第10話 9

 背後で<狼騎>が人型に変形して、周囲の男達を威嚇するように双剣を引き抜いた。


 いやー、ユリアンが非番なのにソフィアのトコに居てくれて助かった。


 あのあとソフィアのトコに行ったら、ロイドが困り顔で戻ってきてさ。


 ログナーが不在だって言うんだよ。


 嫌な予感がしたんだよな。


 そこで前にアイシャに渡したカフスの事を思い出したんだよ。


 俺の装飾品には、基本的に盗難防止――最悪の場合、俺ごと拉致られる場合を想定して、探知の魔道刻印が施されている。


 何事もなければ御の字と、俺はリステロ魔道士長に頼んで探査してもらったのだが。


「――なあ、ログナー。

 なんでおまえの別邸にふたりがいる?

 どういう関係なのか、説明してくれよ?」


 俺が一歩踏み出すと、ログナーが一歩退く。


「――彼女達……アイシャは――実はミルドニアの皇女殿下なのです!」


 こいつ、俺が知らないと思ってか、ドヤ顔で言った。


「殿下にはわからないかもしれませんが、これは外交なのです!

 アイシャをリリーシャ皇女としてミルドニアに送り込み、私がその伴侶として皇国を陰から操る為の!」


「――嘘よ! 向こうの大臣ポストを用意されてるって言ってたもの!」


 アリーシャが声を張り上げて告げる。


「ああ、アイシャ!

 ――私はこんなにもおまえを愛しているのに! 

 殿下! あなたはふたりの真実の愛を引き裂こうというのか?」


 ああ。またこの手のバカか……


『――殿下。国賓の誘拐と売国で、有罪だよ』


 最近、ソフィアから政治や法律についても学んでいるユリアンが、なにかを察したのか<狼騎>の中から、そう告げる。


「殿下! 誤解です!

 これはホルテッサの為なのです! そして私は誓って彼女を愛しているのです!」


「――あたしはそんな気ないって言ってるでしょう!?」


 アリーシャが首を振って訴える。


「おまえの言い分はともかく、本人はああ言ってる上にだ」


 リリーシャ殿下を見れば。


「ええ、わたくし達は脅されてここへ連れて来られました!」


「――殿下がそう言っている以上、俺はおまえを捕らえなければいけない」


 さらに一歩踏み込み。


「アリーシャ。

 ――そこで見ていろ……」


 俺は静かに告げる。


「あいつの真実の愛とやら……俺がぶっ潰してやる!」


 瞬間、ログナーの動きは早かった。


「――<兵騎>を出せ!」


 自らは屋敷へと逃げながらそう叫び。


 屋敷の横にある小屋から三騎の<兵騎>が飛び出してくる。


『――殿下!』


 ユリアンが叫ぶが。


「おまえはふたりの護衛だ。

 アイツ、俺をナメてるようだからな。

 ――格の違いを見せつけてやる」


 俺は紅剣を右手に下げて、歩を進める。


 叔父上ほどではないけれど。


 <兵騎>が振り下ろした長剣を紅剣で受け流す。


 突風が吹いて髪をなぶられたけれど、この身はまるで傷ついてはいない。


 コラーボ婆の鍛錬のお陰で、俺だって生身でも<兵騎>の相手をできる程度にはなったんだ。


 なんせ魔法で身体強化が使えるしな!


「――オオぉぉぉぉッ!」


 腹の底から声を張り上げ、俺は身体を回して紅剣を振るう。


 横薙ぎの一閃。


 それだけで目の前の<兵騎>が真っ二つに断ち切られる。


 こうなると、生身でどこまでできるか試したくなってくるな。

 

 なんかわくわくしてきた。


 残る二騎を見据えて。


 俺は正眼に紅剣を構える。


「――な、なにをしている! 今なら誰も見ていない!

 そいつを殺してしまえば、私達はミルドニアでの栄華が待っているんだ!」


 ログナーが叫んで、<兵騎>が同時に長剣を振るう。


『――殿下っ!』


 ユリアンの悲鳴じみた声がして、アリーシャ達が息を呑むのさえわかった。


 長剣の動きがひどくゆっくりと感じる。


 これがきっとカリウス叔父上が見ている世界。


 コラーボ婆の鍛錬によって、武の極みの一端に触れた俺は、あの日見た叔父上の動きを思い出しながら、身を回して二本の剣をかわす。


「――ハッ!」


 下から上に。


 交わる<兵騎>の長剣に合わせて紅剣を振るえば、それは細切れの鉄くずとなって、音を立てて地に落ちる。


「――響け! <紅輝宝剣アーク・スカーレット>ッ!」


 紅剣が紅く輝き、凛と澄んだ音を奏でる。


 輪のように広がった輝きは、目の前の二騎を貫いて駆け抜け。


 俺は紅剣を鞘に納める。


 澄んだ音が鳴り響いて。


 瞬間、二騎は胴を寸断されて転がり落ちる。


「――なんだ!? なんだその力は!?

 ぼんくら王子がなぜそこまでの力を持っている!?」


 ログナーがなおもナメた口を叩く。


「――おまえ、春待ちの夜会に参加してなかったのか?」


 あれに参加していたなら、俺をナメたりしないだろうに。


 ああ、そうか。


 ログナーもまた、サリウス伯爵同様、外務省の閑職に居たのだったか。


 あの晩に参加していた貴族は各省庁の要職やその縁戚が主だ。


 ……参加してなかったんだろうなぁ。


「――まだだ! まだ私には切り札がある!」


 俺が冷めた目でログナーを見据えると、ヤツは胸の前で拳を握る。


 ――<爵騎>を呼ぼうというのだろう。


 だが、残念だったな。


「――来たれ、<侯騎>!」


 ログナーの背後に魔芒陣が開き――しかしそれはすぐに青から赤に染まって霧散する。


「……残念だが、おまえの屋敷は近衛によって差し押さえ済みだ。

 当然、<爵騎>倉庫もな」


 俺は笑みを浮かべて肩を竦めた。


 転送陣を押さえてあるから、ヤツは<爵騎>を喚べやしないのだ。


「さあ、まだ足掻くか?

 俺はそれでも構わんぞ?」


 まだまだ実戦で試したい<スキル>がたくさんあるんだ。


 だが、ログナーは。


「……申し訳ありませんでしたぁ」


 などと謝罪を口にして、その場に泣き崩れ落ちた。


 ――なんだよ。根性ねえな。


 俺はうずくまるログナーの頭を蹴りつけて、意識を飛ばして。


 イヤーカフに触れて近衛に連絡を取って。


「――ああ。こっちに居たぞ。捕縛に来てくれ。数が多くてユリアンだけじゃ手が足らん」


 そう指示を出すと、アリーシャ達を振り返った。


「――殿下っ!」


 そんなに怖い目に遭わされたのか、途端にふたりは駆け寄ってきて、抱きついてくる。


「……あー、とりあえず、詳しい話を聞かせてくれるか?」


 ログナーの野郎、いきなり真実の愛とか抜かすし、俺をナメてたからぶっ飛ばしたけどさ。


 いまいち状況を掴めてないんだよな。俺。


 ――結局、ログナーはなにをしたかったんだ?


 泣きついてきたふたりにどうして良いのかわからず、俺は助けを求めるように<狼騎>を――ユリアンを見たが。


『……ボク、こうなっちゃいそうな気はしてたんだよねぇ』


 ユリアンはそんな事を呟きながら、ログナーの手下達を拘束して回っていた。

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