第9話 7
オルター辺境伯軍が集まるまでの間、俺は領都郊外に停泊させた<風切>の中枢で、王都のソフィア達に連絡をとっていた。
「――というわけで、フォルトのヤツの目的がわからん。
そっちで調べてみてくれないか?」
俺の言葉に、遠視盤に映し出されたソフィアは不快そうな表情を浮かべる。
『やっと尻尾を出したのね……』
「――どういう事だ?」
ソフィアには、奴の目的が目星がついているのだろうか。
『勇者やグラートの件で、学園の様子を探らせていたでしょう?
王家軽視扇動は教頭が行っていたのだけれど、彼がそういう思想を抱いたきっかけがフォルトだったのよ。
巧妙に隠れていたから、疑わしく思っていても手出しできずにいたのだけれどね』
画面の中のソフィアは首を振って告げた。
「それで、あいつの目的は?」
『――王家軽視、古代遺物の確保ときたら、想像がつかない?』
……やっぱり、そうなるのか。
学者の好奇心というだけで終わって欲しい気持ちもあったのだが、それなら王家軽視扇動なんて工作をする必要はない。
『それに彼は<叡智の蛇>の会員よ』
「――賢さ至上主義のテロ集団だったか?」
『……厳密には違うけど、今はそういう認識でいいわ。
そういう周辺情報から推測する限り、彼が遺物を使ってテロ行為を行う可能性は高いと思う』
大侵源調伏に加えて、狂信者が扱う古代遺物の相手をしなければいけないという現実に、俺は頭痛がする思いだ。
――どっちか片方だけになってくれねえもんか。
そんな横着を考えたのが、良かったのか良くなかったのか。
中枢室のドアがノックもなしに開け放たれ、ニルス隊長が飛び込んでくる。
「――殿下! リリーシャ殿下の反応が上昇してきています!」
その言葉と共に差し出された探査板を見ると、赤い光点で示されていたリリーシャ殿下の深度が、伝信可能な緑になっていて。
「――マジで古代遺物を動かしてるのか!?
やべえな。
隊長、総員に退避命令! オルター領都まで後退だ!」
どうやって地表に出てくるつもりかはわからないが、初代の記録によれば、それはかなり巨大なものだと記されていた。
また、大侵源がどう反応するかが想像できない。
一旦、距離を置いて様子を見なければ。
最悪、大侵源ごと地上に出てくる事もありえる。
俺の指示に従ってニルス隊長が飛び出して行く。
「ソフィア。コラーボ婆とユメを呼んでおいてくれ」
この手のトンデモ系は、あの二人の知識が頼りになる。
ソフィアは頷いて遠視盤の前から駆け出していく。
俺は伝信の為にイヤーカフを耳に着ける。
彼女がどういう状況にいるかはわからないが、受け答えくらいはできるはず。
「――リリーシャ殿下。聞こえるか?」
呼びかけながら、俺は中枢室を出て<風切>の甲板へと向かう。
『――オレア殿下ですか!? 申し訳ありません。こんな事になってしまって……』
フォルトに気づかれないようにするためか、彼女の声は抑えられた囁きに近いものだった。
「それはいい。状況を教えてくれ」
『フォルトが星船という古代遺物を稼働させました。
――詳しくはわからないのですが、わたくしの血統に反応して遺物は稼働したようです。
フォルトはどうやら、あの首飾りで制御しているようですわ
目的はホルテッサの乗っ取り……』
ソフィアと検討していた通りの状況という事か。
「そこから逃げられそうか?」
『――監視されていて無理そうですわ』
ならば内部突入が必要になるという事か。
甲板に出ると、<深階>入り口の周囲から騎士達が撤退してくるのが見えた。
よく見ると、<深階>の入り口である紡錘形の遺物が細かく震動しているのがわかった。
騎士達がクレーターの縁まで辿り着き始めた頃、<深階>から大量の魔物が這い出してくる。
それに気づいた騎士達が迎撃態勢を取った。
『――待って! なにをしようというの!? バカなマネはおやめなさい!』
耳に響くリリーシャ殿下の声。
それは俺に向けられた言葉ではなく、恐らくはその場にいるフォルトに向けられたもので。
――瞬間。
クレーターの中心が強く光ったのを感じて、その眩しさに俺は腕で目を覆う。
次の瞬間、激しい衝撃と熱風が駆け抜けて、身体を持っていかれそうになった。
必死に手すりを掴んでそれに耐えて顔をあげると、クレーターの中心に<深階>の入り口は無くなっていて、代わりに巨大な穴が空いていた。
クレーターに這い出してきていた魔物達も、今の衝撃で瘴気ごと消し飛んでいる。
底の見えないその穴からゆっくりと、穴とほぼ同じくらいの巨大な構造体が上昇してくる。
素材不明な漆黒をしたそれは、ブリリアントカットされたダイヤのような見た目をしていた。
「……あれが星船……」
俺は思わず呻く。
初代の伝記の中で、コラーボ婆が語っていた。
アレは『星を穿つ力を持つ船』なのだという。
その力の一端が、今の爆発なのだろう。
「ちくしょう! あんなトンデモ、どうしろっていうんだ!?」
俺は髪を掻きむしって吐き捨てた。
どうするもなにも……どうにかするしかねえんだよな。
「――リリーシャ殿下。
なんとか時間を稼いでくれ。
こっちも必ずなんとかしてみせるから」
『……わかりました。やってみます。ご武運を』
短い返事に応えて。
俺は甲板にいた騎士に、星船の次の攻撃に備えて領都に結界を張るよう指示。
それから中枢室に向かう。
コラーボ婆がなにか対策を知っていれば良いんだが……
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