第9話 5
オルター辺境伯夫妻と挨拶を交わし、歓迎の宴が催された翌日。
俺はリリーシャ殿下とゴルダ殿をともなって、<地獄の番犬>隊の連中と一緒に、<深階>の入り口に立っていた。
「いいか、おまえら。リリーシャ殿下はお姫様だ。
いつもみたいなシモネタは控えろよ?」
TPOくらいわきまえてると信じたいが、なにせこいつらは頭のおかしい<地獄の番犬>隊だ。
念には念を入れて、俺は連中に言い聞かせる。
「わかってますよ。殿下」
微笑を浮かべて頭を刈り上げにしたヤツが言う。
「――フリ、ですよね?」
親指立ててウィンクしやがる刈り上げ。
「フリじゃねえよ! 全力で本気だよ!」
やっぱりわかってねえじゃねえか!
「いいか? ヘタにヒくような事聞かせたら、国際問題なんだ。
マジで頼むぞ?」
「殿下ぁ、シモネタの基準がわかりません!」
「クソはセーフですか?」
「
「
こいつら本当に頭おかしい!
なんでそんな言葉がスラスラ出てくるんだよ。
呑んでんのか? いっそ酔ってるって言ってくれ。
「――おまえら、殿下で遊ぶのもそれくらいにして、仕事の準備にかかれ~」
リリーシャ殿下達に道行きの行程を説明していたニルス隊長が戻ってきてそう告げると、彼らは敬礼して荷物を用意する為にテントへと散っていく。
クソっ。
あいつら、最近、俺に対する敬意ってもんがなくなってきてやがる。
それでも実力は確かだから扱いに困る。
頭上を見上げると、<深階>がそびえて影を落としている。
地上に露出している部分は、辺境伯軍や冒険者に探索されつくしていて、今回、リリーシャ殿下が希望したのは、地下に埋没している部分だった。
俺が生まれてからは大規模な侵災は起きていない為、ここに来るのは学園時代の戦闘訓練課程以来だ。
領都が近く、適度に魔物が湧き出すこの魔境は、学生や新人冒険者の格好の訓練地となっている。
俺もソフィアやクラスメイトと共に潜って、下層まで進んで教師に怒られたものだ。
いや、同じ班のバカ達がバカ揃いで、どんどん先に行けてしまったのが悪いと、今でも思っている。
反省なんてしてないし、同じメンツなら深層まででも行けたと信じてる。
そういえば連中、どうしてるのかなぁ。
みんな実家継ぐ為に領に帰ってるはずだが。
今度、手紙でも送ってみるか。
そんな事を考えている間にも、<地獄の番犬>隊の準備は終わったようで。
「それでは参りましょうか」
ニルス隊長に促されて、俺達はいよいよ<深階>に踏み込む。
俺とリリーシャ殿下、ゴルダ殿とフォルト先生の学者二人を、<地獄の番犬>隊が囲むようにして進む。
<深階>内部は遺跡と言うには、不思議な質感の素材でできている。
学園当時は気づかなかったが、前世の記憶が戻った今なら、どこかSF的なデザインのようにも思えた。
「――初代ホルテッサ王は、この底で太古の遺物を見つけたそうですね」
リリーシャ殿下の問いかけに、俺は苦笑する。
「初代の冒険譚か。アレは色々と脚色されてるからなぁ」
――主に現実的な方向に。
だからこそ、逆に真偽の判別が難しくなっているともいえる。
「――真実だよ。我が家の祖先もその冒険には同行したと伝えられている」
と、フォルト先生が胸を反らしながらそう答え。
「この首飾りはその時に、先祖が持ち帰ったものだと伝えられている」
そうして彼は首元から鎖をたぐって、首飾りを取り出す。
宝石のように透き通った、青くて丸い石のついた首飾りだ。
リリーシャ殿下とゴルダ殿が顔を寄せてそれを見つめる。
その時、俺はフォルト先生の顔が笑みに歪むのを見た。
「――目覚めてもたらせ。テレポーター」
古代遺物の喚起詞がフォルト先生によって紡がれる。
瞬間、首飾りが青い閃光を放って、辺りを眩しく照らし出した。
「――ッ!?」
驚きでみんなの動きが止まり、閃光が消え去る。
そこに居たはずのフォルト先生とリリーシャ殿下、ゴルダ殿の姿がかき消えていた。
「クソ! やられた! 転移だ!」
俺は毒づいて、ニルス隊長に視線を向ける。
「隊長、殿下には遭難時用に伝信器を着けさせていたな?」
「はい。音声伝信と位置特定用のものを」
ニルス隊長は背嚢から手の平サイズの板――探査器を取り出して答える。
「これは……」
探査器は地図などが表示されるものではないが、自身を中心として登録対象の距離を知る事ができる。
俺もそれを覗き込んで、思わず呻いた。
「……
それは初代がコラーボ婆の助けを借りて辿り着いたという、この魔境の最深部。
そして中原大戦終結後になって大侵災を発生させた、最新の大侵源がある領域。
フォルトの野郎、なにを考えてやがる。
ヤツの目的がわからない。
なんにせよ、他国の皇族の拉致現行犯だ。
なんとかしないと、マジで国際問題になる。
「ニルス隊長、オルター辺境伯に連絡。
辺境軍を出してもらえ。
いま来ている第三も総動員だ。
<地獄の番犬>隊は総員、魔道士達に重濃度瘴気処理を<騎兵騎>に施してもらって着用だ」
リリーシャ殿下には、せいぜい深部見学で満足してもらうつもりでいたんだが。
こうなったらやるしかない。
「……おまえら、覚悟を決めろ。
準備が整い次第、やるぞ。魔境攻略!」
いつもは軽口で返すはずの<地獄の番犬>隊の面々が、息を呑んで押し黙る。
それでも無理と言わないのはさすがだ。
「できるよな?」
俺の言葉に、隊員達は。
「――わかりました! やってみせまさあ!」
自らを鼓舞するように声を張り上げる。
「なら、準備だ。かかれ!」
俺達は来た道を駆けて戻り始めた。
本当に無理を言ってすまない。
事が終わったら、またみんなで呑み会しようぜ。
俺がおごるからさ。
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