第10話 10

 翌日。


 俺はソフィアの執務室で、ソファに座りながらコーヒーで一息つく。


「――つまりログナーは、ラインドルフ皇子の差し金で動いていたって事でいいのか?」


 情報を整理した書類をめくりながら、ソフィアはうなずく。


「リリーシャ殿下が留学に来た後で、駐ミルドニア大使を通じてログナーに接触を持ったようね。

 ――屋敷から手紙が見つかったわ」


 手紙には、アリーシャが生きているようならば、入れ替わらせてミルドニアに来るようにと記されていたのだという。


「ラインドルフ皇子の名前は記されていなかったけど、それを匂わせる表現はあちこちにあったわ」


「――そういう手紙って、普通処分するもんじゃね?」


「ほら、ログナーだもの。保身を考えたんでしょうね」


「ああ、向こうで切り捨てられないよう、証拠にしようとしたのか」


 それが今、売国の証拠として押さえられてるんだから、皮肉なもんだよな。


「しかし、ラインドルフ殿下はずいぶんと手の込んだマネするんだな」


「ミルドニア皇王はまだ皇太子を決めていないもの。

 現在は立場的には第一皇子のラインドルフ殿下が権力を持っているけれど。

 ――皇太子候補としては、第二皇子のリーンハルト皇子とリリーシャ皇女が並んで最有力なのよ。

 ……焦っているんじゃないかしら?」


「それって駐ミルドニア大使からの情報か?」


「――いいえ。カリスト叔父様達が、ようやくミルドニアに着いたようなの。

 ちょうど昨日連絡をもらって、情報の擦り合せをお願いしたのよ」


 そうしてソフィアはいつものように、どこからともなく手帳を取り出してめくる。


「どうもラインドルフ皇子は周辺国に手広く暗躍して、そこで功績を立てて皇太子になろうとしていたようね。

 ――例えばオースティン」


 カリスト叔父上の妻となったクリスティア嬢の家――ルブラン家の運輸業を取り込もうとしていたバカだ。


「なんであのバカの名前が?」


「ルブラン運輸はクリスティア様の意思が強く反映されて運営されていたのよ。

 だから、ホルテッサの利益が優先されていて、ミルドニアに便宜を図る事をしないの。

 それが疎ましかったんでしょうね。

 そこで目先の欲に駆られるオースティンに接触して、取り込みを計ったのでしょうね」

 ソフィアはフランが淹れたお茶を一口。さらに続ける。


「しかも奴隷にした魔属の内、魔道技術に強い人物を秘密裏にミルドニアに横流ししていたそうよ。

 ――これはホツマの魔道技術を欲したからでしょうね」


 ホツマと距離のあるミルドニアでは、ホツマ製魔道器の価格もそれなりに値が張るのだという。


 同性能の製品を自国生産できたなら、確かにそれは功績となるだろう。


「――それにはガンスも一枚噛んでおってな」


 背後からの幼い声に振り返れば、そこにはサヨ陛下の姿が。


 ソファの背もたれに頬杖突いた彼女は、数日起きに転移してきては、コラーボ婆と一緒に俺の鍛錬を見てくれたり、サラと遊んだりして帰っていく。


 そうしていても国は回るのだから、君主制議会制度はうらやましい限りだ。


 突然現れるのにすっかり慣れてしまった俺とソフィアは、さして驚く事もなく、陛下に続きを促す。


「――あやつはパルドス王妃を皇室に嫁がせて、それを擁立してのクーデターを企てておってな。

 その際に武力蜂起が必要となった場合に備えて、私兵を囲い込んでおったんだが。

 そやつらがミルドニア人だった。

 技術者を奴隷に落とすのと引き換えにしたようだの」


 言いながら、サヨ陛下は背もたれを飛び越えてソファに腰を下ろす。


「陛下、本日はどうなさいましょう?」


 慣れた様子でフランが尋ねると。


「――カフェオレだ! ミルクと半々な! 砂糖も頼む!」


「かしこまりました」


 実はサヨ陛下もコーヒー党になった。


 正確にはカフェオレ党だが。


 俺が飲んでるのを見て、興味をもってくれたんだ。


 甘くして飲むのが、陛下の好みらしい。


 陛下はフランからカップを直接受け取り、息を吹き当ててから一口すすり。


「それでな?

 パルドス王妃から聞き出したんだが……

 そもそもパルドスのキムジュンが先走ったのも、彼の皇子が絡んでおる可能性がある。

 今となっては確たる証拠はないが、ヤツが動き出す前に頻繁にミルドニアの大使と会っておったと聞いている」


 ふむ。


 おかしいと思ったんだよな。


 あいつ、どう見ても直情型のバカだったし。


 俺かソフィアのどちらかに伴侶を輿入れさせる、なんて搦め手を使えるような頭があるようには思えなかったから、本当に不思議だったんだ。


「新経済機構で発展しようとしている、ホルテッサの頭を打っておこうとしたのだろうな」


 中原経済の中心は、今はミルドニアだ。あそこにはデカい金山があるからな。


 金貨も豊富なんだ。


 そこにホルテッサが紙幣制度を導入したもので。


 現在、国の内外を問わず、商人達は持ち運びに便利な紙幣を金貨と交換しようと躍起になっている。


 紙幣刷ってりゃ金貨が集まるんだから、ウチとしては笑いが止まらないってもんだ。


「――その辺りの調整は、連合諸国と行ったのですが……」


 ソフィアがため息をつく。


「だからこそ、ホルテッサを潰せば功績になると考えたのだろう」


 なんかイライラしてきたな。


 もともと合わない人物とは思っていたが、ここ最近の事件の陰に、かなりあいつの姿がチラついているじゃねえか。


「――他にも北のダストア王国でも、なにやら暗躍しようとしてウィンスターの新当主に潰されたようだぞ?

 オルベール――ダストアの公爵家からの確かな情報だ」


 ウィンスター家の名前はホルテッサでも有名だ。


 ホルテッサと国境を接するダストア王国東部騎士団の団長を歴任している家だ。


 その祖は、ダストア国内に魔境が生まれた際に、協力を仰がれたホルテッサが軍事顧問として送り出した騎士で、当時のダストアの姫と恋仲になった為に、現地に家を興した人物だ。


 ホルテッサ人の立身出世譚として、吟遊詩人にも謳われる物語。


「――新当主というと……銀華様だったかしら?」


「いや、その娘で、今はまだつぼみと呼ばれてるらしいぞ」


 よくわからん名前に俺が首を傾げると。


「社交界でそう呼ばれておる娘がおるのよ。

 そやつがラインドルフの小僧の企みを潰してやったという話だ」


 よほど面白い話なのか、サヨ陛下は満面の笑みを浮かべて告げた。


 気になるな。


 あとで教えてもらおう。


 だが、まずはラインドルフの件だ。


「そんな暗躍ばかりしてるヤツが、この国に直接来るっていうのはどういうつもりなんだろうな?」


「それがね――」


 ソフィアはフランに視線を送る。


 フランは頷き、ソファのそばまでやってきた。


「労役中のフォルトに着けた監視役――ヤツの同僚として働いてるんですけど。

 その監視役が聞き出した話なのですが、どうやらヤツは留学中、ラインドルフと同級生だったようで。

 あのクーデター未遂も、完遂できていたなら、ミルドニアの支援を受けられる手はずだったのだと、漏らしていたそうです」


 あいつにも噛んでたのかよ。


 しかし、留学先というと――ローデリア神聖帝国だったか。


「なあ、ソフィア。ひょっとしてラインドルフも――」


 <智慧の蛇>の関係者の可能性があるんじゃないか?


 俺がそう言おうとしたのを読み取ったように。


「オレア殿下よ。覚えておるか?

 ガンスが口にした、クーデターの大義を」


「――確か皇室はもういらない。人は平等……」


「そう。智者の下の平等な統治。

 ……それこそあやつらが掲げる理念だ。

 確証はない。

 だが、ガンスをそそのかしたのがラインドルフであると想定できる以上、ヤツもそうだと考えて動いた方が良い」


「そうですね。そして、それならば今、このタイミングで来訪するのも納得できるようになります」


 ソフィアはなにかに気づいて、サヨ陛下にそう告げた。


 わからないのが顔に出ていたのか、ソフィアは肩を竦める。


「あるでしょう? 我が国には今、<叡智の蛇>が欲しがるシロモノが」


 と、西側の窓の外を見つめる。


 そこから見える、リュクス大河の流れと。


 水面から突き出した黒い構造体。


「――星船か!」


 俺の声に、ソフィアとサヨ陛下がうなずきを返す。


「目的が想定できた以上、付け入る手はあるな」


 散々、引っ掻き回してくれたようだしな。


 痛い目くらい見てもらわなきゃ、俺の気が済まん。


 俺は笑みを浮かべてソフィアを見る。


「ソフィア。用意だ。

 ――ラインドルフの野郎をハメるぞ!」

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