第11話 7

 崩れ落ちそうな俺を抱えて、アリーシャは頭上を舞う天使を睨んだ。


「――この方を殺させたりなんかしない!」


『――リリーシャ?

 いや、おまえがアリーシャとかいう棄てられた皇女か!?』


 嘲笑うかのようなラインドルフの声色に、俺は身体の痛みと別に顔をしかめたくなる。


「――取引よ! ラインドルフ!」


 けれどアリーシャは気丈に――その美しい顔を天使へと向けて。


「このままじゃあんた、ミルドニアの継承権はないのだけれど。

 あたしは先日、それを与えられる事になったわ!」


『バカな!? どうやって!?』


 と、そこへ映像板が開いて。


『本当です。ラインドルフ。

 ホルテッサにはこの星船のように、遠距離の会話を可能にする魔道器があるのです。

 今回の件、お父様――陛下もご存知なのですよ』


 リリーシャがひどく静かにそう告げて。


 その背後でユメがブイサインしているのを、俺は見なかった事にした。


 ――空気読めよ……


「だから取引なのよ。あたしと一緒になったら、あんたもう一度、皇族に返り咲けると思わない?」


「――アリーシャ、おまえなにを……」


「お願い。黙って見てて……」


 そう囁くアリーシャの目が虹色にきらめいているのを見て、俺は口をつぐんで彼女から離れた。


 その肩が震えているのがわかる。


 ここまでしてくれるんだ。


 動けよ。身体。


 応えてみせろよ。俺。


 目の前がチカチカしているけれど、奥歯を噛み締めてやり過ごす。


『――そ、そうか。まだその手があったか!

 血が繋がっていないなら――』


 かかったようだな。


 アリーシャの魅了の魔眼は騎体越しでも通るのか。


 いよいよ誰かに悪用されないように、注意が必要だな。


 しかし、妹と思ってた少女と同じ顔した少女を――血が繋がっていないとわかったとはいえ――よく娶ろうと考えられるな……


 あいつ、親が親だからなのか?


 血がそうさせるのか?


 魅了の効果だけとは思えない。


 それともそれだけ王位が欲しいのか。


 俺なんて、誰かが代わってくれるなら――そいつがふさわしいヤツならば、喜んで差し出しても良いんだけどな。


『そうだ。

 ホルテッサもミルドニアも……私の元で平等に統治されてこそだ。

 ――私こそ王にふさわしい!』


 ゆっくりと天使が地面へ降りてくる。


 そう。それだ。


 それがあるから、俺はヤツとは相容れない。


 辺りにラインドルフの高笑いが響き渡って耳障りだ。


 俺は呼吸を整えて、紅剣を握りしめた。


 頭を振って、ふらつく景色を無理矢理抑え込む。


 ふと、背後が騒がしくなってきたのを感じて振り返ると、避難してきた城下の民が、中庭を囲む回廊に集まって来ていた。


「――オレアでんかーっ!」


 その中に孤児院で出会ったジョンの姿があって。


「そんなヤツに負けんなーッ‼」


 小さな身体で大声をあげて、応援してくれる。


 そんなジョンに触発されたのか、民達が口々に応援の声をあげた。


 ……そんな事してないで、みんな逃げろよ。


 本当にホルテッサの民は逞しい。


 この騒動も、イベントかなにかと勘違いしてないか?


 けれど、そんな民達だからこそ、俺はさ。


「……大事にしたいって思うんだよな」


 一歩を踏み出し、アリーシャの肩を掴んで、俺の背後へ。


「……殿下」


 アリーシャが――限界まで魔眼の力を使ってくれたのだろう――目を虹色に明滅させて、血の涙を滲ませながら呟く。


「……もう大丈夫だ」


 身体は神器の並列喚起の影響と落下の衝撃でボロボロで。


 今にも倒れてしまいそうだけどさ。


 ――ここで意地張らなきゃ、漢じゃないだろう?


 奥歯を噛み締めて。


 天使が伸ばしてくる手から彼女を守るように、俺は立ちはだかった。


「――ラインドルフ。

 おまえの元で平等なのが真実の愛だとか抜かしてたな……」


 天使の手が止まり、その四つの目が俺を見据えた。


『そうだ! 智慧ある者が愚かな民を導く!

 それこそが平等なる世界!

 ――それこそが真実の愛に満ちた世界だ!』


 途端、民達から批判の声が次々とあがる。


「――俺達は愚かじゃないぞ!」


「――へたれ殿下のおかげで、昔より賢くなれたもんな?」


「へたれのおかげで、生活も楽になったのよ!」


「殿下はへたれじゃなくて、オレア様って名前なんだよ?」


 いいぞ、ジョン。


 もっとそこを広めろ。


 俺は苦笑しながら、思い切り息を吸い込む。


「――ホルテッサの民達よ!」


 叫ぶと背中がひどく痛む。


 少しだけ声を押さえて。


「……そこで見ていろ」


 一歩を踏み出して告げる。


「あいつの傲慢に満ちた真実の愛。

 ――このオレア・カイ・ホルテッサがぶっ潰してやる!」


 胸の前で拳を握りしめる。


 あと一踏ん張り、応えてくれよ。<王騎>


「――目覚めてもたらせ。<継承インヘリタンス神器・レガリア>……」


 魔芒陣が背後に開き、<王騎>がその巨体を現す。


『――させるものか!』


 天使が伸ばした手で俺を握りつぶそうとしたけれど。


『くっ!? 自律稼働するだと!?』


 <王騎>はその手を払って、俺をその胴に呑み込む。


「不意打ちで一本とったからって、勝った気になってんじゃねえぞ!」


 右の肩鱗甲で拳を鎧い、天使の横っ面をぶん殴る!


 天使は吹き飛ばされると、その翼でバランスを取って宙に逃れた。


『たとえ大戦で讃えられたホルテッサの<王騎>だろうと!

 空を飛ぶこの<天使>には敵わないのだ!』


「奇遇だな。俺も航空戦力は必要だと思っててな……」


 <深階>の時みたく複合魔法で撃ち出されるのは、もうこりごりなんだ。


 だから、しばらくコラーボ婆に預けて、いじってもらってたんだよ。


 このタミングで間に合わせてくれるんだから、コラーボ婆はマジ天使。


 あんな紛い物なんかじゃなくてな。


「さあ、お披露目だ。

 ホルテッサの紅竜の新たな力!

 ――天使相手なら不足なしだ!」


 <王騎>の肩鱗甲が後ろに開いて。


 皮膜に覆われた翼となって広げられる。


「――いくぞ。平等主義者!」

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