第15話 10

「――リック先輩!

 あたし達、なんか探られてます!」


 冒険者ギルドにミレディの手配依頼を出しに行っていたパーラ達が、代官屋敷に間借りした俺の部屋に飛び込んでくるなりそう言った。


 オレアの話では、パーラの勘は俺並みに鋭いらしい。


 念の為、パーラの後についてきたライルとメノアに視線を向けると、ふたりもうなずいて肯定する。

「まあ、座れ。

 そう判断した理由を聞こうか」


 俺は三人に応接ソファを勧め、俺自身もコーヒーをすするステフの隣に腰を降ろす。


 フラン先輩がいないので、メノアがお茶の用意を始めた。


「――今朝、冒険者ギルドに向かってる時から、なんか視線を感じてたんですけど……」


 と、パーラはまるで周囲を気にするように、視線を室内に巡らせながら告げる。


「……それは、今も感じるのか?」


「いえ、探ってみた感じ、今は感じません。

 でも、ギルドにいる時も帰ってくる時も感じました」


 不快そうな様子のパーラ。


「パーラちゃんに教えられて、探査の魔法を仕掛けてみたんですが……無効化されました。

 向こうには少なくとも僕――宮廷魔道士見習いレベルの魔道士が居ることになります」


 ライルがそう補足して。


「――目の良いヤツもいるわね。

 視線は複数感じたし。

 ライルの探査だと無効化された地点は、一〇〇メートルくらい離れたトコだったんでしょ?」


 パーラの問いにライルは頷いてみせる。


「その距離だと、さすがに捕縛どころか捕捉も無理だから、勘違いだったフリをして帰ってきたんだよね~」


 俺は思わず舌を巻いちまったよ。


 この三人、優秀だとは聞かされてたが、さすがはオレアが気にいるわけだ。


 監視に気づいたパーラの勘を確かめるために、ライルが魔法で確認し、その情報を元にメノアが最善を判断している。


 完全に俺達、四天王の簡略版だ。


 オレアの野郎、俺達が居ないもんだから、こいつらを手駒にしようと育成してやがったな?


 そんな事を考える俺の横で、カップを置いたステフが三人を見渡す。


「――良い状況判断だナ。

 それで? おまえ達は監視者の目的がなんだと考えル?」


「単純に考えるなら、殿下一行を狙った賊」


 パーラが自分でも信じてないような顔で言って。


「でも、殿下は今、オレーリア様の格好だからその線はないわよね」


 自らの言葉を否定する。


「そうだね。この街で殿下が訪れている事を知っているのは、代官様くらいだ」


 ライルがパーラの言葉を肯定して。


「そして代官様は陛下の腹心と聞いているから、殿下を裏切る理由がない。

 そうなるとやっぱり……」


「――<亜神の卵>絡みしかないよね~。

 ここ数日、聞き込みは主にわたし達がしてたし」


 メノアがまとめると、ステフは鷹揚にうなずいた。


「――恐らくミレディ本人って事はナイだろうナ。

 人を雇ったか、元々配下が居たのカ……」


「……配下の線が強くねえか?

 学園時代に、やたら俺達の事情に精通してたのも、配下を使って調べさせてたってーんなら納得が行く」


 そもそも今現在、冒険者の大半は<深階>のあるオルター領に出払っている。


 冒険者以外で、宮廷魔道士級の魔道士が市井に居て、都合よくミレディに雇われているというのは考えづらい。


「あたしもそう考えるネ。

 恐らく当初はヴァルトが監視されてて、この街で網を張ってたんだろうサ。

 そこへあたしらが協力者として動き始めたモンで、あたしらも監視対象になったんだろうネ」


「――ヴァルトは気づいてなかったのか?」


「……どうダロねぃ?

 アイツの策謀はあたしより上ダ。

 あえて泳がせてた可能性は確かにあるネ」


 ステフはヴァルトの思考を読もうとしているのか、宙に視線を走らせながらそう応える。


 戦術盤では知恵自慢のステフもソフィアも、ヴァルトには敵わない。


 魔法の腕前は宮廷魔道士レベルで、護陵家の嫡男という特殊な事情がなければ、騎士団からも宮廷魔道士局からもスカウトされていたはずだ。


 そんなアイツが、研修生が気づけた監視に気づかなかったなんてあるだろうか?


「どっかで仕掛けさせようとしてたんじゃねえかなぁ?」


 俺の言葉に、ステフもまたうなずく。


「そこまでは読めるんダョ。

 けど、あいつがそれだけで終わらせるかねぇ」


 基本的にたった一手で二手三手の効果を狙うのが、ヴァルト・トゥーサムという男だ。


 そこまで考えて、ふと俺は思いつく。


「なあ、そもそもこれもヴァルトの想定通りなんじゃねえか?」


「んん? どういう事だぃ?」


「いやな?

 なにも言わずにフラムベールを離れたって事は、俺達が勝手に動く事すらあいつは想定してんじゃねえかって思ってな」


「――あー、ありえるナ!

 いや、むしろソレダロ!」


 警備の厳重な離宮より、フラムベールにいる俺達の方が狙われやすいと、あいつはそう考えたはずだ。


 そして、研修生三人はともかく、俺やステフなら万が一が起こってもどうとでもなると考えたんだろう。


 ステフも同じ結論に達したようで。


「――相変わらず腹立つ信頼の仕方だヨ!

 ひねくれ者メ。

 いいさ、踊ってやろうじゃナイか!」


 そう告げると、ステフはソファの横に置いた鞄に手を突っ込む。


 取り出したのは、四着の外套で。


「――コレには姿隠しと気配断ち、あとは消音の魔道刻印を施してある」


 なんでもない事のように言うステフに、目を剥いたのはライルだ。


「上級汎用魔法三種の刻印って、どうやるんです!?

 ――師匠でもそんなの無理なはず……」


「あん? 興味があるなら、今度教えてやるョ。

 立体積層魔芒陣の応用――コツがアンだヨ。

 それより今は作戦の方が大事だ」


 俺とライル達三人に外套を配り、ステフはソファに座り直して胡座を掻く。


 パンツが見えそうになったのか、パーラがライルの顔を両手で掴んで視線を外させた。


「いいかぃ? あたしが囮になって、ちょっこしひとりで外うろついてくる。

 あたしゃ、この見た目だからねぃ。

 連中にとっちゃ、チョロそうに見えるだろうサ」


 小柄なステフは、今でも学園入学前のように見える。


 下手したら幼年学校の生徒でも通じるかもしれない。


 その見た目を逆手に取ろうというわけだ。


 今までは学術塔に籠もっていたし、移動の際は俺かライルが一緒にいたが、ひとりで出歩いたなら、格好の獲物に見えることだろう。


 だが、その獲物は実際のところ、オルター領発行の上級冒険者証持ちだ。


 並のヤツでは相手にならない。


 それは鍛錬してもらってる三人も理解しているようで。


「ステフ先輩が襲撃者を返り討ちにするのはわかりますけど、あたし達はなにをすれば良いんですか?」


 パーラが首をひねりながら尋ねる。


「アンタ達の役割は、あたしが襲撃された時に監視してる連中を抑えることサ。

 あんたらが見つけた目の良いヤツと、魔法がウマいヤツ。

 あとは連絡員もいるかもしれないねぃ。

 そいつらを押さえられれば、状況は大きく動くョ」


 ステフは両手を打ち付けて、ソファから立ち上がる。


「さ、それじゃあたしは出かける準備をすっからねぃ。

 あんたらも準備開始ダ。

 ――動け動け!」


 ステフのやつ、ヴァルトに駒にされて、ムキになってやがるな。


 笑顔がいつもより引きつってるもんな。


 こりゃ、襲撃者は地獄を見せられるな……

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