第16話 9

「――とまあ、あのヒヨッ子共は今頃息巻いて、山んナカ駆け回ってるンだろうさ」


 ウォレスの街角にある食堂で昼食を取りながら、あたしはテーブルを囲む面々を見回して、現状の予想を披露した。


 リッくんはともかく、ヴァルトとエレノアはミレディの仲間が街に潜伏している事を警戒して、姿変えの魔法で顔を変えてある。


 ふたりとも顔が割れてる可能性があっかンな。


 昨晩、ウォルター家の使用人が人形と入れ替わってるという話は、あたし達にも連絡があった。


 ローデリアの技術で造られた、鬼道傀儡の劣化版ねぇ。


 ユメちんがダストアの姫さんに見せてもらったそうだけど、十中八九、<天使>と同系統の――<叡智の蛇>の技術だろうねぇ。


「……ステフ、使用人は山中だと思うのか?」


 食後の煙草をくゆらせながら、ヴァルトがあたしに尋ねてくる。


「ザクソンの結婚祝いで、街は人通りが多くなってるかンね。

 街中には置いておけないだろうサ。

 ま、今晩にはアイツらが救出すんダロ」


 なんだかんだで、あのヒヨっ子達もオレアちんと一緒に鍛錬してっかンな。


 イイ具合に基準が狂ってきてンだよナ。


 頭のネジがぶっ飛んできてるつーかサ。


 ぶっちゃけ今のアイツらなら、第二騎士団のボンボン連中よりよっぽど使い物になるワケなんだけど、本人らは気づいてねーんだよナ。


 なんせ強さの基準がオレアちんやあたしらだかンな。


 あんな強くしてどうすンだってオレアちんに訊いたら、なんでも直属の特殊部隊を作る計画があるみたいで、そこに編入させるんだってサ。


 隊長だけは決まってて、そいつがオレアちんと同じくらい強い女だって言うんだから、どんなメスゴリラなんだかネ。


 そんな女の下に、オレアちんが鍛えたあの三人を配属とかさ。


 オレアちんは何処目指してるのかねぇ。


 ま、絶対に深い考えなんて無いんだろうネ。


 あたしらを生徒会に誘った時だって、「面白い人材が居たから」って理由だけだったしネ。


 まあ、それはいっか。


「使用人を救出できれば、あたしが外道傀儡との接続を解除して、ザクソンを自由にしてやれる」


「できるのか?」


「鬼道傀儡なら大学でイジった事があンだよ。

 外道傀儡の実物見てみねーと断言はできねーケド、多分、霊脈経由で入れ替わった使用人の魔道器官に接続してるはずナンだ」


 鬼道傀儡ってーのは、最小サイズの<兵騎>だ。


 現代魔道では再現できない疑似魔道器官が搭載されてて、使用者は刻印を身体に刻んで操作するンだよナ。


 ンで、ユメちんがダストアの姫さんから聞いてきたって話だと、外道傀儡にはその疑似魔道器官が無くて、直接、入れ替わった者の魔道器官を利用してるって話だかンナ。


 人形が簡単な受け答えしかできないって点から考えても、接続には人の魔道器官によって構成される無意識の流れ――霊脈が使われてると思うんだヨ。


 霊脈や他人の魔道器官を燃料みたいに考えるなんて、<叡智の蛇>にもなかなかぶっ飛んだ思考のヤツがいるみたいだねぇ。


「……あの、ステフ先輩」


「なんだイ? エレノア」


 おずおずと手を挙げたエレノアに、あたしは顔を向ける。


「ザクソン様が自由になると仰いましたけど、それであの方に危険はないのでしょうか?」


 途端、あたし達三人は思わず顔を見合わせる。


「危険? ザクソンが?」


 リッくんが思わず吹き出し、あたしとヴァルトも苦笑する。


「そもそもあいつを直接どうこうできないから、ミレディは絡め手を使っているんだ」


 煙草の灰を灰皿に落としながら、ヴァルトが説明する。


 そう。


 先行してウォルター屋敷に入ったフラン先輩が調べてくれたンだよな。


 ザクソンは決して操られてるわけでも、誰かに入れ替わられてるわけでもない。


 それどころか父親のザック伯爵の病すら、ミレディの仕業ではないかと疑ってたくらいサ。


 だからこそ父親を人質に取られる形になって、ミレディに従わざるを得なかったわけダ。


 無い知恵絞って、必死に考えたんだろうネ。


 エレノアを突き放したのも、この娘を守る為に必死に悪役に徹したってわけサ。


 にしても、すげーのはフラン先輩だよナ。


 ザクソンがミレディと離れるのが、入浴の時しかねえからって、ボイラー室から熱湯が通ってる給水路を通って風呂場に忍び込んだって言うんだからサ。


 しかも連絡を密にする為に、毎晩だゾ?


 おかげであたしら、見たくもねーザクソンのマッパを遠視器ごしに、何度も見るハメになっちったんだぜぃ。


 アイツ、<深階>でソフィアちゃんが間違えて撃っちった時の尻の矢傷、痕になって残ってやがんの。


 みんなで笑っちまったョ。


 まあ、それはさておきだねぃ。


「ウォレス城の瘴気はセリスちゃんが浄化したこったし、今晩には使用人達も解放される。

 手駒の外道傀儡はガラクタになって、明日の結婚式、ミレディがどんな顔するか楽しみだねぃ」


 セリスちゃんの治癒魔法で、ザック伯爵はすっかり回復してるって話だねぃ。


 今はミレディに気取られないように、眠ってるフリをしてるそうだけど、あたしらの事情はしっかり通してあるって話だ。


 使用人まで人質にされてるとは、ザクソンもあたしらも予想できてなかったから、ユメちんが同行してくれたのは、ホント幸運だったナ。


 あの魔女が壊したのは侍従長に化けた傀儡だったらしくて、昨晩、ザクソンとの話し合って、ミレディには遣いに出したと伝えてある。


 ミレディとしても、ザクソンに入れ替わりを悟られたくないだろうから、深く追求できないだろうサ。


「……なあ、ステフ」


 むつかしい話が続いてたから、ずっと黙ってたリッくんが口を開く。


「街の中にいるかもしれねえ、ミレディの手下は潰さなくて良いのか?」


 大人しいと思ったら、やっぱり暴れる事考えてたか。


 あたしとヴァルトはため息ついて、首を振って見せる。


「ザクソンの結婚祝いで、人が多いって言ったロ?

 その中から探すなんてムリムリ」


「……ん、それはわかるが……じゃあ、どうすんだ?」


「フラムベールと同じだ」


 首をひねるリッくんに答えたのは、煙草の煙を吐き出すヴァルトで。


「明日の結婚式で僕とエレノア嬢が登場したら、嫌でも出てくるだろうさ」


 傀儡はもう使えなくなるかンナ。


 配下を使うしかなくなるってわけだ。


「じゃあ、式場が戦場になるって事か。訪問客はどうする?」


「前に説明したロ!?

 フラン先輩が第二騎士団に話通してるってノ!」


 明日は警備の体で、第二騎士団が式場に詰める事になる。


 コトが始まったら、騎士団は訪問客の避難誘導と警護を務めるって事で話はついてンだヨ。


 指揮はロイド先輩が執る事になってる。


 ミレディやその配下が<天使>を出してくるのも想定済み。


 アレの相手は、あたしらとヒヨっ子達な。


 その時になれば、ザクソンも自由に動けるはずだしナ。


 ソフィアちゃんがいねーのが残念だけど、久々に四天王で大暴れダ!


「……唯一の問題は、<亜神の卵>だ」


 ヴァルトが煙草を灰皿に押し潰して、苦々しく呟く。


 それだけが依然として、行方がしれないままなんだよナ。


「ユメちんは<亜神>が発生する前提で動いた方が良いつってたよナ。

 だからオレアちんは、鍛錬してンだし」


「だが、殿下は今、<兵騎>を使えない身なんだぞ!?」


 相変わらず、オレアちんの事になるとヴァルトは冷静じゃなくなンだよナ。


 ま、わかんねーでもねえけどサ。


 普通の魔物でさえ、調伏には<兵騎>を使うか、騎士団の大隊規模で当たるもんだもんナ。


 まして相手はその上位種とも言うべき<亜神>。


 ホルテッサ王国の二代目の王様が<王騎>使って、守護竜と二人がかりで鎮めたっていう大災害だ。


 生身でどうこうなるもんじゃないってのは、あたしにだってわかる。


 ……けどねぃ。


 あたしはヴァルトの太腿を叩いて落ち着かせる。


「そこはユメちんが任せろつってたロ。

 あの魔女が請け負うって言うんだから、なにかしら秘策があンだろーサ」


 あの魔女はさ、魔王陛下にさえタメ口利けて、生身で黒森を踏破するようなバケモン女なんだよ。


 見た目通りのほんわか娘じゃないのは間違いない。


 ダストアに行ってたっつってたしナ。


 あたしゃだいたい、予想ができてんだよ。


 ハズしたらはずいから、まだ口には出さねーけどナ。


「ま、とにかくダ。

 明日の式までエレノアを守り切って、式場入りできればミレディは詰みだ。

 せっかくウォレスの街が賑わってンだから、今は楽しもうぜぃ」


「おー、そいつぁ良いな!」


 って、ナンで同意してくれるのがリッくんだけなんだヨ!


 ヴァルトもエレノアもノリがわりいなぁ。

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