第15話 12
「――あー、クソっ!
なんなんだアレ!?」
俺は<古代騎>の左手に掴んだステフに尋ねる。
「わからンっ!
とにかくリッくん、距離取れ距離っ!
相手は空飛んでんダ!
このままじゃ狙い撃ちにされっゾ!」
計画は途中までうまく行ってたんだよ。
故意に路地裏ばかり歩いてたステフにおびき出され、冒険者風の五人が声をかけてきて、ステフが手持ちの魔道器でそいつらをぶっ飛ばして。
その間にライル達は隠れていた監視者と魔道士の位置を見つけ出して急行した。
俺はステフのフォローに回ろうとしてたんだが、そこで異変が起こった。
ステフにぶっ飛ばされたうちのひとり――リーダー格らしいヤツの身体が、黒いモヤみたいなのに包まれて膨らんでいって。
気づけば、ヤツは空に舞い上がっていた。
ステフが使った魔道器の所為で、赤い煙がもうもうと立ち込める空の中で。
陶器みたいな質感のつるりとした灰色の肌と翼。
歪に配置された赤い目がギョロギョロと蠢いてステフを見下ろしていた。
大きさは<兵騎>と同じくらいか。
とっさに<古代騎>を喚起した俺は、ステフを掴んで距離を取った。
なにをしてくるかわからねえからな。
わずかに遅れて、ライルからの遠話で同様のものが二騎出現したと報告が入る。
『――<天使>です! ミルドニアの偽皇子が使ってた!』
ライルが遠話でそう告げてきて。
「あー、なんかオレアちんが言ってたナ。
羽から出す粒子で魔道が無効化されるトカ。
……アレは出してねえな?
ひょっとして廉価版か?」
魔道が無効化されなくても、飛べるってだけでも十分すぎるほどに脅威だ。
頭上から魔法による炎が放たれ、俺はそれをかわしながら路地を駆ける。
あー、クソ!
逃げ惑う連中がすげえ邪魔だ!
「――リッくん、学術塔区画におびき出せ!
考えがある!」
叫びながら、ステフは手に持った魔道器から謎の光線を<天使>に放った。
肩口に命中したものの、光線は<天使>の表皮をわずかに焼いただけに留まる。
「――ライル、パーラ! 学術塔で合流だ!」
オレアが置いていった獣騎は、今はパーラが乗っている。
ライルも<英雄>とかいうパーラの実家の<古代騎>を借りて使えるそうだが、獣騎はそもそも戦闘向きじゃねえ。
戦力的にこちらは不利だ。
「こういう時の為に、第二騎士団を駐屯させてるんじゃねえのかよ!?」
ぼやきながら、身体強化を騎体に張り巡らせて、家屋を飛び越えて最短ルートで学術塔区画へと急ぐ。
跳び上がった時に、路地を駆け抜ける獣騎がチラリと見えた。
その背にはライルの<英雄>が乗っていて。
「なるほど。ああいう使い方もできるか。
あいつら、頭いいなぁ」
だが、<英雄>の肩に必死に掴まってるメノアは、あまりの速度に顔を真っ青にしてるぞ。
「相変わらず、メノアは根性ねぇナ」
同じように俺に掴まれて移動しているステフはけろりとしたものだ。
時折、引きつけるように<天使>に光線を撃ち続けている。
『――リック先輩! 到着しました!』
ライルが報告してきて。
「俺もいま着く!」
やがて空高く伸びる塔が密集して林立する学術塔区画へとたどり着き。
メノアが地面にふらつきながら降り立って、俺もステフを降ろした。
「で、どうすんだ? ステフ」
「浮遊を騎体にかけてやるから、塔を足場にして戦うんだよ!」
『――逃げられたらどうするんですか?』
ずっとコソコソ隠れて監視していた連中だ。
パーラの疑問はもっともだ。
だが、ステフはニタリと悪い笑みを浮かべる。
「学術塔の連中が、あんな面白そーな検体、逃がすワケねーだろ」
その言葉を証明するように。
俺達を追って、天使達が上空までやってきた瞬間。
半球状の虹色の結界が区画を丸ごと覆い尽くす。
学術塔の行政棟の向こうから、ようやく第二騎士団のものと思しき<兵騎>達がやってくるのが見えた。
物見高い学者達も塔の窓から顔を覗かせている。
三騎の<天使>は結界を破ろうと、その手に剣や斧槍を構えて打ち付けていたが、すぐに無駄だと悟ったのか。
<天使>達はその不気味な目をギョロギョロと巡らせはじめた。
「……だよナ?
結界の発生源を探すよナぁ?」
黒い笑みを浮かべてステフが言う。
直後、中央塔の頂にそれを見つけた<天使>達は急上昇を始めたのだが。
「フラムベールのヤバさがわかってねーナ」
ステフのセリフに応じるかのように、林立する学術塔それぞれの頂きから、炎や稲妻、氷槍や岩塊といった魔法が豪雨のように<天使>目掛けて放たれる。
<天使>達はそれらから逃れる為に宙に釘付けになった。
ステフが俺や獣騎に浮遊をかけて回る。
ライルは自前でできるみたいだな。
あいつの小器用さは、学生時代のザクソンを思い出す。
ステフはさらに第二騎士団にも状況を簡単に説明して回りながら、<兵騎>に浮遊をかけて回っていた。
「――よし、そいじゃアイツらを空からひきずり落としてやろうカネ!」
ステフが手を打ち付けて告げると。
『――それではまだ甘い』
結界による虹色のベールを抜けて、獣騎に乗った<護陵騎>がやってくる。
「ヴァルト! 戻ったか!」
俺が声をかけると、<護陵騎>はうなずき。
『僕が魔法で下からも釘付けにする。
騎士団の面々も、攻精魔法を使える者は下方から<天使>の動きを制限してください。
ライル、君も魔法で支援だ』
ステフの戦略を土台に、ヴァルトは次々と指示を飛ばしていく。
その間に、ロイド先輩は獣騎を降りてメノアに引き渡し、自らの<伯騎>を喚起して乗り込んでいた。
騎士団の<兵騎>が次々に跳び上がっていき、林立する塔の外壁を蹴って空に昇っていく。
ロイド先輩やパーラ、メノアもそれに続く。
見上げた先にいる<天使>は上下から浴びせかけられる魔法の雨に、宙に縫い留められて、三騎集まって多重結界で耐えていた。
「――よし、それじゃ俺も行ってくるぜ」
足元に戻ってきていたステフに告げると。
「……あー、リッくんはちょっと待ちナ」
「なんでだよ?」
するとステフは後ろを振り返って。
「――ウチらの大将のおでましサ」
親指で示されてそちらを見ると。
「……お、俺も混ぜろよ」
汗だくで肩で荒く息をしながら、乱れた長い黒髪を垂らして。
膝に手を突いたオレーリアの姿がそこにはあった。
「おまっ!?
――走ってきたのか!?」
きっと走るのに邪魔だったんだろうな。
くるぶしまであるスカートは横を切り裂かれて裾を結ばれて、太ももをあらわに晒している。
普通の女なら決してしないのだろうが、中身がオレアだしな。
思わず笑いが込み上げてくる。
「り、リック。
俺も、乗せてけ。
手っ取り早く、あいつらを叩き落とす策がある」
「おい、へとへとじゃねえか。
そんなんで大丈夫なのか?」
俺が声をかけると。
奴は学生時代には見せることのなかった、歯をむき出しにした笑みを浮かべた。
「任せとけ。近づきさえすれば、一撃だ!」
そうしてオレーリアは腰の長剣を叩いてみせた。
ステフを見ると、あいつは納得しているようでうなずいている。
「みんな、<天使>に辿り着いても、結界が邪魔で決定打が入れられてないからねぃ」
よくわからんが。
ステフが納得してるなら、それなりの策なのだろう。
「――ヴァルト!
これから切り札を出すョ!
なるたけ<天使>を塔に寄せるよう誘導シナ!」
『切り札?
――オレーリア殿!?』
ヴァルトは俺の騎体の手に乗ったオレーリアを見て驚きの声をあげた。
『――生身であそこに行こうと言うのですか!?』
「それが一番手っ取り早いんだ。
ヴァルト、任せたぞ。
――リック、行け!」
やっぱ良いねぇ。この感じ。
なんだかんだで、俺達をまとめてるのは、やっぱオレアなんだよ。
「しっかり掴まってろよ!」
俺はオレーリアを肩に乗せると、地面を蹴って塔の外壁を目指した。
外壁を次々と蹴って、高度を上げていく。
途中、何度も防衛用の魔法がギリギリをかすめたが。
学術塔の連中も頭おかしくても敵味方の区別はついているようで、騎体に当たる事はなかった。
「――リック、頭上を取れ!
俺が結界と翼を奪ったら、そのまま引き摺り下ろすんだ!」
オレーリアが吹き付ける風に負けないように声を張り上げる。
「あいよ、大将。
任せとけ!」
そうして俺は、魔法の弾幕に縫い留められた<天使>共の真上へと跳び上がる。
オレーリアは俺の<古代騎>の上に立ち上がり。
中腰に構えて腰の長剣に手を添える。
「――ハアッ!」
一閃。
逆袈裟に振るわれた剣閃が<天使>の結界を断ち割り。
長剣の重さに振り回されて、まるで踊るように身を回したオレーリアは。
「目覚めてもたらせ。<
喚起詞を唄って、その紅刃を振り下ろした。
その切っ先を中心に、紅の輝きが円状に広がって。
――<天使>の翼を抉り削る。
「やっぱ写し身じゃ、堕とすまではいかねえかっ!
――リーック!」
オレーリアが浮遊の魔法で宙に留まって叫ぶ。
「あいよぉっ!」
おあつらえ向きにあいつら固まってやがるからな。
「――オオオオォォッ!!」
俺が唯一使える攻精魔法の風撃で騎体を後押しし。
俺は三騎の<天使>に向けて飛び蹴りを放つ。
地面への激突の衝撃はかなりのものだ。
石畳を抉っても勢いは止まらず、俺は<天使>三騎に馬乗りになったまま外壁に激突してようやく止まる。
「――ステーフっ! ヴァルトォっ!」
もうもうと立ち込める土埃の中で、ヤツらを呼ぶ。
長い付き合いだ。意味はそれで伝わるはず。
「――はいサ!」
「わかっている!」
ヴァルトの<護陵騎>がステフを手に乗せてやってきて。
ふたりは即座にノビた<天使>の周囲に結界を張る。
「特別サービス! ついでにコレもダ!」
と、ステフが紫色をしたサイコロみたいなものを<天使>に放り投げると。
濃紫の立方体が広がって<天使>を包み込んだ。
「――停滞場発生器。
旅の魔女から賭けに勝ってもらったんダ。
ヴァルト、結界はもう解いて良いゾ」
ステフのその言葉で、俺達は警戒を解いて。
ロイド先輩達や騎士団が駆け寄ってくる中、俺とヴァルトは騎体を降りる。
「――久々だったけど、うまく行ったな」
俺は満面の笑みで。
「ま、<叡智の蛇>の新型騎だろうと、あたしら相手じゃこんなモンだよナ!」
ステフは自信満々に腕組みをして。
「君達の力を頼ったようで、僕は不本意だけどな」
ヴァルトは相変わらず皮肉げに。
それぞれが言いつつ、かつてそうだったように拳を突き出して合わせる。
そうそう、これだよ。
懐かしいなぁ。
やっぱオレアが居ると、俺達はなんでも上手く行くんだ。
そう思いながら、ゆっくりと降下してくるオレーリアを見やる。
「……ところでふたり共。
聞きたい事がある」
まるで押し殺すように。
ヴァルトは俺とステフの肩に腕を回して告げた。
「――王室直系のみに許される神器を、なんで彼女が使っているんだ?」
……あ、やべえ。
ヴァルトの目は、すでに答えを確信している様子で。
言い訳を求めてステフに視線を送ったが。
「あーあ、バレちまっタ……」
ヤツは観念したように首を振るばかり。
すまん、オレア。
もう俺達にはどうしようもないみてえだ。
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