第16話 3

 ――俺が死ぬ。


 まるで予言めいたユメの言葉に、俺の心が激しく揺さぶられる。


 前世の死の瞬間の事はあまり覚えていない。


 パトカーに跳ねられて、景色がすげえ勢いで横にブレて。


 思い出せるのはそこまでだ。


 ……ただ、やたら寒かったのだけは覚えている。


 アレをもう一度?


「――オレアくん、大丈夫?」


 ユメが心配そうに顔を覗き込んで来て、俺は我に返る。


 知らないうちに、ひどく呼吸が乱れていた。


 脂汗で背中がびっしょりだ。


「ごめんね。驚かせすぎちゃったかな?」


「いや、違う……」


 深呼吸して、俺はそう答える。


 そうだよな。


 俺、なんだかんだで王太子として守られてきたし、いざとなったら<王騎>でたいていの事はなんとかなると思ってたんだ。


 実際、ガキの頃に暗殺されかけた時だって、<王騎>が守ってくれたしな。


 だから俺は知らない間に、自分が死ぬ事なんてないって、そう思い込んでいたのかもしれない。


「悪い。もう大丈夫だ」


 もし仮に亜神が発生するのならば。


 俺はこの国を守る為にも、それを調伏しなければならないんだ。


 ――ビビってる場合じゃない。


「それで、亜神との戦い方って?」


 俺の問いに、ユメはようやくいつもの温かい笑みを浮かべる。


「うん、キミにはホヅキ流の基礎、ステージの開き方を覚えてもらおうと思ってね」


 にんまりと笑うユメ。


「ステージって……ラインドルフの時に、おまえの神器で開いた、あの空間の事か?

 古式魔法なんかでも使われるっていう……」


「そう。だけど、あれは神器の力じゃないよ。

 <伝承宝珠アーク・セプター>はね、みんなの気持ちを束ねて具現化させるものなんだ。

 あの時にステージが開いたのはさ、みんながキミの勝利を願ったのと、キミの想いに精霊が応えた結果――まあ、偶然だね」


 ……偶然。


 まあ、それもご都合主義という現象の結果なのかもしれないが。


「じゃあ、次に<伝承宝珠>を使っても、ステージが開くとは限らないわけか……」


「そうだね。というより、たぶん<伝承宝珠>が応えないよ。

 あの時は本当の本当に、舞台がうまく整えられたから使えたんだと思って。

 だからキミは、自分でステージを開けるようにならないといけないんだ」


「つまり、古式魔法を使えるようになれって?

 俺、エリスやシンシアと違って、歌も舞いも得意じゃないぞ」


「だからこその、ホヅキ流なのさっ」


 ユメは自信満々に胸を張る。


「剣を使うキミには、本当はサクラお姉ちゃんのモリオカ流の方が合ってるのかもしれないけどね。

 でもわたしじゃ、モリオカ流は教えられないし。

 まあ、ホヅキにも剣舞の型はあるから、なんとかなるんじゃないかな」


「なんだよ、そのモリオカ流って」


「剣舞特化の流派があるの。

 わたしのいた世界ではね、唄と舞いで魔物に対処してたんだよ」


「……なんとも雅なことで」


「まあ、それもスマホとかで簡略化されて、唄と舞いを使う人は少なくなってたけどね」


「スマホがあったのか」


 どうやらユメがかつていたという世界は、俺の前世と変わりない文化水準にあったらしい。


「それじゃまずは、キミの武器を、いわゆる古式魔法に対応できるようにしようか」


 そう言うと、ユメはおもむろに俺の腰に手を伸ばし。


「あ、おい!?」


 <紅輝宝剣アーク・スカーレット>を鞘から抜き去り、その真紅の刀身に指を這わせる。


「――アクセス。

 レガリア№006<紅輝宝剣アーク・スカーレット>、オープン・カスタマイザー」


 途端、ユメの目の前に遠視板を思わせる光板が浮かび上がる。


「な、なにしてるんだ?」


「良いから良いから。

 説明してもきっとわかんないよ」


 そう言いながら、ユメは光板に浮き上がる文字を次々と書き換えていく。


「ああ、そういえばキミの魔道器官はコレと同化してるんだっけ。

 ちょうど良いから、そこも古式魔法に対応できるようにしてっと」


 そこはわかるぞ。


 エリスやシンシアが言ってたからな。


 現代の人属は魔道器官が、古式魔法に向かないようになってしまっているんだって。


 確かサヨ陛下がふたりの魔道器官を操作したって聞いた。


「でも魔道器官をいじると、熱出して寝込むんじゃ……」


「大丈夫、大丈夫。

 キミの魔道はかなり鍛えられたからね。

 エリスちゃん達みたいに寝込んだりはしないよ」


 そうこうする間にも、ユメの手は進み。


 いつしか紅剣が紅く発光して、光の球へと変化する。


「ほ、本当に大丈夫なんだろうな?」


「平気だってば。

 ほら、もう終わる」


 そうしてユメは、光板の下の方の文字を勢い良く叩いて。


「――まどろみより目覚め、新たにもたらせ<紅輝宝剣>」


 喚起詞を告げると、光の球は再び伸びていき――


「――おい、形が変わってるじゃねえかっ!」


 両刃の長剣だった紅剣は、いまや片刃の曲刀――太刀へと変貌を遂げていて。


「男の子は大好きでしょ、刀。

 鳴響処理もしてあるから、剣舞にも最適っ!」


「俺は厨二じゃねえぞ。

 あー、どうすんだよ、コレ」


 軽く振ってみると、刀身に彫られた溝の影響か、笛のような音がする。


 俺の剣はホルテッサの主流剣術であるアールベイン流――前世でいう西洋剣術を基礎としている。


 興味本位で城での鍛錬の時、刀を使うサヨ陛下に教わってもみたんだが、刃の扱いが長剣と刀はまるで違うんだよ。


 刃筋を立てるという感覚は、一朝一夕では身につくものではないと思い知らされた。


 足運びひとつとってみても、まるで違うんだ。


 けれどユメは笑みを浮かべたまま。


「だから、これからホヅキ流を教えるんだってば。

 鍛錬大好きなオレアくんなら、すぐにモノにできるよ」


「本当かよ?」


「基礎の型なら……ん~、確か一番へたくそだったマツリお姉ちゃんでも三日でできるようになってたかなぁ。

 オレアくんはサエお姉ちゃんタイプだから、たぶんもっと早いと思う」


 ……こいつには何人お姉ちゃんがいるんだ。


 まあ、それは良い。


「けどサヨ陛下が言ってたけど、おまえ、教え方がすげえへたくそって話じゃ……」


 途端、ユメは顔を真っ赤にして、俺に詰め寄った。


「――違うよっ!

 あ、あの時は――エリスちゃんとシンシアちゃんは、理屈から入るタイプだっただけ!

 キミは身体で覚えるタイプでしょ?

 良いから、わたしの言う通りに動く!」


 そう言ってユメは、懐から一本のかんざしを取り出して振るう。


 途端、かんざしは一振りの黒い刀へと転じて。


「――なんだそれ、すげえな!?」


「――い・い・か・らっ!

 そんな事気にしてないで、わたしの動きをマネて。

 時間がないんだから、今日は最低でも運足はきっちり覚えてもらうんだからねっ!」


「お、おう……」


 そうしてユメは、黒刀を手に舞い始める。


 目線で促されて、ワンテンポ遅れる形で俺もその動きをなぞった。


 ユメは俺に理解させる為にゆっくりと。


 けれど、流れるように美しく。


 黒刀を振るって舞う。


 まるで円を描くように、繰り出される剣閃のたび。


 俺達の刀身に彫られた溝が笛のように鳴いて。


 ……ああ、そうか。


 この音で曲を編むように――


 いつしか俺はこの鍛錬に没頭していた。


 これ、おもしろいな。


 ただ型をなぞるのではなく。


 曲が淀みなく伝わるように、刃を振る速度や角度までが重要な要素。


 いや、そもそも曲や舞いを美しく魅せる為に型があるのか。


「……へえ。

 やっぱり剣術の基礎がしっかりできてるからかな? 覚えが早いね」


 ユメが呟き。


「じゃあ、もう少し速くしてみようか」


 ユメの舞う速度が上がる。


 そうして俺達は、フランが夕食に呼びに来るまで、ひたすらに剣舞を続けていた。

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