第9話 11

 結局、俺が目覚めたのは翌日の朝で。


 目覚めたのは王城の私室だった。


 窓から差し込む朝日がいつもより眩しい気がして、筋肉痛に悲鳴をあげる身体を押して、何気なくバルコニーに出た俺は、思わず目を疑った。


「……なんで城壁が崩れてるんだよ」


 王都の東の城壁が抉り取られたように崩れ落ちていて。


 理由を尋ねようと部屋に戻ろうとして、西の城壁も同じように崩れているのに気づいて唖然とする。


 そこから臨むリュクス大河の流れの中に、沈んでいてもなおその一角をそびえさせる黒い遺物を見つけて、俺は状況を把握した。


「――アレ、ここまで飛んできたのかよ……」


 身支度を整えて、ソフィアの執務室に向かうと、すでに彼女は出仕していて、書類の山に埋もれていた。


「――あら、目覚めたのね」


 書類から顔を上げようともせず、ソフィアはそう告げる。


「ああ。身体中痛えけどな。

 ――それ、城壁の被害報告か?」


「ええ。それと付近の家屋のもね」


 俺はソファに腰掛け、大きく伸びをする。


 ソフィアが動いているなら、まあ任せてしまって平気だろう。


 少しすると一段落ついたのか、ソフィアもソファへとやってくる。


「そういえばフランは?」


 いつもならこういう時、黙っていてもお茶の用意を始めるあいつがいない。


「リリーシャ皇女を迎えに行かせてるわ。

 いろいろ聞かなきゃいけないでしょう?

 昨晩はお疲れのご様子だったから、部屋を用意して休んでもらったのよ」


「そりゃそうか。

 フォルトはどうした?」


「牢に入れてる。

 でも、彼の扱いは厄介なのよねぇ」


 ソフィアが言うには、確かにヤツの目的は国家転覆だったそうだ。


 <叡智の蛇>の盟主とかいうヤツに国を献上したかったのだとか。


「けど、実際のところ、やれたのは遺物を目覚めさせただけ。

 国家転覆させる為の行動はなにひとつできてないのよねぇ……」


「国賓誘拐で裁けるだろ?」


「前例がなくて、量刑をどうすべきかで、法務省が昨晩からてんてこ舞いよ」


 ソフィアは頬に手を当ててため息をつく。


 ホルテッサは刑務裁判が庶民と貴族で方式が別れている。


 庶民の場合はまず領主が裁き、被告が不服を訴えた場合、王都の高等裁判所で判決がなされる二審制だ。


 貴族の場合は、法務省内にある貴族裁判所が審議を行い、そこで結審しなかった場合、王――現状では俺が代理として裁く事になっている。


 ん? 今まで裁判なしで裁いてた?


 ソフィアが高等、貴族、両方の裁判所の判事資格持ってんだよ。


 こいつが有罪って言うなら、だいたいはその通りだ。


「下手に連座が適用されるような量刑にすると、フォルト子爵まで適用されちゃうでしょう?」


 頑固だが仕事に誠実な宮廷魔道士である彼を失うのは、確かに痛手だ。


「なんともマヌケな話だよなぁ」


「どちらかと言うと、今回の場合、被害よりメリットが大きいだけに特にね……」


「どういう事だ?」


「オルター辺境伯から、昨晩連絡があったのだけど。

 <深階>の入り口が縦穴になったお陰で、魔物が外に出られなくなったようなの。

 これからは内部で増えすぎないよう、間引くだけでよくなったみたいで、領都の防衛予算を削減できると喜んでたわ」


 オルター領は頻繁に侵災に悩まされてたもんな。


 そりゃ喜ぶだろう。


「あと城壁も。

 元々、大戦期のものだったから、建て直しの計画が挙がってたでしょう?」


 そういえばそういう話もあったな。


「――財務省が予算を出し渋ってたんだっけか」


 朝議のたびに建設大臣が老朽化による危険を訴えて、財務大臣とやりあってたな。


「今回の件のお陰で、財務省も渋々予算を出さざるを得なくなったの。

 差し当たって東西の城壁を新設する方向で動いているわ」


「てことは、雇用が捗るな!」


 ハコモノ、バンザイだ。


 好景気にある今、公共事業はバンバンやるべきだと考えていたから、朝議では俺、建設大臣を擁護してたんだよ。


 財務大臣のいつパルドス戦役のような、突発事象が起こるかわからないから、蓄えは作っておくべきという意見も、間違ってはいなかったから、ゴリ押しはしなかったけどな。


「なんだ、フォルトのやった事って、マジでヤツの無駄骨じゃねえか」


 筋肉痛で身体が痛いんだから、あまり笑わせないでほしい。


 そんな俺を、ソフィアは目を細めてため息を吐く。


「だからこそ、扱いに困ってるのよ」


「フォルト子爵はなんて?」


「廃嫡して放逐するから、好きにしてほしいそうよ。

 なんなら、自分も爵位を返上するとまで言ってるわ……」


 なんとも他人に厳しく、自分にも厳しい子爵らしい言葉だ。


 ほんと、なんであんな人から、ヘリオルツみたいな息子が出来上がったんだろうな?


「……もう封喚器着けて、城壁再建の労役させたらどうだ?」


 それは建設大臣と城壁再建の計画を練っていた時にも考えていた事だ。


 軽犯罪者を労役に当てて、なんとか予算を減らして財務大臣に予算を組ませようとしてたんだよな。


「あいつの場合、おツムと魔法、血筋は自慢できても、運動はからきしだろ?

 肉体労働に従事させれば、多少は思想も変わるんじゃねえか?」


 今回の件はそもそもの話、『賢い者が世の中を支配すべきである』という<叡智の蛇>の思想がきっかけなんだろう?


 だが、その思想には世の中を現実に回している人々の存在が含まれていない。


 ――いや、見えてないんだろうな。


 インテリぶってるヤツほど、肉体労働者の苦労なんて知らないもんだろうしな。


「それでダメなら、釈放前に思想教育だな。

 とりあえず学園教師は解雇だ。

 アイツに関わった、教師、生徒も一度、思想チェックする必要がありそうだな」


 知恵者が政に携わろうとするのは良い。


 むしろ大歓迎だ。


 だが、現状のシステム内でだ。


 官僚としての試験を受けろって話だ。


 民や臣による王家転覆――いわゆる共和革命が一度でも行われてしまったら、それは周辺国を巻き込んで中原中に血の雨が降る。


 地球の歴史で、俺はそれを良く知っている。


 共和制にするのならば、平和裏に行われなければならないんだ。


「――他に案もないし、とりあえずはそれで行ってみましょうか」


 ソフィアがうなずいたところで、ドアがノックされて、フランがリリーシャ皇女を連れてやってきた。


 フランがお茶の用意を始め、リリーシャ皇女は――





「――オレア殿下、本当に申し訳ありませんでした!」


 オレア殿下とソフィア様の座るソファの横に立ち、わたくしは深々と頭を下げる。


 昨日は思わずとはいえ、殿下に手を上げてしまうなんて、淑女としてあまりにはしたない――いえ、人としてどうかと自分でも思うわ。


 でも――言い訳になってしまうし、人には言えない事なのだけれど……あの時は本当にカッとなってしまったのよ。


 突然の落下の恐怖と、そこでオレア殿下に優しく手を差し出されて安堵してしまったから……その、安堵で下着を少し汚してしまったのだもの。


 恥ずかしさと怒りでワケがわからなくなってしまったのよ。


 母国で色々な目にあって、たいがいの出来事には対応できるようになっていたつもりだったけれど、あんな風に我を忘れる事なんて、初めての事よ。


 わたくしの謝罪に、オレア殿下はわたくしに叩かれた事なんて忘れていたようで。


「ああ、昨日の気絶直前の事か。

 女の細腕で叩かれたところでなんという事はない。

 ――鍛えてるからな」


 と、上段めかして胸を張ってみせた。


 本当にひどい人。


 わたくしは思わず、頬を膨らませてしまいそうになる。


「――殿下、ご存知かしら?

 漆黒の狼剣士に助けられた姫は、その方の為に一生を捧げたのですよ?」


 ソフィア様の片眉がピクリと動いたのがわかった。


「ああ、ミルドニア始祖の伝説なんだってな。

 昨日、教えられたばかりだ。

 あの物語、俺、大好きなんだよなぁ」


 本当にひどいお方。


 二度もわたくしを窮地から救い出しておいて、まるでわたくしに興味がないようで。


 わたくしのこの国で成すべき目的が、ひとつ増えてしまったようだわ。


 その為にも、もうひとつの目的を早く果たさなければならない。


「――殿下。

 実はご協力頂きたい事がございます」


 昨日、星船から脱出する前に管理者がくれた、黒い珠をポーチから取り出して、わたくしは殿下に告げる。


 これを入手できた事で、準備は整った。


 ここからはホルテッサという国の力を借りなければならない。


「――わたくしの姉を探して頂きたいのです」





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