第9話 6

 青い閃光が晴れると、わたくしの周囲は一変していた。


 すぐ隣にゴルダ先生が居て、目の前にはフォルト先生。


 けれど、オレア殿下や護衛の騎士達の姿が何処にも見当たらない。


 ざっと見渡すと、ソファのような見た目の椅子がいくつも置かれた部屋だった。


「――本当に……本当に転移できた!」


 フォルト先生は歓喜の声を上げて、部屋の中央にある椅子に腰掛ける。


 まるで気でも触れたかのように、椅子で身を捩って高笑いする彼に、わたくしは怖気を感じた。


「――フォルト、先生?」


 名前を呼ぶわたくしの声も届かないようで。


 わたくしは隣のゴルダ先生を見ると、彼もまた興味深げに周囲を見回して。


「……これは漆壁系技術なのか? 鬼道ではないな……ああ、サティリア教の経典も持ってくるべきだった……」


 ブツブツ呟いている。


「――先生!」


 わたくしはゴルダ先生の腕を強く引いて、こちらを振り向かせた。


「ここはどこなのです? なぜ突然、ここに?」


「ふむ、太古の遺物の効果だと思うのだがね。転移してきたようだ」


 そうして彼は、その大きな手を打ち鳴らす。


 フォルト先生――フォルトが弾かれたようにわたくし達を見た。


「――フォルト殿。そろそろ説明してくれるかね?

 ここはどこで、君はなにをしようというのかね?」


 問われて、彼は得意げに椅子の上で胸を反らす。


「ここは初代ホルテッサ王が見つけたという、星船の中だ。

 私の先祖は頭の弱かった彼の王と違って、この場からこの首飾りを持ち出していた。

 船の制御を担う、この首飾りをな!」


 フォルトは首飾りを掲げて告げる。


「そして盟主のお言葉通り、喚起詞に従って、私はこの場に来れた。

 あとは星船を動かすだけだ!」


 わたくし達に語っているはずなのに、彼はわたくし達を見ていないように感じられた。


 まるで自分の世界の中だけで生きているような――舞台役者を見ているような感覚にさせられる。


「……ふむ。彼は智上主義者――おそらくは『叡智の蛇』の関係者だね」


 ゴルダ先生の呟きがわたくしの耳朶を打つ。


 ――叡智の蛇。


 それは国を跨いで暗躍する秘密結社の名前だ。


 古代の遺物を占有し、組織やそこに所属する者達の知的好奇心を満たすためならば、時として平気で法を犯す彼らは、ミルドニアでも悩みの種となっていた。


「おや、ゴルダ殿。私は貴方も同志だと思っていたのだが……ちがうのかい?」


「智とは探求と探索、そして思索によって求めるものであって、群れて他者を見下すものではないからね。

 ――私は彼らとは距離を置いているんだ」


 その言葉を蔑みととったのか、フォルトは顔を赤くして激昂した。


「盟主の教えがわからないとは! 高名なゴルダ師も所詮はその程度の器か!」


「……そんなことより、我らをここまで連れてきた理由を聞きたいのだがね」

 するとフォルトは絡みつくような目線でわたくしを見つめた。


「――それはリリーシャ君がよく知ってるんじゃないか?」


 言われて、わたくしは息を呑む。


「君もあわよくば遺物を入手し、その血によって稼働させようと考えていただろう?

 ――そのルキウス帝国より古き、ミルドニア皇室の血によってさあ!」


「――わたくしはここまで大規模なものは望んでは居ませんでしたわ」


 そう。


 わたくしはある目的の為、ミルドニアの古き血に反応する古代遺物を求めていた。


 けれど、わたくしはフォルトが求めているような――星船なんて大それたものは望んでいなかった。


 血の証明ができるような……そんなささやかなモノを求めていただけなのに……


「……それで? 君はこの星船を使って、なにをしようというのかね?」


「興国さ! 結社もかなり大所帯になったからな! 盟主は国をお望みだ!

 以前、勇者を使って国盗りを試してみたが、やはりバカはダメだな! 失敗に終わった!

 だが、この星船の性能ならば、不可能ではない!」


 学園の生徒の一部に、やけにホルテッサ王家を軽んじている者がいるとは思っていたのだけれど……彼の扇動によるものだったらしい。


「ゴルダ師、貴方にはこの船を稼働させてもらう。

 断ろうとは思うなよ?」


 と、彼が首飾りを掲げると、天井から光線が走ってわたくしの足元を焦がした。


「ふむ。動かすのはやぶさかでもないのだがね。

 君は本当に国盗りが可能だと思っているのかね?」


「ホルテッサ王家など、所詮は成り上がりだ! ルキウス帝国時代においては、我がフォルテ家の方が家格は上だった!

 ホルテッサを滅ぼせば、みな私に従うだろう!

 そして私は盟主の寵愛を賜るのだ!

 ――これこそ、真実の愛!」


 ……わたくしも目的の為なら手段は問わない方だとは思っていたけれど。


 彼ほどに狂ってはいないと思う。


 武力で民を従えられる時代は、帝国時代にすでに終わっているというのに。


 わたくしがゴルダ先生を見上げると、彼はアゴをさすって三つの目を細めた。


「まあ、いいだろう。私もこの遺跡の原理には興味がある。

 稼働後にどうなるかは君次第だ」


「――先生!?」


 わたくしが驚愕の声をあげると、彼は左目をつむってウィンクして見せた。


「私もね、学者としての興味があるのだよ。

 漆壁系の遺物と鬼道系の遺物、どちらがより強いのかをね。

 殿下にも後ほど協力してもらうよ」


 学者というものは、なぜこうなのだろう。


 知的欲求を満たすためならば、周囲の迷惑を考慮しない。


 わたくしはこれから起こる事態を想像して、背筋が冷たくなるのを感じた。


 ――オレア殿下。申し訳ありません。


 ただただ、彼に心の中で謝罪するしかできない。


 無力な自分を恨めしく思う。

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