第12話 3
太陽が西にやや傾き始めた頃。
あたし達は本日の宿となる、リロイ市の代官屋敷に到着した。
リロイ市は王都の南、ウォルター領に属する都市で、領都と王都を繋ぐ中継点として発展しているのだと、メノアが言っていた。
交易都市というだけあって、街は王都ほどではないけれど、高い壁に囲まれている。
入市用の門の前には禁制品の持ち込みをチェックする行列ができていて、それに並ぶのかとうんざりしかけたのだけど、その門とは別に王族用の門があったので助かった。
代官屋敷の前庭に獣騎を腹這いに駐騎させて降りると、殿下は獣騎車の周りをウロウロと見て回り、時折、六つある車輪を蹴ったりしていた。
「……殿下、なにをなさってるんです?」
殿下が変わり者なのは、彼が学園に居た時から知っている。
友人達にタメ口で話されようと、いつもニコニコしていて。
食堂で見かけた時など、友人の方にヘッドロックされてさえ、なおもニコニコしていたから、薄気味悪く思ったものよ。
そして、セリス様に婚約破棄されてから、変わり者にさらに拍車がかかったという噂も聞いていた。
この行動もそんな変わり者の一環なのかしら。
「――ん? ああ、パーラか」
殿下はあたしを振り返って肩を竦める。
「工廠局から技術者連れてくるの忘れたからな。
車両に異常が出てないか、見て回ってるんだ」
「――殿下自らっ!?」
「まあ、この旅は俺のわがままみたいなもんだしな。
んで、他にできる奴いねえし。
俺は獣騎車の設計段階から関わってて、ある程度なら知識もあるからな。
そうだ。獣騎も異常を感じたらすぐ言えよ?
本格的には無理だけど、応急処置くらいなら俺でもできるから」
「――ッ!」
あたしは驚きに言葉を無くしてしまう。
そんなあたしをよそに、殿下は地面に膝をついて車両の下に潜り込み、車軸を剣の鞘で叩き始める。
「――よし、問題ないみたいだな。
さすが工廠局。良い仕事をしてくれる」
殿下はそう呟くと、手を叩いて埃を落とし。
「俺はこの後、代官との面会があるが……君らは休んでて良いからな。
まあ、その辺はロイドから指示があるか。
――じゃあ!」
そう告げて、屋敷へと入っていった。
玄関が開いて、代官と思しきスーツ姿の男性が歓迎している。
そこにセリス様やフランさん、ロイド様が続く。
「……本当に変なお方ね」
あたしは思わず呟き、肩を竦める。
そこへメノアが近づいてきて、あたしの肩を叩いた。
「ふえぇ……パーラちゃんすごいねぇ」
「――なにが?」
「王太子殿下と普通に話してたじゃない!」
「だって、殿下ご自身がかしこまる必要ないって仰ってたじゃない」
だからあたしは普通にしているだけよ。
「パーラちゃんのそういうトコ、ホント、すごいと思うよ~」
メノアがなにを驚いているのか理解できないわ。
それにしても、よ。
あたしは獣騎を見上げる。
ジュリア様の<狼騎>を元にしたという、狼型の<兵騎>。
本来であれば、騎士になって一年経たなければ<騎兵騎>には乗れない。
ところが獣騎はその制限がないと聞いて、乗ってみたいと手を挙げたのが運の尽きだ。
まさか殿下の国内視察に同行させられる事になろうとは。
確かに獣騎で駆けるのは――すごい速度で景色が流れるのは、すごく爽快よ。
でも。でもなのよ!
この任務がなければ、今頃ジュリア様に稽古をつけてもらえてたかもしれないと思うと、すごくすごーく悔しい。
研修期間は一月。
この旅だけで終わっちゃうじゃない!
そう考えると、自然とムカムカしちゃう。
イライラの原因はそれだけじゃない。
「――うわぁっ!?」
そんな声が聞こえて振り返ると、獣騎車の降り階段で躓いたのか、尻もちついたライルの姿。
そのかたわらには、彼のトランクが口を開けて落ちていて、中身をぶち撒けていた。
「――ライルくん、大丈夫~?」
メノアが慌てて駆け寄って、荷物を拾い集めるのを手伝い始める。
「う、うん。メノアくん、ありがとう」
と、ライルはへらへら笑って、荷物をトランクに戻し始めた。
――ホント、トロい奴。
アイツの家――リード家とウチは、王都屋敷が隣同士で、アイツの事は子供の頃から知っている。
幼い頃はアイツのお兄さん――ミハイルさんに、一緒によく遊んでもらっていた。
それが、いつからだろうか。
……あいつが騎士を諦めて、魔道の勉強を始めた頃だから、十歳くらいだろうか。
とにかくあたし達は疎遠となって、学園で同じクラスになるまで、まったく会話もなくなっていた。
五年ぶりにあったアイツは、すっかり変わっていた。
いつもへらへらおどおど。
それが気に食わない。
そもそもなんで魔道士になろうとしてるのかも教えてくれなかったし。
あたしは二人を放って、自分の荷物を取りに獣騎車に入る。
あたしとメノアの分のトランクを持って戻ってくる頃には、ライルも荷物を片付け終わっていて。
「――よし、そろったな。
ここからの予定を伝える」
ロイド様がフランさんを背後にともなって、そう告げた。
あたし達は護衛という名目で同行させられているけれど。
あくまで名目上の事なので、基本的に街にいる間は自由にしていて良いのだそうだ。
「――護衛はロイド様ひとりで良いという事ですか~?」
メノアが手を挙げて、そう尋ねると。
ロイド様は困ったように苦笑なさって、肩を竦めた。
「――それならまだ助かったんだが……
そもそもあの方に護衛なんて必要ないんだよなぁ」
「どういう事ですか?」
「……ウィンスター、<地獄の番犬>隊って知ってるか?」
知ってるもなにも!
ジュリア様が所属なさっていた、第三騎士団屈指の強豪部隊よ!
「はい! 第三騎士団の最精鋭です!」
「そうだ。そして殿下は、あの頭のおかしい連中に混じって鍛錬なさっている。
……というか、最近では連中でも耐えられないような、頭のおかしい鍛錬をなさっているくらいだ……」
「……それは……」
<地獄の番犬>隊の訓練の厳しさは、あたしでさえ知っている。
研修初日に先輩騎士達から、かなり詳細に教えられた。
頭おかしいと言われるのも納得の訓練メニューだった。
「正直なところな、半年前までなら私もなんとか殿下との掛り稽古で一本取る事ができていたのだが、今では殿下から一本取れるのはユリアン殿くらいだよ」
ユリアンというのは、ジュリア様が男性と偽ってらした時の名前だ。
殿下はジュリア様と一緒に稽古できているのか。
――なんてうらやましい。
あたしの中で中立だった殿下が、ライルと同じ敵側に分類された。
「そんなワケで護衛っていうのは、本当に体面を保つ為の名目上のものなんだ。
だから君達は、自由にしてもらって構わない。
ただ、あくまで殿下のお付きという事だけは忘れずに、ハメを外しすぎないでくれよ」
赤毛を掻いて、爽やかに告げるロイド様。
――とはいえ。
自由にしても良いと言われても、帰りならともかく、行きで土産を買うわけにもいかないし。
「――それでは、お庭をお借りして鍛錬しても?」
と、手を挙げたのはライルだ。
「――は? 鍛錬? アンタが?」
あたしが首を傾げると、ライルはいつもの自信なさげなへらっとした笑みを浮かべて。
「日課になっちゃってるからね。
やらないと上手く寝られないんだよね」
頭を掻きながらそう告げる。
その笑みが気に食わない。
――なによ。なんなのよ。
魔道士のくせに鍛錬って。
なにを鍛錬しようっていうのよ。
「――わかった。代官殿に許可をもらっておこう」
ロイド様が応じて。
それも気に食わなくて、あたしも手を挙げた。
「ロイド様! あたしも鍛錬しますので、許可をお願いします!」
どうせ中途半端な運動を鍛錬とか言ってるんでしょ?
あたしが見極めてやるわ!
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