第16話 2

 ケラウス市は街といっても、主産業が農業であるウォルター領の都市らしく。


 これまで回ってきた他領の都市と違い、規模の大きめな農村といった趣だった。


 周囲が平原で見通しが効く為か街の周囲には外壁もなく、代わりに取り囲んでいるのは麦畑だ。


 街の西側にはリュクス大河の名もなき支流に出る為の、小さな港が設けられている。


 こういった港は、リュクス大河を中心に発展してきたホルテッサ王国の都市では良く見られる構造だ。


 街の中央は広場になっていて、代官屋敷はその西側――港に通じる大通りに面する形で建てられていた。


 市民の多くが農家な為か――この時間は昼食後の休憩時間なのだろう。


 獣騎車で代官屋敷まで来ると、物珍しさに多くの人々が広場に集まってくる。


 屋敷の門は開け放たれていて、警備の衛士も立っていないから、そのまま屋敷の馬車留めまでやってきて、俺達は獣騎車を降りた。


 いつものようにロイドが先触れし、その間に見習い三人とフランが荷降ろしの用意を始める。


 代官のケラノール騎士爵が出迎えてくれて、俺が女になってしまっている事を説明すると、ひどく驚かれるところまでがお決まりで。


 そうして俺はヴァルトとステフをともなって、代官屋敷の応接間に通された。


 他の連中は夕食まで客室で待機だ。


 見習い連中はさっそく庭で訓練を始めたようだな。


「――突然の来訪、すまないな」


 一言謝罪を入れて、俺は来訪目的を告げる。


 ……ザクソンとミレディの結婚についてだ。


「それが……私どもにもまるでわからないのです」


 ケラノールは困惑したように首を振り、深々とため息をつくと。


「私も娘から聞いた話なのですが……」


 と、エレノア嬢から聞き出したのだという、当時の話を語りだす。


 なんでも半年ほど前、ミレディがふらりとザクソンの屋敷に現れたのだという。


 ザクソンの婚約者であるエレノア嬢は、ちょうど学園が夏季休暇の終わり頃で。


 彼女もまた、ザクソンの屋敷に滞在していたので、その場面を目撃できたのだ。


 時期的に、ログナー家が取り潰しになった直後――トゥーサム家の護陵墳墓を訪れた前後だろうか。


 親の失態で家をなくしたミレディに同情し、ザクソンは屋敷への滞在を許可したのだとか。


 その時点では、エレノア嬢もミレディに同情的な印象を抱いていたらしい。


 夏季休暇が終わり、入れ違いに王都の学園へと戻ったエレノア嬢。


 そして半年が過ぎ。


 卒業を間近に控え、卒業後の結婚について話し合う為にザクソンの屋敷を訪れると。


 ザクソンと親密に接するミレディの姿がそこにあり、唐突に婚約破棄を突きつけられたのだという。


「……それでミレディと結婚する、と?」


「そうなのです……」


 深々とため息をついて、ケラノールは肩を落とす。


「なにやってんだアイツ……」


 ザクソンの考えが、まるで理解できない。


 あれだけ学園でアプローチされても、見向きもしなかったミレディに、なんで今頃……


 隣に座るステフとヴァルトに視線を送るが、やはりふたりとも首を振る。


「……エレノア嬢に直接話を聞いても?」


「あれ以来、ふさぎ込んでしまっているのですが……」


「ああ、そこは配慮する。

 ステフ、セリスに頼んで来てくれ」


 俺や元生徒会メンバーだと萎縮してしまいかねないからな。


 その点セリスなら年下だし、教会の仕事で相談ごとにも慣れているだろう。


 ステフが部屋を出て行った後も、ケラノールから聞き取りをしたのだが。


 エレノア嬢との婚約破棄以外は、ザクソンに目立った異常はないらしく。


 領政は至ってまとも。


 民も他の陪臣達も唐突な婚約破棄に戸惑いつつも、ザクソンにもなにか考えがあるのだろうと、ミレディとの結婚は好意的に受け入れられているらしい。


 むしろ婚約破棄されたエレノア嬢に瑕疵かしがあったのではないかと、そんな噂までされ始めているそうで、ケラノールはほとほと困り果てていた。


 ……ほんっと、わっかんねえなぁ。


 学園に居た頃、俺もエレノア嬢とは話した事がある。


 決して美人というわけではないのだが、素朴で可愛らしい印象を受ける少女で。


 伯爵夫人となる為に一生懸命、勉学に励んでザクソンを支えようとしていたのを覚えている。


 ザクソンもまた、常に彼女を気遣っていて、誰の目から見てもお似合いのふたりだったんだ。


 ――なにやってんだよ。ザクソン……


 俺はケラノールからの聞き取りを終え、研修生達が訓練している庭へと出る。


 こんな時は鍛錬だ。


 女のこの身体で剣を振るのにも、だいぶ慣れてきたんだよな。


 準備運動をしながら研修生達を見ると、あいつらもステフの魔道器の扱いに慣れてきているのがわかった。


 ライルなんて、光刃出しながら三つの攻精魔法を身体の回りを飛ばしてやがる。


「――どれ、いっちょ掛り稽古でも……」


「――ちょっと待ったぁ」


 そう言って俺の肩を叩いたのは、いつの間にかやって来ていたユメで。


 こいつが突然現れるのはいつもの事だが。


「んん? なんだおまえ、その格好」


 今日のユメの格好は、いつもの格好ではなく。


 前世の世界の巫女服のような出で立ちで。


「なにって、ホヅキ流の戦装束だよ。


 今回はさ、大怪異が相手になりそうだし、キミにちょっと教えておこうと思ってね」


「大怪異?」


「ああ、えっと……こっちでは亜神って言うんだっけ?」


 そういやコイツには聞きたい事があったんだ。


「なあ、おまえ獣騎車の中でニホンって言ってたよな?」


 今なら研修生達も鍛錬に夢中だし、他に誰もいないから聞けるだろう。


「うん、言ったね。

 ちなみに大日本帝国、ね。略すなら帝国って言わないとダメなんだよ」


「つまりおまえは、戦前の日本から来たって事か?」


 途端、ユメはけらけらと笑い出す。


「あー、そう捉えちゃうか。

 ちがうちがう。

 キミの前世の世界と、わたしのいた帝国は別物っ!

 まあ、すごく似せてあるから、キミが行ったらすぐに溶け込めるかもね」


「……似せてある?」


「――ここからは世界の真理でーす」


 つまりは答えられないという事か。


 ……まあ、俺にとって前世の――日本での事はもう終わった事だ。


 今の俺はオレア・カイ・ホルテッサだ。


 いまさら里心がついたとかそういうんじゃない。


 ただ、ユメが急に日本なんて言いだしたから、気になっただけ……


 俺はため息をついて首を振る。


 少なくともユメは、俺の知っている日本から来たわけじゃない。


 このほんわか不思議少女の謎がひとつ、解けたと思っておこう。


「んで? 教えるってなにをだよ?」


「大怪異――亜神との戦い方をだよ。

 アレはさ、常に瘴気を撒き散らしてるからね」


「てかおまえ、亜神が発生する前提で話進めようとしてないか?

 俺達はいま、それを防ぐためにだな――」


 俺は苦笑まじりに尋ねたんだが。


 しかし、ユメは真顔で俺を見つめてうなずく。


「――『ご都合主義』って現象はさ、良く働く場合もあるけど、逆の場合もあるんだよ。

 その中心となる人物の試練となるように作用する場合もあるの」


 その真剣な表情に、俺は思わず息を呑んだ。


「わたしのを含めて、みっつも神器が存在するこの国で、<亜神の卵>なんてものが持ち出されたんだもん。

 これはさ、亜神は発生する流れに乗ってるって事なんだと思うよ。

 だからキミはこの国を守りたいなら、たとえ付け焼き刃でも、アレとの戦い方を覚えなくちゃいけない」


 まるで俺の心の内までをも見通すような、深く深い青の瞳。


「このままじゃ、キミ。

 ――死んじゃうからね……」

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