第12話 2

 二日後の早朝。


 俺達は出発した。


 獣騎は二騎用意して、交互に鉄馬車を牽く事になる。


 二騎を動かすのは騎士研修生の二人だ。


 急いで城を出る必要があったから挨拶はまだで、昼休憩の際に正式に挨拶する事になっている。


 声の感じから、ふたりとも女性らしい。


 そう。


 去年のユリアンの件があってから、女性騎士の公募もはじめたんだよ。


 女性冒険者からも応募が来ているそうだが、今回連れてきている二人は学園卒業生枠からの抜擢だな。


 獣騎が牽く鉄馬車は貴人移動用に作った大型のもので、庶民の家くらいのサイズがある。


 個室が三つもあって、そのうちひとつは給仕用の水場まで完備だ。


前世で言うところのお座敷列車のミニサイズだな。


 今、この個室にいるのは、俺とフランとロイドの三人。


 残る一部屋に、今回の旅にぜひ、と――リステロ宮廷魔道士長から付けられた、宮廷魔道局の研修生が待機している。


 ――それはさておき。


 窓から身を乗り出し、遥かに小さくなりゆく王都を見やりながら、俺はほくそ笑んだ。


「――やったぜ!

 俺は逃げ切ってやった!」


 拳を握りしめて告げる俺。


「……まあ最近のお嬢様達は、確かにやりすぎなトコロもありましたからねぇ。

 ――反省させる意味でも、距離を置くのはアリですか……」


 フランは相変わらず、なにか俺を憐れむような目をしながらそう答えた。


「――ははは……」


 フランから事情を聞いたのか、ロイドはどこか乾いた笑いを漏らす。


「ですが……そんな殿下に、残念なお知らせです」


 と、部屋のドアがノックされ。


 俺の返事を待たずに、フランがドアを開けてしまう。


 そしてそこに立っていたのは――


「――セリスっ!? なんでおまえがここにっ!?」


 いつもの修道服ではなく、クリーム色のブラウスに淡い青のスカート。


 馬車の揺れに首元の赤いリボンが合わせて揺れる。


「……まずは無断で同乗させて頂いた事をお詫び致します」


 セリスは揺れる車内でもブレる事なく、腰を落としてみせる。


 この辺りは、腐っても真面目に王太子妃教育を受けていたのだと感じさせられる。


「ですが、これを――」


 そうしてセリスが差し出してきたのは、ソフィアの署名が成された封筒で。


 俺は開いて中の便箋に目を通す。


 要約するとだ――


「……フランに諭されて反省したから、今回の視察には目を瞑るが、目付役としてセリスを同行させろ、と?」


 そのような事が書いてあった。


 フランを見ると、彼女はまた俺に生暖かい眼差しを送ってくる。


 マジでうざい。


「――目付とは恐れ多いです。

 殿下はお忘れかもしれませんが、わたしもザクソン様とは学園では友人だったのですよ?

 ――殿下を通して……ではありますが……」


 そうして、セリスはもう一通――ザクソンからの結婚式招待状を取り出して見せた。


「本来ならばソフィア様もご一緒したかったそうなのですが、その……」


 言い淀むセリスの言葉を引き継ぐフラン。


「――殿下、感謝してくださいね。

 わたしが残るように説得したげたんですよ?

 確かに最近のお嬢様達は暴走し気味でしたしね」


 と、胸を張るのもうざいと思うんだが、まあ、あいつらを説得してくれた事には感謝しておこう。


「そんなわけで、セリス様はお嬢様の代理も兼ねてます。

 ……他の方々に比べて、セリス様はマイナススタートですからね。

 フェアに行こうという事に落ち着いたんですよね……」


 後半の言葉の意味はよくわからないが、セリスがソフィアの代理という事はわかった。


「……まあいい。いまさら帰すわけにもいかないからな。

 それなりに長い期間になるが、よろしく頼む」


 俺が同行を許可すると。


「ささ、それじゃセリス様は殿下のお隣で。

 今、お茶の用意しますね~」


 多少の想定外はあったものの。


 こうして俺は王都脱出に成功したのだった。





 ――そしてその日の昼。


 最近整備されて石畳敷きになった街道の脇に鉄馬車を留めて。


 俺達は昼食休憩をとる事にした。


 馬車内で食べてもよかったのだが、せっかくの良い天気だ。


 外にテーブルを出して、みんなで一緒にという事にした。


 どのみち研修生達に挨拶しなきゃいけなかったしな。


 俺とセリスは王太子とその元婚約者。


 名乗るまでもなく、研修生達三人は臣下の礼を取る。


 騎士研修生は両方女子で、魔道士研修生が男子だ。


 気になるのは、騎士研修生の片方――プラチナブロンドをツインテールにした奴が、臣下の礼をとりつつも、どこか不機嫌そうに眉根を寄せているところか。


「これからおよそ一ヶ月、一緒に旅する仲だ。

 そんなにかしこまる必要はない。楽にしてくれ」


 そうして俺は、ロイドとフランを紹介する。


「この旅の間は、君らの直属の上司に当たると思ってくれ。

 それじゃあ、それぞれ自己紹介してもらおうかな」


「それでは私から。

 メノア・クルツです~」


 金に近い亜麻色の髪を後ろ括ってまとめた女子がそう名乗る。


「――昨年のジュリア様の武技試合に感動して、騎士を目指しました~」


 細い目をさらに笑みで細めさせて、メノアはおっとりと告げた。


「パーラちゃんもそうだよね~?」


 メノアに振られて、パーラと呼ばれた少女は不機嫌そうながらもうなずく。


「……パーラ・ウィンスターです。

 メノアが言った通り、ジュリア様のようになりたくて騎士を目指しました。

 ――なので、今回の帯同命令は非常に不本意です!」


 あー……そうかもしれないな。


 王都にいれば、ジュリアと一緒に訓練できるかもしれないと考えていたんだろうな。


 パーラの態度にロイドがたしなめようと腰を浮かしかけたが、俺は視線を送ってそれを制した。


 これから一緒に旅するんだ。


 これくらいで目くじら立てるんじゃないよ。


 変にかしこまられるより、こういう明け透けのが俺は良いと思うぞ。


 それにしてもウィンスターか……


「――実家は銀華の騎士を排出した家系か」


 お伽噺にもなっている、ダストア王国に渡った騎士を出した家のはずだ。


「――ご存知でしたか」


「騎士譚として、俺も好きな物語だからな」


「パーラちゃんは~、ちっちゃい時から銀華様に憧れて、剣の鍛錬を続けてきたんだよね~」


 メノアのその言葉に、俺は苦笑。


 ユリアンが居なくとも、いずれはパーラが騎士を目指して騎士団に入団していたかもしれないという事か。


 サラも大きくなったら、パーラのようになるのだろうか。


 そう思うと、思わずパーラを生暖かい目で見ていたらしく。


「……殿下。気持ち悪い目で見るのをやめてくださいます?」


 容赦なく告げてくるパーラ。


「あ、ああ。悪かったな」


 率直なのは良いが……こいつ、率直すぎじゃね?


 気持ち悪いとか、ちょっと傷ついたぞ。


「――じゃあ、最後の君だ」


 話題を逸らすように、最後の茶髪の男子――魔道士研修生の彼を促す。


「ぼ、ぼぼ……僕は――」


 緊張しているのか、吃る彼に。


「――シャキっとしなさいよ!」


 いきなりパーラが尻を蹴り飛ばした。


 こいつ、恐ろしく気が短いな。


 可哀想に。


 魔道士の彼は顔面から地面に突っ伏した。


 けれど。


「……いてて。

 パ、パーラくんは相変わらず乱暴だなぁ」


 彼はへらりと笑って。


 服についた埃を払い、俺に向き直る。


「ぼ、僕はライル・リード、です。

 魔道の素質を見込まれて……その、宮廷魔道士に推挙して頂きました。

 あ、足を引っ張らないよう頑張りますので、よ、よろしくお願い致します」


 どこか自信なさげに告げるライルだったが。


 学園推挙の宮廷魔道士候補って、かなりハードルが高いはずなんだよな。


 おどおどして見えるのは、性格の問題なのか?


 まあ、良い。


 一ヶ月の長旅だ。


 男同士、その内、腹を割って話せる事もあるだろう。


「それじゃ、自己紹介も終わったことだし飯にしようか!

 ほれ、おまえらも突っ立ってないで、さっさと座れ!」


 フランが馬車内の調理場から、料理を運び出してきて配膳していく。


 俺と同じものを同じテーブルで食えるとは思っていなかったのか、驚きの表情を見せる研修生達。


 いいね。


 初々しい反応だ。


 トゲトゲしかったパーラまでもが、並べられた料理に生唾を呑み込んでいる。


 そうだろう?


 これは匂いだけで、クるからな。


 こうしてこの日。


 新たなカレー信者が三名、誕生したのだった。

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