第11話 5
「――殿下! リリーシャが!」
ソフィア様の執務室で。
あたしは目の前の遠視の魔道器に映し出された、星船内部の映像に悲鳴をあげる。
「……大丈夫だ。星船を動かすにはリリーシャ殿下が必須だからな」
「――でも、殴られたじゃない!」
「落ち着いて。アリーシャ様。
リリーシャ殿下もそのくらいは覚悟してらしたでしょう?」
ソフィア様に言われて、あたしは唇を噛み締める。
確かにあの子もそう言っていたけど。
でも、実際に殴られるのを見せられるのは、良い気分じゃない。
「……ソフィアの言う通り、事前に魔道器仕掛けておいてよかったな」
川底にある入り口を宮廷魔道士達に秘密裏に開けさせて、内部に遠視の魔道器を仕掛けておいたのだという。
すべてはあたし達の兄のつもりでいた、あのクズ野郎をハメる為。
「――ロイド。衛士に連絡だ。
王都の民の避難を始めさせてくれ。
城門を開放して、受け入れ準備を。
サティリア大聖堂にも連絡して、避難民の受け入れを要請だ」
赤毛の近衛騎士が敬礼して退室して。
「ソフィアは宮廷魔道士達に王都に大結界の用意を」
「ええ。
――騎士団はどうするの?」
「――第一をリュクス大河側に防衛待機。
第三に殴り込みの準備だ。
<風切>も出航用意させておいてくれ」
ソフィア様はうなずいて、やはり足早に退室していく。
残されたのは、あたしと殿下だけで。
殿下は紅剣の柄を掴んで、魔道器の映像を唇を噛んで見据えていた。
その手がわずかに震えているのに、あたしは気づいてしまう。
リリーシャから聞いている。
あの古代遺物は、地面に巨大な穴を開けてしまうような破壊力を持っているのだという。
テラスに続く窓がわずかに震動したかと思うと、西の方で巨大な黒い遺物がゆっくりと浮上を始めたのが見えた。
リュクス大河の水を滝のようにこぼれ落ちさせながら、その異様を晒していく。
「……はやまったかな」
苦笑とも自嘲ともとれる、複雑な表情で呟くオレア殿下。
「一度は撃墜してるんですよね?」
「あの時は不意打ちできたからな。
――今回はどうだろう……」
深い溜息をついて、オレア殿下は髪を掻き上げる。
「でも、リリーシャ殿下が捕まってる以上、やるしかねえんだよなぁ……」
「――殿下自ら行かれるのですか!?
騎士団を使うんじゃなく!?」
あたしは驚いて声をあげた。
確かに先のパルドス戦役では、殿下自らが先陣を切ったという噂は聞いている。
こないだあたし達を助けてくれた時も、殿下が来てくれた。
けれど、今回のようなしっかり準備できてる場合は、王子様の立場なら指揮するだけでも許されるんじゃ……
「騎士達だけじゃアレの中に入れないしなぁ……それに無駄に騎士達を傷つけさせたくない」
――この人は……本当に。
「……なぜ、そこまでできるんですか?
リリーシャは確かにミルドニアの皇女だけど……殿下にとってはあくまで客人でしょう?
あたし、政治の事とかよくわからないけど!
これってミルドニアのお家騒動みたいなもので……ホルテッサはそれに巻き込まれた形じゃないですか!」
オレア殿下が直接動く理由なんてないはずでしょう?
確かにリリーシャを助けてほしい。
その気持にウソはない。
でも、殿下に危険な目にあって欲しいわけでもないんだ。
けれど、オレア殿下は、はにかむような笑みを浮かべて。
「なんでだろうなぁ」
ぽつりと呟く。
「リリーシャ殿下に限った話じゃなくてさ。
俺は……本当は女って苦手なんだよ。
なにを考えてるか良くわからないし、すぐ怒ったり、なんでもない事で笑ったり、泣いたりするし。
できる限り関わり合いたくないってのが、本音なんだ」
あたしに表情を見られたくないのか、窓の外に顔を向けて。
殿下はそう言った。
「じゃあ、なんで……」
「不思議なもんでさ。
俺が深く関わるヤツらって……特に女の子だな。
すげえデカイ荷物背負ってるのに――泣き喚いたり、誰かに当たり散らしたりしても良いような……そんなどうしようもない状況にいるのに、歯を食いしばってまっすぐ立ってるんだよ」
あたしの脳裏に淑女同盟のみんなの顔がよぎる。
まだエリスやシンシア様、ジュリア様もソフィア様も……みんな意思の強い方々ばかりだ。
確かに泣き言なんて言ったりしないだろう。
きっとなんとか自分で解決しようと、それこそギリギリまで頑張ってしまう。
そんな人達だ。
それは今もあの遺物に捕らわれているリリーシャも一緒だ。
「俺は男だから――なんて言うつもりはないけどさ。
やっぱりなんとかしてやりたいって、思っちまうじゃないか。
……俺にはその力があるんだから」
そう告げる殿下の手は、今もかすかに震えていて。
ああ。この人はきっと……
これまでも、そしてこれからも。
そんな些細な。
ひどく優しい理由ひとつで、どんな困難にもその身を差し出していくのだろう。
あたしが変わってあげられたら、なんて驕った事は言えない。
けれど、どうか……
――願わずにはいられないよ……
彼はきっと、これからもどんどん、「誰か」の荷物を肩代わりしようとしていくんだ。
そしていつか、その重みに耐えきれなくなって……
誰かが彼を支えてあげられたら良いのに。
その誰かに……あたしがなれたら……
今はまだ……あたしにはその力がないのはわかってる。
でも、いつかきっと、そうなるんだ。
「――ガラにもない事言っちまったな。
大丈夫、準備はしてきたからな。
リリーシャ殿下は助けるし、王都には被害を出させない」
オレア殿下はいつもの犬歯を覗かせる笑みを浮かべて、あたしに振り返る。
「そして、あのクソ野郎をぶっ飛ばして、みんなハッピーエンドだ」
ドアがノックされて、ユメさんと守護竜様がやってくる。
「――カイ坊、間に合わせたよ。いつでも使えるようにしておいた」
「今度はわたしがいるからね。
完全完璧にアレをぶっ壊しちゃおう!」
ふたりの言葉にオレア殿下は立ち上がり、深くうなずく。
「ああ。あの勘違い野郎に目にモノ見せてやる!」
そう告げて去っていく彼の背中を。
「殿下……リリーシャをお願いします」
あたしは……祈るような気持ちで見送る事しかできなかった。
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