王太子、皇女を見つける
第10話 1
星船墜落事件から一ヶ月が経った。
あの事件によって壊されたホルテッサ王都の東西の城壁は、<兵騎>によって一度更地にされて、新造の為の足場が組まれだしたところだ。
リュクス大河に落ちた星船は、いまや王都の観光名所となってしまって、見物客目当ての屋台まで出ている始末。
内部に立ち入りできないよう、衛士を星船と河岸に立たせなければいけないほどだ。
学生時代に散々フォルトにイビられた俺は、ヤツの労役の持ち場をあえて西側城壁にしてやって。
「――いやぁ、フォルト先生のお陰で、王都に新たな観光名所が生まれましたよ。
今、どんな気持ちです? ねえ、どんな気持ち?」
って、見物客の人だかりを見せながらやってやったもんね。
いやあ、あれは実に気分がよかった。
学園でいつも人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべてたアイツが、悔しさに顔を歪ませてたもんね。
というか、王都の民も大概逞しいもんだよな。
あんなでかいのが降ってきたってのに、パニックも起こさず翌日からは普通に生活してたって言うんだから。
フランを通じて暗部に民の声を拾わせたところ。
『また殿下がやらかしたんだろ』
――とか。
『殿下のやる事は俺らにはよくわからないけど、だいたい良い方向になるから』
……などと。
なぜか俺が犯人にされてて、それでいながら好意的に受け止められているという、わけのわからない世論が形成されていた。
確かにイチ学者によるクーデター未遂なんて、世間には報せられないから、報道規制をかけたんだけどさ。
「まったく、なんで俺がやらかした事になってるんだ?」
ソファに腰掛けた俺が、机で書類整理しているロイドに尋ねると。
「これまでも散々やらかしてきたからでしょう?」
苦笑混じりでそう答えられた。
「――庶民の間では、よくわからない事が起きた場合、『殿下の深いお考えによるものに違いない』って思うようになってるそうですよ」
と、コーヒーのお代わりを注ぎながら、フランまでもが、ニヤニヤした笑みを浮かべてそんな事を言う。
……クソぅ。
二人揃ってバカにしやがって。さっさと結婚してしまえ。
「それにしても、観光地化しちまうとはなぁ……」
俺としては、あんなものはさっさと無くしてしまいたいんだ。
実際に稼働させたゴルダ殿を含めて王都の学者達に調べさせたところ、少なくとも大河から露出している部分には、内部に侵入できるような入り口はないそうなんだけど。
魔法を使って川底まで調べたところ、内部に侵入できるハッチが発見された。
流れが速く、水深もあるリュクス大河の川底だから、宮廷魔道士レベルの力が必要になるというのが救いだが、逆に言えばそのレベルの能力があれば、内部に入れてしまうかもしれないという事だ。
星船は機能を停止しているから、ハッチがあってもこじ開けなければ侵入できないというのも救いといえば救いか。
今は魔道士名簿を管理している宮廷魔道士達に命じて、国内の在野魔道士でそれができる者をリストアップさせているところだ。
そして、なによりの問題と言えるのが。
俺はテーブルの上に置いた黒珠を見据える。
リリーシャ皇女が、星船の管理者という存在から託されたのだというシロモノだ。
彼女から聞き取ったところによると。
「――権限者用の星船遠隔管理端末にして、小型動力炉……ねぇ」
コラーボ婆とユメに見せたら、ローカルスフィアとか、また不思議用語でコレを呼んでいた。
なんでも、俺が星船内部で壊した動力源の小型版なのだそうで。
これだけであの遺物すべてを動かす事はできないそうだが、これがある限り、星船は再生を続けて、いつか動力源も復活するのだという。
危険だから、俺としては壊してしまいたいのだが、ゴルダ殿を始めとした学者達が待ったをかけた。
今後、似たような事態が発生した場合に備えて、対処法を確立する為にも研究させて欲しいというのだ。
そして、黒珠を託された当の本人であるリリーシャ殿下も、壊すのは構わないが、その前に目的を果たすのに、これを使いたいのだという。
それが、あの日明かされたミルドニア皇室の秘密のひとつ。
リリーシャ皇女は双子で生まれ、その姉は忌み子として秘密裏に処分されたのだという。
王族が双子を
後々、継承権で揉めるからだ。
生まれた時点で明確に順位付けしていたとしても、ほぼ同時に生まれる以上、本人達が納得できなくなるのだろう。
結果、兄弟間で血で血を洗う政争に発展する。
ホルテッサではそれらを避ける為に、王に対して王妃はひとりだし、双子が生まれた場合は成長後、試練を課してより優れていた方が王位を継ぐよう、初代が取り決めている。
一方、ミルドニア皇国は後宮を擁していて、代々、皇族兄弟間の争いが絶えないと聞いている。
そんな中で双子だけが忌み嫌われる理由が、俺にはよくわからないのだが、過去に双子のそれぞれが貴族に擁立されて国を割ったのが元で、そういうしきたりになったのだとか。
なら後宮自体やめろよ、とも思うのだが、そこはやはり他国の事で。
俺には理解できない、文化や慣習があるのかもしれない。
――それはさておき、リリーシャ皇女の姉君だ。
リリーシャ殿下が言うには、本来は生まれてすぐに処分されるはずだった姉君は、彼女達の母によって乳母に託され、ミルドニアを脱出したのだという。
その母が病の床に伏せるようになって、罪悪感からかリリーシャ殿下に姉君を探して欲しいと懇願するようになり。
聡明なリリーシャ殿下はミルドニア国内で集められるだけ情報を集め、乳母がホルテッサ王国の生まれである事を知って、留学できるよう立ち回ったのだという。
その上で、彼女が欲したのが、古代遺物――特にミルドニア皇室の血に反応するものだった。
それを使って、彼女と同じ十五歳の女子から探し出そうと考えていたのだという。
『ホルテッサは戸籍管理がしっかりしていると伺っていたので、可能であると判断しました』
――というのが、リリーシャ皇女の言だ。
可能か不可能かで言ったなら、まあ、時間さえかければ可能なのだろう。
年齢を偽って戸籍登録されてなければ、だが。
彼女は姉君の特徴について、母国で調べられるだけ調べ上げていた。
彼女と同じ紫晶のような髪色――ただし、青に近い彼女と異なり、姉君は赤寄りの紫なのだという。
また、処分の際に違わないよう、背中に魔道刻印がなされていたという事も、リリーシャ殿下は調べ上げていた。
その刻印の文様も含めて、姉君に関する情報はすでに暗部に回してある。
仮に刻印が消えていたとしても、黒珠で判別が可能だ。
そんなわけで、俺はこの物騒極まりない黒珠を預かる事になってしまったわけだ。
――リリーシャ殿下では、万が一の時に守りきれないからという理由で。
俺はコーヒーをすすり、ため息をつく。
あー、早く見つかってくれないもんかな。
俺だって、こんなの持ってるのはおっかねえんだ。
そんな事を考えながら、そろそろ仕事に戻ろうかと机を見たところで。
ドアがノックされて、メイドがリリーシャ殿下とミルドニア大使を連れてやってきた。
挨拶を交わして、ふたりにソファを勧める。
「――オレア殿下。取り急ぎ、これを御覧ください」
と、差し出されたのは一枚の便箋で。
それに目を通した俺は、目を見開いた。
「――ラインドルフ殿下――第一皇子だよな?
彼が来訪される、と?
外務省からはなにも聞いていないぞ」
「わたくしも大使も、この手紙で初めて知ったのです。
あくまでお兄様個人の外遊という名目なのですわ。
恐らくは到着してから、王城へ連絡を入れるつもりなのかと。
……こう申してはなんですが、あの方はルキウス帝国から派生した東部諸国を見下している節がありまして」
西側の古い国々によく見られる価値観だ。
ミルドニア皇王陛下は決してそんな事のない、尊敬すべき人物なだけに、以前、連合諸国合同会議で彼に会った時は衝撃を受けたものだ。
「……あの方なら、それもありえるか」
リリーシャ殿下の聡明さや、時折見え隠れする気の強さは父親の影響だと思う。
一方、ラインドルフ殿のあの性格は母親に似たのだろうか。
決して無能や愚鈍というわけではなく、むしろ有能で賢い部類にはいるだろう。
だが、それを鼻にかけて他者を見下す様に、俺は『合わない』と感じたものだ。
「来訪目的が書かれていないが……」
「わたくしの動向を探るのが目的なのか、別の目的があるのか……現状では判断できませんわね……」
妹の動向を探る事が推測に挙がるくらい、あの国の兄弟仲は悪いのかよ。
なにはともあれ手紙によれば、彼はすでにこちらに向かっているというのだから、すぐに対処しないといけない。
「リリーシャ殿下。知らせてくれて感謝する。
――例の件も進めているから、安心してくれ」
俺はそう告げて、メイドに会議の為にソフィアや大臣達を集めるように命じた。
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