閑話
閑話
『――と、いうわけでユメ様がいらっしゃいました』
遠視板に映されたセリス殿の背後で、ユメは肩にミニコラを乗せてブイサインしとる。
……相変わらず、予想外の行動をしよる。
我はこめかみを揉みほぐしながら、ユメを見やった。
「そなた、どうやってそこまで行ったのだ?」
『――サヨちゃんの転移を何度も見たからね。
魔道の動きを覚えて、マネしたらできたよ?』
……恐ろしい事をさらりと言いおる。
これだから貴属――それも<旅行者>というのは、侮れないのだ。
我が長距離転移を習得するのに、どれほど鍛錬を積んだと思っておるのか。
決して「見てたらできちゃった」なんて容易な魔道ではないんだからねっ。
「……こほん。
それで、今までどこでなにをしとった?
みな、唐突にそなたが行方をくらましたから、心配しとったんだぞ」
『んー、色々と準備をね。
コラちゃんとダストア王国ってトコに行ったりしてたよ。
オレアくんがいずれ必要になるのがわかってたし』
口元に人差し指を当てて、思い出すように語るユメ。
相変わらず説明下手な奴だ。
「もっとわかるように申せ。
オレア殿の為に動いていたという事で良いのか?」
『そうそう。
オレアくんが困った事になるのはわかってたしね。
そこを助けたら、好感度がぐーんとアップするでしょ?』
――んんっ!?
「そなた、此度のオレア殿の困難を予想しとったというのか?」
『予想じゃないよ。
視えたの。
言ってなかったっけ? わたし、魔眼持ちなんだよ?』
と、そう告げるユメの目がほのかに虹色の輝きを帯びる。
「――<未来視>だとぉ!?」
思わず我、ソファから転げ落ちちゃった。
――正真正銘の化け物じゃんっ!
その気になれば、中原統一だってできちゃう異能じゃん!
『まあ、この世界の理とは、あんまり相性がよくないみたいでね。
視えても最大で一ヶ月くらい先までで、風景もぼんやり曖昧だし、すごく仲良い人の周りくらいなんだけどね』
そんな大それた異能を、このほんわか天然娘が有しているということが、救いといえば救いなのか?
ユメは邪な考えに敏感だし、正道を守る性格だ。
恐らくはそうあるように育てられたのだろうな。
どこの誰かは知らんが、ユメの親には感謝しかない。
ふー、落ち着け、我。
心臓がめっちゃドキドキしとる……
我はソファに座り直し、遠視板を見据える。
「では、そなたは今のオレア殿の状況を正確に把握しておるんだな?
そして、どうなるかも……」
『わたし以外が知ると、視えたルートがブレちゃうから、口にできないけどね』
「オレア殿の為に動いとると思って良いのだな?」
『もっちろん! それで好感度をぐーんと稼ぐ予定だからね!』
ブイサインを突き出してみせるユメに、我は苦笑するしかないよ。
するとユメは映像の中で真剣な表情を見せて。
『冗談は別にして、<亜神の卵>だっけ?
アレは本当に危ないモノだよ。
瘴気でそこら中を汚染して、最終的に大侵災を引き起こす……』
「そなた、見たことがあるのか?」
『……昔ね。
わたしのお姉ちゃん達が死にものぐるいで調伏してたよ。
みんなが……本当にたくさんの人達が必死に抗ってた。
……わたしはまだ小さくて、なにもできなかったけどね……』
まるでそれを悔やむように、ユメは肩を落としてそう呟く。
「そなたは……」
我が声をかけると、ユメは首を振って、すぐにいつものほんわかさせる笑顔を浮かべた。
「だからさ、今回はわたしにとってリベンジでもあるんだ。
必ず防ぐよ。
その為に準備してきたんだから!」
ユメは胸を叩いて自信満々にうなずく。
「なにより敵はオレアくんをナメてるよ。
彼は黙って守られるだけの王子様なんかじゃないのにね」
ふむ。
そこまでユメが言うのなら、任せて良さそうだの。
……そうなると。
「……そういえば、だ。セリス殿。
オレア殿の事がヴァルト某にバレたそうではないか?
それはどうなった?」
それが気になっておったのよ。
いや、空気を読んで、聞くのをずっと我慢してたんだぞ?
途端、セリス殿とユメは顔を見合わせて、不意に相好を崩した。
『……鼻血ぶー助……』
ぼそりとユメが呟き。
『や、やだ! ユメ様、思い出させないでください!』
セリスが思わずといったように噴き出して、口元を覆う。
そうしてふたりそろって大笑いだ。
「なんだ、なにがあった?
そなたら、ズルいぞ!
我にも教えよ!」
『そ、それが……』
セリス殿が言うには。
ユメが現れた時、オレア殿は湯上がりだったそうで。
バスローブ姿でくつろいでいたらしい。
そこにユメが現れた事で驚いて、椅子からひっくり返ったものだから。
裾がはだけて、ヴァルト某はオレア殿の生足生腿を直視する事になったそうだ。
『女性には興味のない方のはずなのですが、オレーリアとなった、殿下は別だったようでして……』
興奮が頂点に達したヴァルト某は、鼻血を噴いて自らが作り出した血の海に沈んだのだとか。
なんそれ、なんソレ!
ちくしょう。
我も見たかった!
女になった事でヴァルト某に言い寄られて、困惑するオレア殿という図を想像しておったのだが。
これはこれで面白い!
女が、望まずとも自らの魅力の所為で男が困惑するというのを経験するのも、オレア殿にとってはよい機会となろう。
自らに置き換えて考えられるようになるからの。
公務やエリス、シンシアの送迎がなければ、我もそっちに行くんだがなぁ。
本当に残念だぞ!
「……へ、陛下?」
考え込んだ我に、セリスが声をかけてくる。
「い、いや。なんでもない。面白そうで良いなぁなんて思ってないからねっ!
それより、ミレディとやらの居場所はわかったのだろう?
そなたらはどう動くのだ?」
話題を逸して、我は問いかける。
途端、ふたりは顔を見合わせ。
『それが……』
セリスが困惑したように告げた。
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