク……」

 俺には粉ミルクと紙おむつがどこで入手できるか想像もつかなかった。

「もういいです、私が行ってきます。その間、この子たちはこたつに寝かせといて。あと、お湯を沸かしておいてください」

 それだけ言うと、前島さんはさっさと部屋から出て行ってしまった。


 二時間後、ミルクを飲んだ赤ん坊たちは紙おむつをし、俺のTシャツをロンパースのように着た姿ですやすやと眠っていた。前島さんによると深夜営業の大型薬局を見つけて買って来たということだった。赤ん坊を見守る彼女はとても優しい目をしていた。

「明日には警察に届けないといけないですよね。この子たちは児童福祉施設に預けられるんでしょうけど、そうしたら三人ばらばらになってしまうかもしれないわ。何より、子供にはその子を大切に守る父親と母親が必要よ」

 前島さんはそう言って俺を見つめた。俺は……、


 とまあそういう訳で俺は一晩で三人の子持ちになってしまった。子供を引き取るには妻帯者であることが条件で、前島さんはさも当然と言う態度でその位置つまのざに入って来た。

 神様は子宝を授けて満足なのだろうが、人間にとっては授かる過程の方がもっと重要だったりする。幸いその点について俺と佐緒里は意見が一致したのだが、それは語られることのない別の物語ストーリーである。読者の皆様、どうか悪しからず。


            終わり

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