第16話 8

 街道脇に設置した野営所で、あたしはフランさんとの遠話を終えて、拳を突き上げる。


「――というわけで、ウォルター家の使用人を助け出すのが、あたし達の役目よ!」


 夕食を終えて、焚き火を囲みながら、あたしはライルとメノアを見回すと、フランさんから遠話で指示された事を説明した。


 まさか使用人達が怪しげな人形に入れ替わってるなんてね。


 元々、あたし達が領都ウォレスに入らずに野営したのは、ミレディの仲間が街の外に潜伏していないか、捜索する為だったのだけれど。


 ……まさか殿下はこうなる事も見越してたのかしら?


 いやいや、殿下はあたしと一緒で、考えるより行動するタイプだもの。


 どちらかというとステフ先輩かヴァルト先輩の入れ知恵ね。


 きっとそう。


 それはさておき、セリス様とユメさんが調べたところ、ウォルター城塞には使用人達は捕らえられていなかったのだそう。


 領主屋敷の方もフランさんが調べた限りは、使用人を捕らえられるような場所はないっていう話ね。


 あのフランさんが言うんだから、きっと間違いないはずよ。


「……でもさ、パーラちゃん。

 街の外に大勢を隠せる場所なんてあるのかな?」


 メノアが首を傾げて訪ねてくる。


 メノアは勉強はできるのに、戦史や地理には疎いのよね。


 一方、ライルはというと。


「――<大戦期>には、この辺りには前線だったからね。

 森や山の中にはけっこう、砦跡が残ってるんだよ」


 そう言って、ライルは地図をあたし達に広げて見せる。


 前に殿下に地図の件を提案してから、ライルは行く先々の街で地図を買い求め、曖昧なそれらを一枚の詳細図に編纂するという作業を命じられているのよね。


 王都に戻ってから、ライルの案を国土地理院に呑ませる為なんだとか。


 だから、ライルが見せてくれた地図は、かなり詳細に書き込まれていて。


「……規模から言って、ここが怪しいと思う」


 そう言ってライルが示したのは、ウォレスの街の南西の山の中にある砦跡。


「今は森になってるけど、<大戦>期にはウォレス城塞の出城として機能してたみたいでね。

 ここならきっと捕虜収容施設なんかもあると思う」


 ライルが作った地図を見る限り、古い道も通ってるようね。


 地図だけで場所を絞り込むなんて、さすがライルだわ。


 恥ずかしいから口には出さないけど。


「見張りがいるかもしれないから、攻めるなら夜よね」


 代わりにそう尋ねると、ライルはうなずいてくれる。


「居たとしても、そんなに大人数は居ないと思うけどね。

 メノアさん、街で食料が大量に買い込まれたって話はあった?」


 ライルに話を振られて、メノアは記憶をたぐるように夜空に視線を向ける。


 フランさんと一緒に先行してウォレスに来ていたメノアは、フランさんと別れた後、<獣騎>を放置するわけにもいかず、ずっとここで野営していたのよね。


 だから、まともなご飯が食べたい、お風呂に入りたいって泣きついてきたのよ。


 あまりに号泣するものだから、あたし達は食料の買い出しや情報収集も含めて、メノアのウォレス入りを認めたってわけ。


 ミレディの仲間がウォレスの周囲に潜伏しているのだとしたら、食料の買い出しから辿れるんじゃないかって思ったのよね。


 情報収集はウォレスの宿に滞在しているステフ先輩達もしているはずだけど……正直なところ、先輩達ってなまじ強いだけあって、罠があったら踏み潰せば良いって考えてるようなところがあるから……


 失礼な言い方になるけど、大雑把すぎるのよね。


 情報収集なんてマメな事ができるように思えないのよ。


 単独でミレディを追ってたヴァルト先輩にしても、その傾向があるものね。


 現に先輩達からの連絡はないし。


 もし街の中にミレディの仲間が潜伏してた場合、先輩達が対処する事になってるんだけど……ミレディにバレないように隠密に制圧するなんて、あの人達にできるのかしら?


「……ん~、領主様のお屋敷以外で食料の大量購入の話は聞かなかったかなぁ」


 お屋敷は結婚式の準備で大量購入してるのよね。


 そこから間引いて、仲間に送られているのかもしれないわね。


 あたしがその考えを口にすると、ふたりはなるほどとうなずく。


「間引いても誤魔化せる程度なら、やっぱり人数はそんなに多くはないだろうね」


「まあ、見張りが居る前提で動くわよ」


 しっかり打ち合わせして、最悪を想定する。


 殿下に教わった事よ。


「<獣騎>にはメノアが乗ってちょうだい。

 屋内戦闘になったら、あたしとライルの方が良いでしょ?」


「もしフラムベールの時みたく<天使>が出てきたら?」


「その時は<英雄>の出番でしょ。頼りにしてるわ、ライル!」


 森の中なら、<天使>も自由に飛び回る事はできないはずよ。


「じゃあ~、整理すると~」


 メノアが手を打ち合わせて。


「外に見張りが居たら、わたしが<獣騎>で蹴散らして、パーラちゃんとライルくんが砦内部に突入。

 もし<兵騎>や<天使>が出てきたら、ライルくんが対応。

 パーラちゃんは、使用人さん達の保護優先って事だね?」


「万が一、使用人に負傷者が居たら、合図するから、あたしとメノアは<獣騎>を交代ね」


「あ、そっか~。そういう場合もありえるよね~」


 それから夜更けまであたし達は話し合い、明日は砦の下見に行く事にした。


 いきなり攻め込むんじゃなく、まずは情報収集よ。


 その上で得た情報を元に、さらに攻め方を検討する予定。


 殿下に任されたのだもの。


 あたし達ならできると、そう信じてくれたからこそだと思いたい。


「ふたりとも、この任務、絶対に成功させるわよ!」

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