第15話 11

 フラムベールに続く細い街道を獣騎車が走る。


 離宮で泊まった帰り道。


 俺は車内で首を捻っていた。


 ヴァルトの雰囲気が昨日までとまるで違っているんだ。


「――殿下、なにかなさったんですか?」


 隣に座ったセリスが耳打ちして尋ねてくる。


「私だってわからない。

 なんか昨日の晩からおかしいんだよ」


 やったとすれば、バルコニーで会話した事くらいだけど。


 特別な事言った覚えなんてねえしなぁ。


 セリスとひそひそ話しながら、視線だけヴァルトに向けると。


「どうかなさいましたか?」


 にっこり。


 爽やかな笑顔を俺に向けてくる。


 ……かと思えば。


「セリス、貴女はオレーリア殿と距離が近すぎるのではないか?

 なぜ隣に座っている?」


 などと、明らかにセリスを牽制する。


 なんだろうなぁ……


 俺への態度が昨日までと明らかに違っていて怖い。


「――なあ、ヴァルト殿」


「なんですか? オレーリア殿」


 笑顔を向けてくるヴァルトに、俺は率直に態度が変わった理由を聞こうと思ったのだが。


 獣騎車が不意に急停車する。


 とっさにセリスを抱きしめるが、俺の身体はひ弱な女のもので。


「――うわわわわっ!?」


 そのまま二人で床に投げ出されそうになって。


「おっと――」


 ヴァルトが俺とセリスを抱き止める。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ……」


 ふわりと微笑むヴァルトに、なぜか顔が熱くなるのを感じた。


 あー、きっとアレだ。


 セリスを庇おうとしたのに、できないどころかヴァルトに庇われて恥ずかしかったんだ。


 だからフランは、そのニヤニヤした顔やめろ。


 そんなことより。


「――ロイド、どうした?」


 俺は立ち上がり遠話のイヤーカフを押さえて、ロイドに尋ねる。


『――殿下。それがフラムベールで爆発が!

 煙が上がっております』


「――爆発?」


 窓を開けて身を乗り出すと。


 街道の先――フラムベールの市街を取り囲む温室畑の向こうに、太い赤煙がもうもうと立ち上っているのが見えた。


「……あの赤い煙。

 恐らくステフでしょう。

 監視者に気づいて、釣り上げようとしているのかと」


 同じく窓から身を乗り出したヴァルトが、そう説明する。


「――監視者?」


「ええ。僕がフラムベールで調査を開始した辺りから、周囲をウロチョロしてましたよ。

 リック辺りが気づいたのでしょうね」


 勘の鋭いリックならありえる話だ。


 そして、ヴァルトがそれを織り込んで対処法を組み立てる事も。


「……狙っていたのか?」


「きっとステフなら、僕の企みにも気づいて乗ってくるかな、と」


 ニヤリと笑うヴァルトは、戦術盤で勝利宣言する時にも良く見せていた表情だ。


『――殿下!

 フラムベールの上空に……アレは<天使>では?』


「――んだと?」


 俺は窓枠を掴んで獣騎車の屋根に登り、身体強化の魔法で視力を引き上げる。


 霞んでいた景色がくっきりと像を結び。


「……マジかよ……」


 ラインドルフが使っていた純白と金ではなく。


 くすんだ白灰色に銀の文様を持つ<天使>が三騎。


 フラムベールの上空を飛び交っていた。


 同じく屋根に登ってきたヴァルトが、手でひさしを作りながら目を細める。


 そういやこいつ、身体強化は苦手つってたな。


「……<天使>というと……

 先日のミルドニア偽皇子事変で偽皇子が用いた、特殊<兵騎>でしたか?」


「ああ。だが、あれはどうも劣化版みたいだな。

 魔法を無効化する粒子は出してないみたいだ」


「――<叡智の蛇>によるものと聞きましたが」


 俺はヴァルトにうなずきを返す。


「ミレディとラインドルフが繋がっているんだとしたら……

 その配下もまた繋がってるんだろうよ」


『――殿下、どうしますか?』


 ロイドの問いに。


「――ロイドは先行して、対処に向かってくれ。

 駐屯している第二騎士団も動くだろうが、<天使>相手じゃ厳しいだろう」


 なんせ相手は空を飛んでるからな。


 並の<兵騎>じゃ辛いだろう。


 リックの<古代騎>とライルの<英雄>で対処に当たるにしても、厳しいに違いない。


 獣騎車を切り離した全速力で到達すれば、ロイドも<爵騎>で加勢できるはずだ。


「リック達と合流後、獣騎はパーラかメノアに」


「僕も行きましょう」


 と、いつの間にか地面に降り立っていたヴァルトが。


「――来たれ。<護陵騎>」


 トゥーサム家伝来の<爵騎>を喚ぶ。


 魔芒陣が開いて現れたそれは、現代の<兵騎>より細身な造りで、甲冑の代わり整えられたローブ状の衣装をまとっていた。


 腹が開いてヴァルトを呑み込むと、白色の面に紅の文様が貌を結ぶ。


 魔道帝国時代から伝わるのだという、トゥーサム家の魔道特化型の<爵騎>だ。


 護陵の役割を果たす為の騎体だから、爵位に関係なく<護陵騎>と呼ばれている。


 俺も屋根から飛び降りて、ポケットから指輪を取り出し。


「――来たれ。<竜騎>」


『――殿下は貴女に、それまで預けていたのか!?』


 ヴァルトが驚きの声を上げる。


 魔芒陣が開いて、<竜騎>が喚起され、その腹に俺を呑み込む。


 四肢が固定されて、面が付けられたところで違和感。


 ――んんっ!?


 確かに<竜騎>を使うのは初めてだが……<王騎>の模造だろう?


 なんだ? この……


 合一を果たしたところで、俺はバランスを崩して後ろに倒れ込んだ。


『――だ、大丈夫ですか?』


 いつもと感覚が違う。


 起き上がろうと動かす身体も、どこかズレているというか……合わない服を着せられているような感覚で……


「――あー、そっか!」


『ど、どうしました?』


 思わず叫んだ俺に、ヴァルトが戸惑ったような声をあげたが。


「い、いや。ヴァルト殿はロイドと先に行ってくれ。

 お――私では、<竜騎>に不慣れで戦力になりそうもない。

 ――ロイド、頼んだぞ!」


 俺の言葉に、ヴァルトとロイドはうなずき、フラムベールを目指して走り出す。


 残された俺は<竜騎>を降りて。


「――そっかぁ……」


「そう。それが女性騎士が少なかった理由なんですよ……」


 獣騎車を降りてきたフランが、気遣わしげに告げてくる。


「ど、どういう事なんですか?」


 セリスもまた、獣騎車を降りて来て、フランと途方に暮れる俺を交互に見ながら尋ねた。


「<竜騎>は雄型――男用なんだ」


「正確に言えば、現在、ホルテッサにある<兵騎>――獣を模した<獣騎>は除きますが――<爵騎>も含めて、すべて雄型ですね。

 隣のダストア王国では、王女様の肝入りで雌型<兵騎>を開発中との事ですが……」


「ああ、あの国には<銀華>があるから、そういう事もできるだろうな」


 興味深い話だから覚えていた。


 世にも珍しい雌型<古代騎>の話。


「つくづくユリアンはすげえなぁ」


 女の身で、雄型の<狼騎>をあそこまで自在に操って見せるんだ。


「――雌型かぁ……ダストアと技術提携結べねえかなぁ」


 ユリアンの為にも、雌型の<狼騎>を用意してやりたいと、いまさらながらに思った。


 女が雄型を使う苦労を、身をもって思い知らされたんだよ。


 春の同盟会議で持ちかけてみるか。


 あそこの姫さん、めっちゃ怖いけど。


「――それはさておき、だ」


 俺はフランとセリスを見る。


「ふたりはここで獣騎車を頼む」


「殿下は?」


 フランの問いに。


「<竜騎>が使えなくても、現場にいればなにかしらできるだろ。

 ちょっと走ってふたりを追いかけるよ」


 俺にはまだ<紅輝宝剣アーク・スカーレット>があるしな。


「――ご武運を」


 セリスの言葉に背中を押されて。


 俺は全力で街道を走り出した。

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