王太子、親友の結婚式に出席する
第16話 1
学術都市フラムベールを発って三日。
俺達はウォルター伯爵領に入っていた。
王国中域に位置し、国内内有数の穀倉地帯であるウォルター領。
けれど、春まだ浅い今の時期では、畑も黒々とした露地をむき出しにしている。
そんなのどかな風景の中を走る街道を、俺達を乗せた獣騎車は走っていた。
乗客室では、俺を挟んでセリスとユメが座り、テーブルを挟んだ向かいの席に、リックとヴァルトが座っている。
小柄なステフはリックの膝の上に陣取っている。
それで座席がいっぱいになってしまうから、ロイドやフラン、ライルは別室だ。
……室内の空気は重い。
それというのも、ユメが導き出したミレディの行方の所為だ。
俺達の仲間である、ザクソン・ウォルターの結婚相手。
それがミレディなのだという。
当然、ヤツの婚約者を知っている俺達は、即座にそれを否定したのだが。
ユメはなんでもない事のように――星船のシステムを掌握したとか説明されたが、よくわからなかったんだよな――ミレディと楽しげに並んで、仲睦まじくお茶を愉しむザクソンの遠視映像を見せてきて。
俺達はひとまず否定を呑み込むしかなかった。
学生時代のザクソンは、男女問わずに人当たりの良い性格で。
正直なところ、俺より王子様然としたヤツだったよ。
そんなあいつは、婚約者であるひとつ下のエレノア・ケラノール嬢を大切にしていた。
彼女が卒業したら、結婚するのだと当時からよく語っていたよ。
逆に俺達に盛んに言い寄っていたミレディは、避けていたように見えたんだがなぁ。
ザクソンの学生時代を良く知っている俺達は、首をひねるしかない。
この一年ちょっとで、どんな心変わりがあったら、ミレディを嫁にしようなんて思えるのか。
「――別に本人の意思とは限らないんじゃない?」
考え込む俺達にそう告げたのは、ユメで。
「……アリーシャ様、リリーシャ様の魔眼のような異能の可能性もあります」
セリスもまたユメの言葉に同意した。
「洗脳、薬物、魔法――での精神干渉は、この世界の人はできないんだっけ。
あとは政治的な理由ってのも考えられるのかな?」
その言葉に、しかし俺はやっぱり考え込んでしまう。
ユメが見せてくれた遠視映像の中のザクソンは、少なくとも正気を失っているようには見えなかった。
なにはともあれ、ザクソンのそばにミレディがいる以上、迂闊に動く事もできず。
俺達はザクソンの婚約者である、エレノアの家に向かう事にしたんだ。
ケラノール家はウォルター伯爵家の陪臣家系で、領内のケラウス市の代官を任されている。
このまま行けば、昼過ぎには到着するだろう。
「――そういえばさっ!」
室内の重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、ユメがやけに明るい声をあげる。
「ステフちゃんとオレアくんが知り合いだったなんて、世の中狭いよねぇ」
そうだ。
その件もあったか。
「そもそも俺としちゃ、おまえらが知り合いって方が驚きなんだが?」
この暗い雰囲気をどうにかしたくて、俺もユメの話題に乗る事にする。
ステフに説明を求めるように視線を向けると。
「いやナ?
大学飛び出した後、あたし実家に顔出してたんだヨ」
ステフの実家は、父上達のいる離宮よりさらに南。
ホルテッサ最南端――黒森に面した名もなき農村だ。
「そこにある日、魔女――ユメが森からひょっこり現れてナ」
「森って――黒森からかっ!?」
思わず驚いてユメを見る。
――国内有数の魔境だぞ!?
「ホツマでサヨちゃんにオレアくんの噂を教えてもらってね。
地図とかないし、北を目指せばたどり着くんじゃないかなぁって」
てへへと笑うユメに、俺達は驚きを隠せなかった。
「あの頃の黒森って、侵災の真っ最中だったろ?
魔物に襲われなかったのか?」
途端、ユメは頬を膨らませる。
「オレアくん、わたしの事ナメてるよね。
わたし、これでもホヅキ流の皆伝なんだよ?」
「――ホヅキ流? なんだそれ?」
「ダイニホン帝国が誇る古流舞踏の流派のひとつで、ミスヤマ公国はカミス魔王であるホヅキ家に伝わる戦闘芸能だね!」
待て待て……こいつ、今、日本って言ったか?
だが、ミスヤマ公国ってなんだ?
カミス魔王?
いろいろと突っ込みたいんだが……他の連中の目があるからな。
今は諦めて、ふたりになった時に聞くしかないか。
俺が驚きを隠して考えている間も、ユメの説明は続く。
「ホヅキ流は元々、対魔物用の技や型が多いからね。
最初はこの世界の魔道の規格が違って手こずったけど、すぐに慣れたんだよねぇ」
「実際村に現れた時、コイツ、ピンピンしてやンの」
呆れたようにステフが肩を竦める。
「……要するに嬢ちゃんは武道の心得があるって事で良いのか?」
顎に手を当てて興味深げにリックが尋ねるのは、きっと手合わせしてみたいとか考えているからだろう。
「武道じゃなく、魔道芸術とか戦闘芸能って言い方してるけどね。
ホヅキは獲物を選ばない……無手はもちろん、剣舞や槍舞もできるよ」
そう言ってユメは、懐から一本の鉄扇を取り出した。
親骨に小さな鈴がついたもので、ユメが勢い良く開くと、室内に凛と澄んだ音が響いた。
「でも、一番なのは、やっぱりコレ!
――扇舞だよね。
コレね、お婆ちゃんにもらった、お姉ちゃんとおそろいなんだ」
んふふと嬉しそうに笑うユメ。
そんなユメを見て、リックも楽しげに笑い。
「良いねえ。扇を使って戦うって事は、ダストアの宮廷武術に近いのか?
ぜひ一度手合わせ願いたいな」
やっぱりそんな事を考えていたか、脳筋め。
一方ユメは首を振り。
「ダストアって、お隣の国だよね?
あそこのお嬢サマに見せてもらったけど、全然違ってたよ。
アレはカウンター重視の柔の技だもん。
ホヅキ流はね、柔剛合わせ持った武と舞の極地なんだよ!」
珍しくユメが興奮気味だ。
それだけユメにとって、ホヅキ流というのが大切なものという事だろうか。
「いや待て。
おまえ今、ダストアのお嬢様に見せてもらったって言ったな?」
「うん。みんなのトコに来る前にね。
ちょっとコラちゃんと一緒に行って来たんだよね」
「そういえば、そう言ってましたね」
セリスもまた、いま思い出したように両手を打ち合わせる。
「――ナニしにっ!?」
「工廠局長がさ、ダストアには雌型<兵騎>があるって言っててね。
ちょうど良いから、ちょっと頼み事しに行ってきたの」
「頼みっておまえっ!
おまえ、一応、ホルテッサの食客扱いなんだぞ!?
ほいほい、国跨いでんじゃねえよ!
しかも頼み事って、友達じゃねえんだぞ!?」
「えー、大丈夫だったよ。
コラちゃんの伝手で、びっくりするくらいすんなり!
アーティちゃんって友達もできたんだよっ」
――アーティ……アーティ……どこかで聞いた名前だな?
「なあ、まさかアレーティア殿下の事とか言わないよな?」
「――そっのまっさかー!」
ユメはケタケタ笑って、扇で自分を仰ぐ。
「おまっ! ふざけんなよ!」
アレーティア殿下は、ダストアに一男二女いる王子の妹姫だ。
長子であるルシオン殿下はすげえ温和でまともな方なんだが、こと妹――特に末姫のアレーティア殿下の事は溺愛していると言っても良い。
いわゆる重度のシスコンだ。
まあ、彼はふたりの妹姫をどうこうしない限りは実害がないから、まだ良い。
問題は真ん中の姫、フローティア殿下だ。
ぶっちゃけ、俺の天敵と言っても良い。
連合会議で何度か顔を合わせているが、ソフィアのフォローがなければ、俺絶対に泣かされてたね。
そんなフローティア殿下もまた、アレーティア殿下の事を溺愛してるんだ。
「……吐け」
このままじゃ、次の連合会議で絶対にイジめられる。
「……なにをやってたのか吐きやがれ!」
「ふふーん、今はまだ内緒かなぁ」
満面の笑みではぐらかそうとするユメの肩を掴み、俺はガクガクと揺さぶった。
「いいから、吐け! 今すぐ!」
――瞬間。
「――うぼろっ!」
ヴァルトが口を押さえて、窓を開け放ち、外に向かって嘔吐した。
「――うわぁっ!?」
「……あー、なんか大人しいと思ったら……」
リックが苦笑し。
「ンだよ。酔ってたのかョ」
ステフが呆れたように言いながら、ヴァルトの背中をさすってやる。
「あー、そういえば長距離での獣騎車の移動って、ヴァルト初めてだったか」
速度があるから、慣れないと酔うんだよな。
「わたし、水をもらってきますね」
セリスが部屋を出ていき、ユメは鉄扇で自分を仰ぎながら、窓の外を見ている。
「……教える気はないって事か」
「まあまあ、時期が来たらわかるよー」
意外に頑固なユメがこういう言い方をする時は、なにかしら理由がある時だというのを俺も理解しつつある。
「……じゃあ、頼むからこれだけは教えてくれ」
「なに?」
「……フローティア殿下には失礼なマネしてないよな?」
ホント……あそこの姫さんだけは、本っ当に苦手なんだよ、俺。
図らずも重苦しい雰囲気は吹き飛んだものの。
俺の胸には別の不安が広がってしまったぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます