第16話 12

 並べられた長椅子を蹴り倒して、互いに騎体を起こす。


 ミレディの<天使>は、ラインドルフのそれ同様、金の文様があるのは共通していたが、背中の翼は一対多い四枚羽根だった。


 白磁質な肌に女性的な身体のライン。


 頭部のあちこちに歪に配置された八つの眼が不気味に蠢いている。


 その白い両手が溶けるように変形し、刃を形作った。


 対する俺は、両手を前に。


「――来たれ。<紅輝宝剣>」


 現れた王家伝来の神器は、写し身の姿そのままに大太刀となって<舞姫>の両手に収まる。


 そのまま俺は、ユメから教わった足裏を擦る歩法で滑るように接敵。


 身を回すように逆袈裟に斬り上げれば、刀身に刻まれた溝が鳴って笛のような音色を奏でる。


 けれど、切っ先が後少しで届くというところで、ミレディは翼を振るって宙に跳び上がった。


 ――舌打ち。


 飛ばれる前に決めたかったんだがなっ!


『――あははっ! 這いつくばれっ!』


 <天使>が右手を掲げると、その周囲にその騎体の質感によく似た光沢を持った刃が六つ出現し、それが回って次々と放たれる。


 一メートルほどの刃の重連砲だ。


 俺はそれを紅刀で受け、払い、斬り捨てる。


「オレアくん、羽衣だ!」


 ユメの声が届いて、同時に俺の視界に武装選択の毛筆草書体が表示される。


 なるほど、ユメが俺用騎体って言うわけだ。


 日本語なんて、この世界じゃ、俺かユメしか読めないだろう。


 ……けどよ。


「達筆過ぎて、読めねえよ!」


 途端、応えるように表示が楷書体に切り替わり。


 ――主武装選択……双鉄扇。


 ――内蔵武装……仕込み苦無(三〇/三〇)


 ――内蔵武装……天ノ羽衣(未展開)


 ……羽衣って、これか!


 ユメの言葉通り、この騎体が日本で造られたものならば、この武装の役割はイメージできる。


 武装を選択して展開を選べば、肩甲が開いて薄衣が背後で弧を描く。


 たてがみが放つ青白い粒子を受けて、羽衣は輝きを放ち――この感覚は覚えている。


 なんせ二度目だ。


 地を蹴れば、<舞姫>の騎体は軽やかに宙に舞い上がる。


 ――なるほどだ。


 ユメが教えてくれたホヅキ流とやらに、なんで対地対空――それも直上直下までをも想定した型があるのか謎だったんだが、今、理解した。


「空中戦まで想定してる流派って、どんだけだよっ!」


 思わず苦笑してしまう。


 降り注ぐ白磁の刃を斬り捨てながら、俺は空を駆け昇る。


『――なんで! なんでよっ!

 なんであんたばっかりそんなっ!』


 ――悪いな。


 これもまた『ご都合主義』って現象なのだろう。


 <舞姫>と<天使>が真っ向からぶつかり、互いの刃が鎬を削る。


『――神器じゃないのにっ! なんでこんな……あたしの<告死天使>が押し負けるっていうの!?』


「こいつもまた特騎らしいぜ」


 ユメの言葉が本当なら、異世界ニホンの魔王騎だ。


 しかも<兵騎>狂いのお姫さん自ら、特別改造を施したって話だからな。


『――これならどうっ!?』


 <天使>――<告死天使>つったか。


 ミレディの騎体の翼がきらめき、白色の粒子が振りまき始める。


 それも想定済みだ。


 ――いい? オレアくん。<天使>のあの粒子は、たぶん瘴気の一種なんだ。だから……


 ユメの言葉を思い出し、俺は深く息を吸い込む。


 胸の魔道器官を意識して、紡ぐことばは単音から成る原初の唄。


「ア――」


 <舞姫>の周囲が陽炎のように揺らいで、ステージが開かれたのがわかった。


 それは<告死天使>の白い粒子を弾き、両者の間で紫電が舞い飛ぶ。


「――古式魔法っ!?」


 ミレディは気づいたようだが、もう遅い。


 ステージが揺らいでさらに拡がり、精霊光が舞って、<告死天使>をも覆う。


 翼を精霊光に包まれた<告死天使>は空中に縫い留められ。


 俺は<告死天使>の両手が変じた刃を弾いて。


「――目覚めてもたらせ。<継承インヘリタンス神器・レガリア>……」


 騎体を回した俺は、腰を落として脇構えに。


 紅刀が真紅の輝きを放つ。


 左足を軸に腰から回すように身をひねって、切っ先に回転を乗せていく。


唄えかがやけ! <暴虐紅輝アーク・テンペスト>っ!」


 右下方から逆袈裟に斬り上げ、さらに騎体を回して左上方からの袈裟斬り。


 真紅の軌跡が<告死天使>を十字に斬り裂き、その背の翼が黒色の粘液となって宙に溶ける。


「オオオォォォォ――ッ!!」


 紅刀を突き込むように構えた俺は、咆哮と共に<舞姫>を飛ばす。


 切っ先は狙い違わず<告死天使>の頭部。


 不気味に蠢く眼がいっせいに見開かれ。


『――いいいぃぃやあああぁぁぁぁぁっ!!』


 ミレディの悲鳴がこだまする。


 そのまま加速して急降下。


 地面を抉って<告死天使>を大地に縫い止める。


 弛緩したようにだらりと地面に四肢を投げ出して、ピクリとも動かなくなった<告死天使>を見下ろし、俺は短く息を吐いて紅刀を引き抜いた。


 一歩を退いて、正眼に構える。


 <告死天使>が、どろりと黒色の粘液に溶けた。


 その粘液の中から、よろよろとミレディが立ち上がる。


「――ちくしょう! <王騎>は腕の再生中で使えないって聞いてたのに、こんな騎体が出てくるなんて!」


 髪をかきむしって叫ぶミレディ。


 ……事実だ。


 だが、なぜそれをこいつが知っている?


 王都――いや、城にもこいつの手の者がいたのか?


「……どーもおまえには、いろいろと訊かなければならないようだな」


 紅刀を突きつけ、俺が告げると。


 ミレディは身を仰け反らして笑い始めた。


「まだよっ! あたしはラインドルフ様との真実の愛に殉じる!

 ――開け! <道具袋インベントリ>!」


 ――不意に。


 まるで水面のようにミレディの左の空間が波打って。


 ミレディはそこに、ズブリと左手を差し込む。


「……コレ、なぁ~んだ?」


 そんな言葉と共に、引き抜かれた左手には、黒色をした手の平サイズの楕円体。


「――<亜神の卵>かっ!?」


 俺の言葉に、ミレディは――ひどく歪んだ笑みを向けてくる。


「……せいか~い!」


 再び哄笑し、頭上高く掲げたそれを、足元の――瘴気に塗れた地面へと叩きつけた。


 ――瘴気が。


 物理的な圧力をもって膨れ上がる!

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