第11話 6

 メイドに手伝ってもらいながら鎧を着けて。


 俺が<風切>へとやってきた時、不意に空に遠視の魔道器の映像板を巨大にしたような映像が映し出された。


『――聞こえているか、ホルテッサ国民よ!』


 恐らくは星船の機能のひとつなのだろう。


 ラインドルフの顔が映し出され、彼はそう呼びかける。


『私はミルドニアの皇子ラインドルフだ。

 この度、私はこの星船を手に入れ、新たに国を興す事にした!』


 フォルトを唆しただけあって、同じような事を言いやがる。


『諸君らもオレア王太子のわがままにうんざりしている事だろう?

 ヤツの政策は、富める者のみがさらに富み、能力のない者は捨て去られるものだ!』


 いや、それって今のミルドニアの話だろう?


 俺は民の「能力がない」なんて勘違いをどうにかしたくて、幼年学校を整備してるんだが。


 ああ。わかったぞ。


 あいつ、ミルドニアで普段からそんな事言ってて、それをそのまま流用してるんだな?


 星船を奪えたのは突発的だったから、演説の言葉を用意してなかったんだろう。


『――私はすべての民を愛する! 私の元ではすべてが平等だ!

 富める者と貧しい者の差など生ませない!

 これが私の王としての真実の愛だ!』


「……あいつ、共産主義者かよ……」


 具体策を示さず、耳障りの良い言葉だけを謳う。


 ――典型的だな。


「……その先に待っているのは、おまえ以外がみんな等しく貧しくなる『平等』なんだぜ?」


 ウチの国民が、あんなアホな話に惑わされるとは思いたくないが……教育の行き届いていない現在、その言葉に惑わされる者がまったくいないとは言い切れないんだよなぁ。


『手始めに私の力を見せつけてやろう。

 ――オレア王子、見ているな?』


 魔道器で見た管理者の話だと、星砕きは使えないようだが。


 その他の兵器の威力は、まだ見ていないから想像ができない。


 俺は騎士達の<風切>への乗船を急がせると、城壁に登って星船を見据える。


『――これが私の力だ!』


 ラインドルフが告げると、星船の漆黒の表面に青い輝きが宿り。


 それが集まったかと思うと、不意に閃光を放った。


 リュクス大河の向こうに広がる森林が、まるで突き上げられたかのように噴き上がり、その周囲が燃え上がる。


「……副兵装以下であの威力なのかよ……」


 くそっ。


 こええな。


『見たか、オレア?

 これが私の力だ。

 いま降伏するなら、私の犬として飼ってやろう。

 そうそう、ソフィアを差し出すのは絶対の条件だな。

 あの取り澄ました顔を歪ませるのが今から楽しみだ』


 ――俺はおまえの顔が恥辱に歪むのを見るのが楽しみだ。馬鹿野郎。


「――殿下! 総員、殴り込みの用意完了です!」


 ニルス隊長が城壁を駆け上がってきて、俺に報告する。


 俺が城壁を降りて、<風切>に乗り込むと、先に乗り込んでいたコラーボ婆とユメに出迎えられる。


「オレア君、もし撃たれてもしっかり守るから安心してね」


「そもそも当てられるようなヘマはしないよ。安心おし」


 二人の励ましに、少しだけ安堵する。


「……我も突入に合わせて、協力してやろう」


 と、鎧の脇腹をノックされて視線を下げると。


「――サヨ陛下!?」


「リリーシャ殿の救助は我に任せよ。

 そなたはユメと共に、アレのロジカルドライブの無効化に専念するが良い。

 ……あの力、今の世にあってはならんシロモノだ」


 サヨ陛下の言葉に、俺は深くうなずく。


「俺の力が足りないばかりに、お手数をおかけします」


「なあに、そう思える内はまだまだ伸び代よ。

 それにアレを潰すのは、中原の安寧に繋がる。

 ――哀れなのはミルドニア皇王よの……」


 事が無事に治まったなら、春の諸国連合会議でミルドニアは槍玉に挙げられるだろう。


 陛下はそれを憂えている。


「さて、オレア殿よ。

 若き紅竜の力、とくと見させてもらうぞ」


「――はいっ!」


 足元がわずかに揺れて、<風切>が離陸したのがわかった。


 俺は舵取りをコラーボ婆に任せて、ユメとサヨ陛下を連れて甲板に出る。


『――む?

 それがパルドスを滅ぼしたという、ご自慢の飛空船か?

 そんな玩具で、この星船に挑もうというのか?』


 映像の中でラインドルフが哄笑する。


「……うるせえ、バカ野郎。

 こっちこそご自慢の玩具をぶっ壊してやる」


『――できるものか!』


 こいつ、煽りに弱えな。


 再び星船の表面が青い閃光を放つ。


 ――が。


 <風切>の船体が横倒しになって、熱風が駆け抜ける。


 甲板に立っている俺達は船が横になっても平気なのが、こんな時なのに不思議だった。


 まあ、コラーボ婆の謎技術に疑問を持つだけ無駄か。


 王城の回りの大結界が青の閃光に彩られる。


「――結界で持ちこたえられるようだな」


 その事実に安堵する。


「だが、連発されては持ちこたえられるかわからん。

 オレア殿。短期決戦だ!」


「――コラちゃん、あのレーザーはわたしが止めるから、最短距離で行っちゃえ!」


 ユメがイヤーカフを押さえてコラーボ婆に指示を出し、舳先へ進んだ。


「あ――――」


 独特な韻を持った唄が奏でられ、<風切>を虹色の結界が包み込む。


 三度の星船の閃光。


 けれど、それは結界に阻まれて、放射状に広がって後方で霧散する。


 王都の上空を高速で突き進む<風切>に、幾度も青い閃光が浴びせかけられたが、ユメの結界はすべてを耐えきってみせた。


 やがて星船が黒い壁のように迫ってきて。


「俺の出番だな」


 俺もまた、舳先へと進み出る。


「――目覚めてもたらせ。<継承インヘリタンス神器・レガリア>」


 胸の前で拳を握り、湧き出る喚起詞を声に乗せる。


 魔芒陣が背後に開いて、鉄色の<王騎>が俺を呑み込む。


『それが貴様の奥の手か!?

 <兵騎>で星船が傷つけられるはずがないだろう?』


 うるせえ、バカ野郎。


 一度はそいつを墜としてんだよ。


 四肢が拘束されて面が着けられると、騎体は真紅に染まって無貌の面に銀の文様が走る。


 貌が結ばれて合一を果たすと。


「来たれ。<紅輝宝剣>」


 長大な紅剣が現れ、<王騎>両手に握られる。


 ユメとサヨ陛下が<王騎>の肩に飛び乗ってきて。


「――今行くぞ、クソ野郎!

 唄え! <暴虐紅輝アーク・テンペスト>ッ!」


 <王騎>に真紅の輝きが宿り、それは紅剣を輝かせて光の刃を形造る。


 俺はそれを肩がけに構えて。


「オオオオオォォォォォォ――――ッ‼」


 <風切>の舳先を蹴って、宙に飛び上がった。


 紅剣から光の輪が広がり、<王騎>の勢いを後押しする。


 一度、経験している。


 激突の衝撃は来ないんだ。


 俺は勢い任せに刃を突き出し、漆黒の壁をぶち破った。


『――バ、バカなっ!? なぜ<兵騎>ごときで星船の装甲を破れる!?』


『――あー、ホルテッサの機密と思ったから、レポートには書かなかったんだがね』


 ラインドルフの言葉に、ゴルダ先生の言葉が重なる。


 そのまま星船の中枢まで一直線だ。


『……この船は不具合で墜ちたんじゃなく、殿下の神器によって墜とされたんだよね』


 いくつもの壁が道を開けるように貫き広げられて行き。


 あの日見た星船の中枢に<王騎>は躍り出る。


 俺は飛び込んだ勢いそのままに、紅剣を掲げ、ホール中央に浮かぶ黒球の半ばまでを断ち割った。


「――輝けうたえ! <紅輝宝剣アーク・スカーレット>ォッ‼」


 光の輪が広がり、黒球が爆散する。


 ユメが――なにか再生の対処をする為なのだろう、黒球が浮いていた台座に駆け寄っていった。


「バカな! バカなバカなバカなぁっ!」


 頭を掻き毟って喚くラインドルフの背後に、いつの間にかサヨ陛下が転移していて。


「――バカはお主だ。ラインドルフ」


 その尻を蹴って、リリーシャ殿下を解放する。


 よろよろと倒れ込んだラインドルフは、憎々しげな眼差しで俺を見上げ。


「いいや。まだだ。まだだまだだまだだっ!

 私には盟主の力がある!

 ――王太子を殺せば!」


 いいね。その根性だけは買ってやる。


「ミルドニアの<王騎>でも出すか?

 いいぜ、先日つけられなかった勝負、いまからやってやろうか?」


 俺の煽り言葉に。


「私にはもっと素晴らしい力がある!

 見るが良い!」


 ラインドルフは血走った目をして立ち上がり、胸の前で拳を握る。


 ――<王騎>以上だと?


「――叡智の輝きを我に!」


 初めて聞く喚起詞。


 途端、ラインドルフの背後に魔芒陣が開き、直後、閃光が放たれる。


 その中に巨大な影が浮かび上がったと思った瞬間。


『うおおおぉぉぉぉ――――っ!』


 雄叫びと共にその影が突進してきて、対処する間もなく俺は星船の中を押されて行き。


 空が見えて、視界がどんどん流れて行く。


「――ぐおっ!?」


 気づけば背中から城の中庭に突き落とされていた。


 衝撃で頭がくらくらする。


 見ると石畳が抉れ割れていた。


 <王騎>との合一が解けて、燐光を放って霧散し、俺は抉れた地面に投げ出される。


『――どうだ、オレアぁ。

 これが叡智の力だ!』


 勝ち誇るラインドルフの声は上方からで。


 身体を起こしながら見上げた空に、白い羽根を生やした天使のような巨体が浮いていた。


 <兵騎>のような金属質ではなく、生物的な構造をしたそれこそが、ラインドルフの奥の手なのだろう。


 顔を覆った金色の面に、生き物の目のような視覚器官が四つ。


 不気味にギョロギョロとうごめく。


 ご丁寧に頭上には輪までありやがる。


「……くっ。天使のつもりか、クソ野郎。

 見下ろしてんじゃねえぞ」


『――なぜその名前を!?』


 この世界には天使なんて概念無いもんな。


 逆にその名を知っているって事は……


 <叡智の蛇>の盟主とやらに、興味が出てきたな。


 衝撃で悲鳴をあげる身体を無理やり動かして、傍らに転がっていた紅剣を支えに、俺は立ち上がる。


『……やはりおまえは危険だ。オレア・カイ・ホルテッサ。

 盟主の計画を尽く邪魔する貴様は、今ここで討ち滅ぼす!』


 天使が剣を抜き放つ。


「――やめてっ!」


 その時、そんな悲鳴じみた声と共にアリーシャが飛び出してきた。

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