第3部 暴君旅情編
王太子、国内視察を思いつく
第12話 1
――最近、女達の様子がおかしい。
例えばシンシアとエリスだ。
「――殿下、もっと城下に遊びに行きましょう!」
「そうですわ! 殿下はもっと休息を取るべきです!」
などと。
休日のたびに帰国しては、やたらと俺を街歩きに誘ってくる。
かと言ってなにか街に目的があるわけではないらしい。
……謎だ。
例えばユリアンだ。
「……ふう、今日は暑いなぁ」
などと、訓練の休憩の際に、わざわざ鎧を脱いで、やたらと薄着になってくる。
狼属は呼吸で熱気放出してるから、汗かきづらいって自分で言ってたじゃないか。
しかも、シャツの襟元をパタパタしながら、チラチラ俺を見てくるんだ。
……謎だ。
例えばリリーシャとアリーシャだ。
「このお茶、本当に美味しいのですよ?」
「さあさ、殿下。そこに横になって!」
リリーシャはミルドニア産の疲労に効くという香やら茶を持ってくるし、アリーシャはマッサージをしたがる。
そしてセリスまでもが、週イチで登城して来ては。
「――殿下の為に癒やしを施そうかと」
などと言ってくる。
おまえ、大聖堂の仕事は良いのかよ?
極めつけはソフィアだ。
やたら身体にぴったりとした、タイトスカートに胸元を大きく開けて下着を覗かせたシャツで。
「――殿下、この件なのですが……」
執務を行うのだが、本人はなんでもない風を装っていても、顔が真っ赤でぷるぷる震えているから、恥ずかしがってるのがわかる。
なんか罰ゲームでもさせられてるのか?
あと、フランがやたら憐れむような目で見てくるのがうざい。
――そして。
「――おまえはなにしてんだよ?」
「ん? オレアくんに差し入れだよ?」
と、俺の執務机の上にカレーとコーヒーを並べるユメは、なんでもないように答える。
「いや、それはわかってんだよ」
バカじゃねえんだから。
「なんで毎日、それを持ってくるのかって聞いてんだよ」
「やだなぁ。好感度稼ぎに決まってんじゃん!」
「……嫌がらせじゃなかったのか?」
「……おかしい。好物を貢げば好感度はうなぎ昇りのはずなのに……」
「おかしいのはお前の頭だ!」
ユメを執務室から放り出し、俺は頭を抱える。
――最近、俺の周りの女達の様子がおかしい。
ぶっちゃけ――すげえ怖え。
俺、知ってんだよ。
女がやたらすり寄ってくる時って、なにか目論見がある時なんだって。
前世で俺に借金背負わせた女がそうだったからな。
なんだ?
どこで間違えた?
俺はあいつらとは、良い友人関係を築けていたはずだ。
あいつら、いったいなにを企んでいるんだ?
マジで怖えよ。
あいつら、表情は俺を気遣ってる風なんだけど、目は獲物を狙う狩人の目してるんだもん!
あと、フランの俺を憐れむような目が、マジうざい!
俺、なにされるんだ?
そんな事が続いたある日。
俺の不安とフラストレーションが限界突破しそうになってた、ある日だ。
一通の手紙が俺に届いた。
それは学園時代の級友――親友と言っても良いだろう――ザクソン・ウォルターからの手紙で。
「……あいつ、結婚するのか」
奴からの結婚式の招待状だった。
あいつを含めた班員五人には、えらく振り回された記憶しかないのだが。
不思議と嫌な思いをした事だけはないんだよな。
結婚式は自領のカントリーハウスで執り行なうそうで。
俺はカレンダーを見ながら、スケジュールを確認する。
「……ふむ。参加はできそうだな」
と、そこで。
俺は天啓のようにひとつの閃きを得る。
「そのまま国内視察……各領を視察して回る事にすれば……」
あいつらのよくわからない行動から、解放されるんじゃないだろうか?
そうだよ。
考えてみたら俺、政務を執るようになってから、国内視察ってしたことないじゃん。
王都にばかり目を向けてたけど、そろそろ地方にも手を広げるべきだろう。
移動に獣騎車を使ったとして、およそ一ヶ月の旅程か。
「……なあ、ロイド」
資料整理していたロイドが、俺に声をかけられて振り返る。
相変わらず秘書のような扱いだが、もうコイツが秘書って事でいいんじゃねえかななんて、最近は思っている。
「――先日完成した、獣騎先行型あるだろ?」
「獣騎というと……ああ、確か<狼騎>の技術転用で造られた、物資運搬用の獣型<兵騎>でしたか」
「そう、それだ」
人型への可変機構を排除して、獣型で固定した代わりに、魔道が不得意な者でも動かせるようにしたシロモノだ。
初めは各騎士団の輜重隊に配置し、行く行くは国内に流通させて物流を活性化させようと考えて、工廠局に造ってもらっていたのだが、その先行型三騎が先日、ついに完成したのだ。
とりあえず国内の魔物退治で、転戦する事の多い<地獄の番犬>隊にでも配属させるつもりでいたのだが。
「……あれの長距離踏破試験がまだなんだよな」
「――? はあ……」
ロイドはよくわからないと言った顔をする。
「実は俺の学生時代の友人が結婚する事になってな」
「つまりそれに出席するついでに、獣騎の試験もやってしまおうと?」
「ウォルター領は馬車で三日の距離だ。
大した試験にならん。
――俺は思ったんだよ。
どうせ城を空けるなら、今までやって来なかった各領の視察もやってしまうべきじゃねって」
「――せ、政務はどうなさるんです!?」
「ソフィアがいれば問題ないだろ?
叔父上も帰ってきたし、官僚達への睨みも万全だ」
もっとも、あの処刑の日から官僚達はすっかり大人しくなっている。
いずれあの日の恐怖が薄れれば、またなにかやらかすかもしれないが、だからこそ今の内に国内視察をすべきだろう。
などなど。
俺は言葉を重ねてロイドに説明する。
ロイドもまた、なんとか思い止まらせようとするのだが。
俺の心はもう決まっているのだ。
可能な事ならば、今日にでも旅立ちたいくらいなんだ。
……本当に怖えんだよ。
最近のあいつら。
どこから漏れるかわからないから、口にはしないけどさ。
三十分ほど議論――というか、いつの間にかロイドが俺を説得する形になっていたのだが――を重ね……ロイドがため息と共についに折れる。
「……わかりました。
それで、護衛はどうなさるのです?」
「おまえと……ああ、そうだ。
学園から卒業前の騎士促成課程で研修に来てる奴らがいたろ?
――あいつら連れて行こうぜ」
そもそも襲撃って面では、俺に護衛なんて必要ないんだけどな。
それだと体裁がよろしくないという――あくまで体面の問題なのだ。
「……ふむ。ですが……」
まだなにか反論しようとしてるロイドに、俺は奥の手を出す事にした。
「――よし、それじゃあフランも連れて行こう。
アイツなら護衛も給仕もできるしな」
本当なら、アイツも置いて行きたかったんだけどな。
最近、マジでうざいし。
だが、背に腹はかえられない。
そうして俺は、ロイドに顔を寄せて、にやりと笑みを浮かべる。
「……おまえもフランと旅行――行ってみたいだろ?」
途端、ロイドは顔を赤くして、口をぱくぱくさせながら俺を見た。
……堕ちたな。
あ? ソフィアに相談?
そんな事してみろ。
あいつもついて来るって言い出したらどうする。
置き手紙残して出発しちまうんだよ。
「よし、あいつらに勘付かれる前に動くぞ!」
「――あいつら?」
「良いから!
――さっさと準備して出発は明後日な!」
かくして、俺の国内視察の旅が決定した。
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