第16話 10

 みんなが裏で色々と手を回してくれている中、私はなにもできないままに結婚式当日を迎えてしまった。


「――ザクソン、今、良いか?」


 新郎控室にやってきたのは、裾の広い紅のズボンとスカートの中間のような下衣に、真っ白な上衣といった出で立ちのオレーリア――オレアで。


 さすがに結婚式の控室まで一緒というわけにはいかないから、ミレディは別室だ。


 きっと良い機会だと思ったんだろう。


「良いけど……なんだい、その格好?

 それで式に出るのかい?」


「ああ。一応、正装ではあるんだぜ?

 ユメの実家の民族衣装と思ってくれ」


 長い黒髪を紐で括っていて、それが気になるのか、束ねた髪を弄りながら殿下は答える。


 それから殿下は右手を振って、周囲に結界を張った。


「――オレア。君、魔法を!?」


「おう、ホツマのサヨ陛下のお陰で、使えるようになったんだ」


 どこにミレディの目があるかわからないから、結界を張って内部の音を遮断したのだろう。


「――とは言え、あんまり俺が長居すると怪しまれる。

 ウォレス城が浄化されたのは、ミレディも気づいてるだろうからな。

 準備はすべて整った。

 あとは俺達に任せておけ」


 そう告げて、殿下は私の肩を叩く。


「それだけ? 私はなにをすれば……」


「教えたらおまえ、顔に出るだろ。

 俺と面会した時だって、吹き出しそうになってたじゃねえか」


 それはそうだろう。


 親友が女になって現れたんだ。


 しかも必死に女口調で取り繕ってたら、誰だって笑うに決まってる。


 むしろ堪えた私を褒めてほしいくらいだ。


「良いから、任せろよ。

 おまえはただ、流れに身を任せたら良い。

 なんせステフとヴァルトが考えた作戦だ。

 おまえがどう動くかなんて、織り込み済みなんだよ」


「ステフが考えてるから不安なんだよ!

 ……なんでソフィアを混ぜなかったのさ」


 彼女が立てた作戦なら、多少は安心できるんだ。


 ステフとヴァルトの組み合わせなんて、嫌な予感しかしない。


 途端、オレアはまるで誤魔化すように視線を上に向ける。


「あ、あいつの事は良いだろ」


 きっとなにかやらかしたのだろう。


 学生時代もこういう誤魔化し方をするのを何度も目にしている。


「――準備が整いました」


 と、ドアがノックされて修道女が声をかけてくる。


「おっと、それじゃ俺は会場に戻るわ」


 オレアはそう言って手を振ると、控室を出ていく。


 私はため息をついて、椅子にかけていた上着を着込む。


 それから修道女の案内に従って、回廊に出た。


 結婚式は城の礼拝堂ではなく、城下郊外にあるサティリア教会で行う事にした。


 ここならなにかあっても街への被害が抑えられる。


 突然の申し出にも関わらず、聖女であるセリスの口利きもあってか、サティリア教会は喜んで会場を提供してくれた。


 さして広くもない礼拝堂。


 並べられた長椅子は招待客で埋め尽くされていて。


 女神サティリアが描かれたステンドグラスの下に設けられた祭壇には、典礼服を着込んだセリスの姿。


 なんでもここの教会長よりセリスの方が位が上なんだそうで、彼女は式を執り行ってほしいと頼み込まれたらしい。


 招待客が座る長椅子の列を回り込んで礼拝堂の入り口の前に立つ。


 修道女がそのまま進むよう手で示し、私はそれに従う。


 左右に座った招待客達の拍手に包まれながら祭壇前にたどり着くと、私が出てきたのとは反対の回廊へと続く扉が開いて、白の花嫁衣装に身を包んだミレディが、やはり修道女に導かれて赤絨毯の上を進んできた。


 ふたり並ぶと、一際大きな拍手が鳴り響いて。


 みんなが祝福してくれるのは嬉しいけれど、私としては素直に喜べない。


 ここまで来ても、ミレディの目的がまるでわからないんだ。


 私と結婚するのが目的とは、どうしても思えない。


 そこから繋がるなにかがあると思うんだけど……


 セリスが右手を上げると、拍手は止み。


「――この良き日に、新たな夫婦めおとの誕生を女神サティリアに告げる」


 まるで歌うような独特の韻律で、セリスが声をあげる。


 ……まだか?


 思わず横目で最前列に居るオレアを見てしまう。


 ミレディはベールに覆われた顔を伏せて、目をつむっている。


「新婦ミレディよ。

 汝、夫を愛し、慈しみ、守り、その子を成して、血脈を繋ぐ覚悟があるならば、沈黙を持って応えよ」


 セリスの言葉に応じて、ミレディは沈黙のままうなずく。


 ――おい、まだなのか?


 思わず入り口の方を見てしまって、オレアが舌打ちしたのがわかった。


「――新郎ザクソン・ウォルターよ。

 汝、妻を愛し、労り、守り、その子を成して、血脈を繋ぐ覚悟があるならば、その愛を唄として、女神サティリアに捧げよ」


 式の唄は定形のものでも構わない。


 人によっては、妻となる女の為に自ら作った唄を捧げる者もいるそうだけど、私がミレディの為に歌う唄などありはしない。


 ……どうすればいい?


「――新郎?」


 セリスが急かすように――ひどく意地の悪い笑みを浮かべている。


 そういえば、彼女は私がエレノアにした仕打ちに怒っているんだったな。


 はっきりと言われたわけではないけれど、この数日の態度で、それははっきりとわかっている。


 私が黙っているもので、招待客が不審に思ったのかざわめき始めて。


「――チョット待ったぁ!」


 ――ようやくかっ!


 ステフの甲高い声、調子っ外れな声と共に入り口の扉が開かれる。


 そこにはステフを前に、左右をヴァルトとリックに囲まれたエレノアの姿。


 彼女は純白の花嫁衣装を身にまとい、真っ直ぐに私を見つめてくれている。


「――遅いぞ!」


 オレアが立ち上がって叫び。


「わりぃネ。エレノアを飾り付けるのに手間取ったンだ」


 招待客がいよいよざわめく。


「……これは、なんなのかしら?」


 ミレディが首を傾げて。


「――ザクソン様! わたくしは今でもあなたをお慕いしております!」


 エレノアが――いつも大人しかった彼女が、こんな大声を出せるなんて思わなかった。


 思わず私は走り出す。


 入れ替わるようにステフをはじめとして、リックとヴァルトも進み出て。


 私は駆け抜けた勢いそのままに、エレノアを抱きしめる。


「私だって、君が大事だ」


 あれだけミレディに囁き続けた「真実の愛」なんて、正直なところ私にはわからない。


 これが愛だという確信だってない。


 けれど、ずっとずっと大事にしたいと思ってきたんだ。


 彼女といると、いつだって胸が高鳴って、なんだってできる気持ちになれた。


 ああそうだ。


「私は君が好きなんだ」


 そうして私は祭壇の上のミレディを見る。


「だからミレディ! 君とは結婚できない!」


 私の言葉に、ミレディは目を見開く。


「……でも、お義父様は――」


「あら、気づいてなかったのですか?

 ――瘴気はとっくに浄化済みですよ」


 祭壇を降りて、オレアの横に立ったセリスが嘲るような声音で告げる。


「ちなみに屋敷の使用人達も解放済みだかンな。

 外道傀儡との接続も解除させてもらったぜぃ」


 ニシシと笑いながら、ステフは黒色の輪を指先でクルクルと回している。


 あれがきっと、外道傀儡とやらを解除する魔道器なのだろう。


「ザクソン様! 信じてください!

 あたしはあなたを愛して――」


 なおも言い募ろうとするミレディ。


 その言葉を遮るように。


 澄んだ金属音が式場に響き渡った。


 誰もが言葉を失って、その音の主であるオレアに注目する。


 オレアは腰の剣と鞘を打ち鳴らしたようだった。


「そういう面倒くせーのは、もう良いんだよ」


 セリスを伴って、オレアは赤絨毯の上に。


 その背後にはステフ達が並ぶ。


「――オ、オレーリア様!?」


「ミレディ・ログナー……

 いや、<叡智の蛇>の執行者と呼んだ方が良いか?」


「なぜそれを――」


「ラインドルフを締め上げたら、すぐに吐いたってよ。

 爪一枚剥いだくらいで、面白いくらいペラペラ謳ってくれたらしいぞ」


「ウソよ! あの方がそんな――」


 そこまで言って、ミレディは口をつぐむ。


「……語るに落ちたな。

 おまえとアイツは恋仲だったそうじゃないか。

 まあ、女好きなアイツが、どこまでおまえに本気だったかは知らんが……」


 オレアは嘲るように肩を竦めて告げる。


「――<真実の愛>が聞いて呆れる。

 おまえはザクソンを利用しようとしていただけだろう?」


 ゆっくりと抜き放つ曲刀の刀身は、水晶のように透き通った紅で。


 そんな刃を持つ剣は、中原にはひとつしかない。


 ミレディもまた、その事実に気づいたようだ。


「――おまえがオレア王太子だったのか……」


 押し殺したような低い声。


 そして哄笑。


 まるで狂ったように、身を仰け反らせて笑い続けるミレディに、招待客が困惑してざわめく。


「皆様、避難を! ここは戦場になります!」


 ロイド先輩が入り口から叫び、招待客達が慌てて逃げ出す中、オレアは真紅の曲刀を構えて、ミレディを見据えていた。


 右手で顔を覆い、ニタリとした笑みを浮かべるミレディ。


「――せっかく招待したっていうのに、やってきたのは名代だったから、計画を変更しなければと思っていたのよ?」


 両の腕輪が鈍い輝きを放って、ミレディの両手に漆黒をした短刀が握られる。


「おまえはね、やり過ぎたのよ。

 ホルテッサを発展させ、あまつさえ使徒であるラインドルフ様まで捕らえるなんてね」


「だから<真実の愛>を語り、ザクソンとエレノアを引き裂いたって?」


「そうよ! あたしとあの方の愛の前には些細なことよ!

 あんたを含む、元生徒会メンバー。

 ホルテッサの次代を担う連中が抹殺されたなら、この国はさぞかし混乱するでしょうね」


 その為に、私と結婚しようとしたという事か。


 式には四天王が勢揃いすると踏んだのだろう。


 国が混乱している隙に、ラインドルフを救出しようと考えたのだろうか?


 再び哄笑するミレディ。


 その笑いを断ち切るように、オレアが曲刀を一振りすると、笛の音のような澄んだ音が響いて。


「……正直な話さ。

 俺には愛だのなんだのはわからねーんだ。

 ――おまえがラインドルフを愛していようが、知ったことじゃねえ」


 そうだろうな。


 オレアは学生時代から、女性に対して距離を置いていた。


 婚約者のセリスにさえ、私達より壁を作っていたように感じていたんだ。


「……けどさ」


 オレアは静かに続ける。


「そんな俺でも、最近、わかってきた事があるんだ」


 そうしてゆっくりと、私達を指差した。


「それは誰かが誰かを想い合う気持ちってのは、確かに存在していてさ。

 ……男女の間のそれが恋ってものなら、俺は信じてみても良いと思うんだ」


 ――あのオレアが……


 私のこの感情は、きっと言葉にできない。


 それは他の四天王だって一緒のようだ。


 後からでは表情まではわからないけれど。


 確かに三人は今、感動に打ち震えている。


「……だから。

 だから、だ。執行者ミレディ。

 おまえが真実の愛で、ふたりの恋を壊そうっていうなら――」


 曲刀の切っ先をミレディに向けるオレアは、犬歯をむき出しにした笑みを浮かべ。


「――俺はその恋を守ってみせる!」





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 やっとここまで来れましたっ!

 このセリフを言わせる為に、ずっと殿下に経験値を積ませてたのです!

 これからもどうぞ殿下の成長を見守っていってください!

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