第16話 11
「――やって見せなさいよ!」
ミレディが手を振り上げると、逃げようとしていた招待客から四人ほどが飛び出した。
やっぱり配下を潜ませてたか。
礼拝堂の入り口で抱き合うザクソンとエレノアに向けて、連中が駆け出し。
「――頼んだ!」
俺が声を上げると、リックがその後を追い、ヴァルトが攻精魔法で稲妻を喚び出す。
「――ザクソン、使いナ!」
ステフが魔道剣をザクソンに投げて、それを受け取ったザクソンは光刃を出現させた。
一番うしろにいた奴がヴァルトの稲妻に撃たれて昏倒する。
そいつを踏みつけて宙に飛んだリックが、男の一人に飛び蹴りして床に叩き伏せた。
短刀を握って攻め込む残る二人相手に、ザクソンはエレノアを背後に押しやり、自身の周囲に火精魔法で火球を三つ旋回させると、光刃を振るった。
男達の短刀が、音を立てて地に落ちて、旋回した火球が男達を焼く。
そう、俺がライルに教えた魔法剣士。
あれは元々、ザクソンの戦闘スタイルなんだよ。
「――俺の四天王をナメんなよ」
俺は紅刀を突きつけ、ミレディに言ってやる。
「やったぜ! ついにオレア公認だ!」
うるせえ、リック。
少し黙ってろ。
配下が倒されたにも関わらず、ミレディは余裕の笑みを浮かべていて。
「ええ、ええ。だから、こんな手も用意してあるの!」
ミレディが着けていた手袋を剥ぎ取り、中指にはめられた指輪を露わにする。
「――哀れな下僕に叡智の輝きを!」
聞いたことのない喚起詞。
そして宙図される魔芒陣もまた、初めて見るもので。
次の瞬間、倒れてうめいていたミレディの配下の周囲にも同じ魔芒陣が開き、奴らの絶叫が礼拝堂にこだまする。
男達の肌が灰色な磁器質に染まっていき、見る見る膨らんでいく。
「――ここで<天使>かイ!」
ステフが叫ぶ。
このままじゃ、教会が崩落して巻き込まれるな。
俺は紅刀を一度鞘に収め――呼吸を整えて解き放つ。
「ハァッ!」
サヨ陛下に見せてもらった<
剣閃は四方の壁を斜めに斬り裂き。
「おいおいおい……」
リックの苦笑交じりの声が聞こえた。
ゆっくりと、けれど確実に、教会の上半分がズレ落ちていく。
落ちた屋根が轟音を立てるのと、<天使>が立ち上がるのはほぼ同時。
五メートルほどの磁器のような肌をした<天使>四体は、これまで見たものと違って背に羽根がなく、代わりに人をそのまま巨大化させたように長い手足をしていた。
つるりとした頭部に歪に配置された眼が開き、真紅の輝きを帯びて周囲を見回している。
「――おまえら! そっちは任せるぞ!」
俺が声をかけると、四天王は苦笑し。
「おう!」
そう応えて、それぞれの愛騎を喚起する。
唯一<兵騎>を持っていないステフは、リックの<古代騎>の肩の上で、鞄から次々とヤバげな魔道器を取り出している。
礼拝堂の残った下半分の壁を突き壊して、四天王と<天使>達の戦いが始まる中、俺はミレディを見据えた。
「それで? おまえは生身で俺とやり合うのか?」
「まさか! あんたみたいな化け物、まともに相手できるわけないでしょう?」
化け物とはまた。
ひどい評価を受けたもんだ。
俺よりやべー奴は、この国だけでもゴロゴロいるってのに。
「なら使えよ。
おまえもあるんだろう? ラインドルフみたいな特別な<天使>が」
俺はミレディを煽る。
なんせこいつは生かしたまま捕らえたい。
<亜神の卵>の在り処も吐かせなきゃいけないし、<叡智の蛇>についても聞かなきゃいけない。
生身でやりあったら、この慣れない女の身体と慣れない獲物の所為で、殺してしまいかねないからな。
「言われなくても!
――叡智の輝きを我に!」
ミレディの喚起詞に応じて魔芒陣が開き。
俺はかたわらのセリスに目線を送る。
セリスはうなずくと、俺達の前に結界を張った。
「――ユメ!」
「はいは~い!」
事前の打ち合わせ通りに名前を呼べば、ヤツは即座に転移して俺の横に現れる。
「さあ、<兵騎>戦だ。
おまえの準備とやらの成果、見せてくれるんだろう?」
「まっかせて!」
そうしてユメは、俺の胸に青い輝きが宿る左手を添えて。
「……助けて。わたしの半身」
それが喚起詞なのか。
不意に周囲が陽炎のように揺らめいて、俺はユメがステージを開いたのを理解する。
揺らめきの中に、巨大な影が浮かびあがり。
現れたのは、和甲冑を思わせる意匠の漆黒の雌型<兵騎>。
<王騎>によく似た身の丈ほどもある肩甲は逆雫型で、黒に近い青をしたたてがみが粒子を放って風に揺れる。
額甲から伸びる二本の角の下、無貌の面が俺を見下ろす。
胸には山吹色の円の中に月と稲穂が象られた意匠が施されていて、その胸部装甲がせり上がって、鞍が現れた。
「――さあ、お披露目だ!
ダストアでキミ用に改造してもらった、ミスヤマ公国が誇る特型魔王騎だよ!」
ユメが唄うように声高に告げる。
俺の身体が鞍に吸い込まれ、装甲が降りて四肢を固定。
顔に面がつけられる。
――新規リアクターを確認……ソーサル・スフィアの類似性を検知。
――現行設定で稼働可能と判断……起動開始。
草書体の墨文字が、縦書きで右から左に流れていく。
……日本語だ。
ひどく懐かしく感じる。
無貌の面に金の文様が走って、
ミレディもまた、祭壇の向こうで<天使>に合一しているのがわかった。
はじめて合一する騎体だというのに。
「いいね。すごくしっくりくる」
そうして俺は、目を輝かせてこちらを見上げるユメを見下ろす。
「――こいつの
尋ねる俺に、ユメは拳を突き上げる。
「――<舞姫>!
誰かを、なにかを救う為に造られた、誰かを想う気持ちを形にする騎体だよ!」
そして、ユメは突き上げた拳をミレディの天使に向ける。
「――やっちゃえ! オレアくん!」
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