第15話 9
セリスの謁見――というか面会は、恐ろしいほどすんなりと進み。
「――あ、あの! 本当によろしいのですか!?」
と、セリスが戸惑うほどだった。
そうしてハーフアップにされた俺の横に座らされ、セリスはにこにこ顔の母上に髪を結われたほどだ。
ヴァルトの謁見はもっと簡単だった。
事情を聞き終えた父上は。
「――オレーリアに任せる。
そなたは指揮下に入れ」
そう告げて終わりだった。
そのまま今日は離宮に泊まっていくように言い渡され、俺達は客室に通された。
三階にある部屋には、あの遺跡でステフが言っていたように昇降器が設置されていて、昇り降りが楽になるようになっている。
夕食にはセリスとヴァルトも呼ばれ、ふたりはひどく緊張していたようだ。
その後は風呂に向かった。
風呂好きの父上が離宮に大浴場を作ったと聞いていたから、実は楽しみにしてたんだよな。
広い湯船を独り占めにして堪能していたら、セリスとフランを連れた母上が突撃してきて焦った。
「せっかく今は女の子なんだから、いいじゃないの!」
そう告げる母上に、俺はすべてを諦めてされるがままになった。
ステフと一緒だ。
楽しみを見つけた時の母上に、理屈なんて通じないんだ。
髪を洗われ、身体を磨かれて、フランにマッサージまでされても、俺は無心を貫いた。
変に欲情なんてしたら、男に戻った時にフランや母上にからかわれるんだ。
「……それにしても大きくなったわねぇ。
ソフィアちゃんでもここまでじゃないでしょ?」
湯船に浸かりながら、母上は俺の胸を見つめて呟く。
「王妃様、言ってやって下さい!
殿下ったら、その胸で、なにも着けずに剣の鍛錬しようとしてたんですよ!」
フランがいらない事をチクりやがる。
「だって乳当てって、なんか邪魔なんだよな。
無いと剣を振る時、めちゃくちゃ痛いのは身に染みてわかったから、我慢するけどさ。
ついでに言えば、そもそもこの乳が邪魔だ」
手の平よりでかいこいつは、剣を振る時、本当に邪魔なんだ。
それなりのサイズのユリアンくらいが、ちょうど良いんじゃねえかな。
「まあ、乳のデカさが女のステータスだとするなら、フラン。
俺は今、おまえに勝ってるな」
勝ち誇って言ってやると。
「……セリス様、あんな事言ってますよ。
殿下って、本当に女ってものがわかってませんね」
「フラン、女が自身に求めるものと、殿方が女性に求めるものは違ったりするものですよ」
などと。
セリスは謎の理屈でフランを慰める。
すると母上は頬に手を当て。
「そうねえ。
男のあなたとしては、どのくらいのサイズが好みなのかしら?」
なんて聞いてくるものだから。
「しっ、知るか!
お、俺はもう出るからなっ!」
俺は慌てて浴槽を飛び出して、身体を拭くのさえ適当に、バスローブを羽織って大浴場を飛び出したのだった。
部屋に戻り、水差しからカップに水を注ぐと、俺はそのままバルコニーに出る。
せっかく意識しないようにしていたのに、母上の言葉でセリスとフランの裸体が目に焼き付いてしまった。
上気した身体を冷ますのに、バルコニーを渡る夜風は気持ちよかった。
今日は
手すりにカップを置いて、大きくため息ひとつ。
「……俺だってさあ、わかってるさ……」
国の為には世継ぎを残さなきゃいけない。
けど、あの苦しみをもう一度味わうかも知れないと思うと踏み切れねえんだよ。
セリスとは和解した。
あいつは二度と同じ過ちを繰り返さないだろう。
個人的な相性の話をするなら、きっとあいつが最適なんだ。
昔からの付き合いで、慣れてるからな。
だが、だからと言ってあいつをすぐに選び直す事はできない。
政治的なバランスの問題だ。
悪事をしでかして没落した家の娘を、和解したからとすぐに優遇したなら。
きっと小狡い貴族は歯止めが効かなくなるだろう。
教会との関係もある。
聖女と呼ばれているセリスを、大聖堂はそうそう手放そうとはしないだろう。
ままならないものだ。
手すりに頬杖を突く俺に。
「――なにがわかっているのです?」
不意に声をかけられてそちらを見ると、同じようにバルコニーに頬杖を突いて、紙巻たばこを吸っているヴァルトの姿があった。
「……おまえ、タバコなんて吸うんだな」
思えば俺、こいつもリックもステフも、この一年の間、どうしてたかは教えられた話でしか知らないんだよな。
地味に月日の流れを感じてしまう。
ヴァルトは紫煙を吐き出して。
「ええ。これをやると頭がすっきりして考えがまとまるんです。
思索する時には欠かせません」
「……そんなもんなのかねぇ」
一度、貫禄付けの為に葉巻に挑戦した事があったが、咽てダメだった。
俺には合わないのだと、それ以来手を出してない。
「おまえこそ、こんなトコでなにしてんの?」
俺はヴァルトの質問を無視して、そう尋ねる。
この身体で、世継ぎがどうとか言えるはずもないからな。
ヴァルトもそれほど興味があって尋ねたわけじゃないのだろう。
再びタバコをゆっくりと吸い込み、吐き出すと、肩をすくめて自嘲気味に笑った。
「……護陵としての役目を果たせない情けなさを、噛み締めていたところです」
「――どういうことだ?」
「陛下は貴女の指揮下に入れと仰ったでしょう?
失態を犯したトゥーサム家には、期待してないという事だ」
あー、そういえばこいつ、なんでも後ろ向きに捉える悪癖があったっけ。
「そうじゃねえよ」
俺は苦笑して答える。
父上は改まった言葉を使うと、言葉足らずになるからな。
貴族的には正しいのかもしれないのだろうが、社交界にあまり顔を出さないヴァルトには、うまく伝わっていなかったようだ。
「お……私には使えるツテがたくさんあるから、おまえが知恵を出してそれを上手く使えって事だよ」
そう父上の思惑を伝え。
どう言えばヴァルトを励ませるか考える。
「……ヴァルト殿は策略を練るのが得意なんだろう?
殿下が言ってたよ。
戦術盤ではソフィアも勝てなかったんだろ?
その知恵を活かして、私を上手く使えばいいのさ」
「私にはミレディがなにを企んでいるのか、まるで見当がつかない。
せいぜい城のツテを使って足取りを追うくらいだ」
そうして俺は手すりの向こうのヴァルトに手を伸ばす。
「――ヴァルト殿、私を助けてくれ」
途端、ヴァルトはぽかんとした表情を浮かべ、その口からタバコを取り落した。
「……おまえならできるだろ?」
俺が笑みを浮かべて告げると。
ヴァルトは握手のつもりで伸ばした俺の手を。
「かしこまりました。
貴女に従いましょう」
両手で掴んで跪き、額に当ててそう告げた。
そして、小さく呟く。
「――僕にそう言わせたのは、貴女がふたり目ですよ」
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