第11話 4

 兄上がサラ様に痛めつけられてから数日後。


 わたくしは兄上と共に、リュクス大河に沈んだ星船の上に居た。


 ホルテッサ国立大学の教授達と、ゴルダ先生による合同調査の視察という名目だ。


 警備の衛士達の他に、大使館に常駐するミルドニア騎士や兄上の側近達も来ている。


 そして、左右に二人ずつ女性を侍らせた兄上。


 その女性の中に、リーンハルト兄上の婚約者のはずのミリシアーナ様を見つけた時、わたくしは吐き気にも似た感覚を覚えた。


 ラインドルフ兄上が誘ったのか、ミリシアーナ様が誘ったのか。


 どちらにせよ、リーンハルト兄上が不憫で仕方ない。


 聞けば、先日はソフィア様にまで粉をかけようとしたのだとか。


 もはや兄上――いいえ、もうアレでいいわね――を容赦する理由が、ひとつもなくなってしまっている。


 お父様の許可はすでに得ているのだから、あとは切り出すタイミングだけ。


 川面から突き出した漆黒の星船の上を、アレ達はぞろぞろと連れ立って歩いている。


 ホルテッサの衛士達の耳もあるというのに。


「――これを手に入れたら、私の皇太子の座は決まったようなものだな」


 などと、皮算用さえはじめていて。


 それを諌める側近はおらず、追従してアレを称える言葉を並べ立てるのだから、わたくしは気持ち悪さを押さえられない。


 そんな時。


「――ふむ。リリーシャ殿下。

 ちょっとこっちに来て、黒珠に触れて見てもらえるかね?」


 ゴルダ先生がオレア殿下から借り受けてきた黒珠を手に、そんな事を言い出す。


 ――良くない予感はしたものの。


 オレア殿下は星船の調査に関して、ゴルダ先生や教授達に任せたと仰っていた。


 ――最悪、星船が復活しても構わない、とまで。


 それはソフィア様も同意しているようで。


 お二人が納得しているのなら、わたくしはゴルダ先生に協力すべきよね?


 アレが星船を狙っているというのに、復活しても構わないというのは、なにか対策があるということなのだろう。


 そもそも殿下は一度は星船を墜としているのだし。


 そこまで考えて、わたくしはひとつ閃いた。


 そうよね。どうせならわたくしから伝えるより、あの管理者に伝えさせた方が信憑性が増すはずだわ。


 ――それなら、まずどうにか中に入る方法を探さないと。


 わたくしはゴルダ先生に差し出された黒珠を掴みながら、そんな事を考える。


「それでだね、中に入りたいとでも――」


 ゴルダ先生が言うより早く。


 目の前に漆黒の柱がせり上がり、左右に開いて入り口となる。


「――できたようだね。さすが殿下だ」


 星船の変化に、散り散りになっていたみんなが集まってきて、ゴルダ先生は教授達に囲まれる。


「いやなに。いまだに星船が殿下を権限者と認識しているのなら、殿下に反応して入り口が見つかるんじゃないかと考えたのだよ」


 衛士のひとりが――恐らくは王城へ連絡しているのだろう――イヤーカフを押さえて、なにか呟いている。


 そこへミルドニア騎士が剣を突きつけ、アレの側近達もまた抜剣して他の衛士や教授達を取り押さえた。


 そのまま彼らは大河に放り込まれる。


「――なんてことを!」


 わたくしが悲鳴をあげると。


 アレが高笑いして進み出る。


「――やはり私は天に魅入られているようだな」


 舞台役者のような大仰な仕草が癪に触るわね。


「リリーシャ、よくやった。それをこちらに寄越せ」


 側近のひとりに剣を突きつけられて、わたくしは渋々黒珠を差し出す。


「――ゴルダ師。貴方にはもう一度、星船を動かしてもらう。

 イヤとは言わないだろう?」


 わたくしが腕を押さえられて、刃を喉元に当てられると、ゴルダ先生はその大きな肩を竦めた。


「イヤとは言わないが、できるとは言えないんだね。

 なにせ以前、中枢部を破壊されているからね」


「――だが、時間経過で復活するのだろう?

 貴方の論文にそう記載があった」


 アレが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ふむ。まあ以前は反応しなかったこの扉が現れたという事は、そろそろ再生している可能性もありえるのかもね」


「ならば、その中枢部とやらに案内してもらおう!」


 ゴルダ先生が先導する形で、わたくしはアレの側近に取り押さえられたまま、開かれた通路を進む。


 しばらく進んだけれど、内部に以前、オレア殿下が空けた大穴はすっかり無くなっていた。


 改めて遺物の能力に圧倒されるわね。


 やがて、わたくし達はオレア殿下が砕いた巨大な黒球のあった部屋へとたどり着く。


 広いドーム状となったその部屋は、すっかり元通りになっていて。


「――そんな……」


 わたくしは思わず息を呑む。


 黒球までもが再生を果たして、光る文様の輪を多重に輝かせながら、宙に浮いて回転していた。


『――艇長。ご帰還をお待ちしておりました』


 途端、女性の声が響いて。


 目の前に半透明の板のような映像が開き、そこに管理者の白い顔が映し出される。


『まずはコンディション報告を。

 本艇は八〇パーセントまで復旧を終えております。

 復旧に全エネルギーを当てている為、主砲および艇内の保安設備の使用は不可となっておりますが、通常稼働および副砲以下の外部兵装は使用可能です』


 淡々と抑揚のない声で告げられる管理者の言葉。


 それを理解した時、安堵して良いのか、恐れるべきなのか、よくわからない複雑な感情に捕らわれた。


 きっと<深階>を吹き飛ばした、あの星砕きは使えないという事なのだろう。


 けれど、それ以外は使えてしまうのだという。


 ああ、やっぱり余計な事を考えるべきじゃなかったわ。


「――それが管理者とかいう存在か?」


 アレが興味深げに覗き込んできて、それからゴルダ先生を見上げる。


「ほう、よくご存知で」


「貴方のレポートには目を通させてもらった。

 実に詳細に、当時の状況が伝えられていて助かったよ」


 わたくしがゴルダ先生を睨んでしまったのは仕方のない事だと思うわ。


 本当に先生は――政治に疎いにもほどがある。


 きっと先生本人としては、ミルドニアの学者達の発展に寄与したかっただけなんでしょうけど。


 だからこそ、余計にタチが悪いわ。


「――さて、管理者よ!」


 アレが黒珠を手で弄びながら、謳うように告げる。


 アレのこういう芝居がかったところも、わたくしが好きになれないところだ。


『――艇長。彼は?』


「……わたくしのです」


 あえてそう告げたのだけれど、アレはその言い回しには気づかないようで。


「そうだ。君が艇長と呼ぶリリーシャの兄だ!

 さあ、管理者よ。

 君達、漆壁系遺物は血によって権限者を決めるのだろう?

 ならば私にもその権限が与えられるはずだ!」


 ――図らずも、わたくしが切り出すより先に、アレがバカを言い出してくれた。


 こんな状況なのに、ほっとしてしまうわたくしは悪くないでしょう?


 どう切り出すか、本当に悩んでいたのだから。


『――遺伝情報をスキャン……一致しません』


「ど、どういう事だ!?」


 アレが管理者の言葉を理解できず、ゴルダ先生を見上げる。


「……血統が一致しないという事でしょうな」


 ゴルダ先生は――政治に疎いからこそなのか――事もなさげに肩を竦めてそう告げる。


「――バ、バカな!?

 私はミルドニア第一皇子だぞ!?

 しかも母は公爵家だ! 一致しないなんて事ないだろう!?

 ――管理者! おまえは壊れている!」


『――いいえ。管理AIの保護はロジカルドライブ以上に優先されております。

 自己診断プログラムの結果も正常値を示しています。

 壊れているのは、貴方では?』


 管理者って皮肉も言えるのね。


 驚きながらも、わたくしはアレを見据える。


「……兄上。いいえ、ラインドルフ。

 なぜ父上が第一皇子であるあなたを――成人を迎えてもなお、立太子させなかったかわかりますか?」


 顔を真っ青にして、ブルブル震えるラインドルフ。


「そもそも不思議に思わなかったのですか?

 わたくしも含め、リーンハルトお兄様も他の弟妹も、少なからずお父様の青い髪色を継いでいるというのに……あなただけは金髪でしょう?」


「……それこそが私が天に選ばれている証だろう!?

 ローデリアでは金髪は優れた者に顕れる証だと……」


「ああ、彼の国でそんな事を吹き込まれたから、弟妹を見下していたのですね?

 ――本当、くだらない!」


「――殿下、遺伝学というものがあってだね……」


 ゴルダ先生が説明しようとするのを、わたくしは手を振って遮る。


 ラインドルフの側近や妾、騎士達は突然突きつけられた事実に戸惑い、ラインドルフ同様に顔を真っ青にしていた。


「どうやらあなた自身、ご存知なかったようですわね。

 ――まあ、正妃様は当時の関係者をすべてお隠しになったようですし」


 そうして。


 わたくしはミルドニア皇室に隠された――わたくし達姉妹以上の――闇を公開する。


「正妃様はね、当時、わたくし達の母を愛していたお父様から寵愛を勝ち取りたくて、お子を欲したの。

 それは正妃様の父である公爵様も同様だったようで。

 ――外戚政治はミルドニアでは珍しくありませんものね」


 そこでわたくしは込み上げる吐き気を堪える為に、言葉を一度切る。


「他の男は後宮には入れない。

 けれど、親なら妃の部屋まで招く事ができます。

 ああ、そう言えば公爵様も金髪でしたわね」


 ここまで言えば、察するでしょう?


 わたくしはできる事なら、そんなおぞましい事を口にしたくはないわ。


「わ、私はそんな獣のような……

 いや、いいや!

 母上もお祖父様もそんな事をする方達ではない!

 ――おまえはウソを言っている!」


「では、管理者が認めないのはどうお考えで?

 ちなみにお父様はとうの昔にご存知でしたわ。

 正妃様がいまの立場にいられるのも、お父様の政治的配慮のお陰ですの。

 ですが、公爵様に外戚政治までさせる気はないようでして。

 ですから、あなたは立太子されないのですよ。ラインドルフ」


 わたくしの嘲笑するような――実際、嘲笑しているのだけれど。これまでの仕打ちを思えば、これくらいは赦されるでしょう?――言葉に、ラインドルフは床に膝をついて呻く。


 これで終わってくれれば良いのだけれど。


「……うそだうそだ……うそだうそだウソだっ!」


 と、ブツブツと呟き崩れ落ちていたラインドルフが、不意に立ち上がって側近から剣を奪い、わたくしの喉元に突きつける。


「まだだ! まだ私には盟主がついている!

 そうだ。ミルドニアがなんだ!?

 私には盟主と、この星船の力さえあれば!」


 ――やはりこうなるのね。


 ラインドルフを追い詰めようと決めた時に、すでに覚悟は決めてある。


 ホルテッサ王都に被害を出さないようにだけ、気をつけないとね。


「リリーシャぁ……星船を動かせ!

 ――ホルテッサを盟主に捧げる!」


「――できると良いですわね。

 わたくし達の漆黒の狼剣士様は……その野望、きっと打ち砕きますわよ」


 わたくしが嘲笑って見せると、視界が右にブレた。


 頬の熱さで殴られたのだと気づく。


 口の中に鉄の味が広がっていく。


「民にへたれなどと嘲笑されているあのぼんくらに、なにができるというのだ!

 ――良いから早く動かせ!」


 あなたにはあのあだ名が、嘲笑されているように見えたのね。


 そんな風だから、あなたの周囲にはロクな人が集まらないのだわ。


 ――良いでしょう。


 あなたの野望――いいえ。願望ね。


 あの方に砕かれて、嘆くがいいわ。


「――管理者。星船を浮上させて」


『了解致しました。艇長』


 淡々とした管理者の声が、ひどく癪に触った。


 殿下……わたくしの狼剣士様。


 申し訳ありませんが……あとはどうかお願い致します。

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