第8話 6

 一時間ほどあって、準備を終えたオレア殿と護衛だという赤毛の近衛騎士を連れて、我はホツマの都へと転移した。


 長距離転移の経験がなかったのか、近衛騎士がよろめいて、オレア殿が慌てて支えるのが微笑ましい。


「ホツマへようこそ。オレア殿」


 我が両手を広げてそう告げると、オレア殿は目を見開いた。


「は? 出かけるって、ホツマへだったのですか?」


「さぷらいずというヤツだな。うまく行ったようだ」


 我は笑みを浮かべて二人を見る。


「そ、それでここはホツマの何処なのですか?」


 もう転移酔いから立ち直ったのか、近衛騎士が周囲を警戒しながら尋ねる。


 ふむ。こやつ、護衛としては中々悪くないようだ。


 あとで名を聞いて覚えておこう。


「ここはホツマの議事堂控室だ」


 我の言葉に、周囲を見回していたオレア殿が弾かれたように我を見る。


「――ホツマはすでに議会制政治を実現しているのですか!?」


「ほう。そう訊くという事は、オレア殿もそこに行き着いたという事か。

 そうだ。まだまだ中途というところではあるが、ある程度は実現できておる」


 大戦後、我が真っ先に行ったのが、この議会制政治の導入だ。


 先皇の頃は、魔王が国の指針となり、自身の考えを中心に政を行っていた為に、大戦が起きてしまったと考えたのだ。


 一定以上の税を修めた者が被選挙人となり、やはり一定以上の税を修めた国民が選挙で選ぶのが民院議員。


 各貴族家から選出された者がなる貴族院議員。


 これら二種の院での議決をもって、民の総意として、我がまつりごとを執るというのがホツマの政治形態だ。


「はじめの二十年は試行錯誤の連続で、今の二院の形に落ち着いたのが三十年ほど前か。

 最終的には国民すべてに選挙権を与え、貴族院の罷免投票も行えるようにしたいのだが」


「……教育の普及、ですね」


 本当にオレア殿は面白い。


 そこまで考え至っておったとは。


 そう。現状のホツマの民には、そこまでを考えられる知識がない。


 だからこそ、一定以上の納税者にのみ、選挙権を与えているのだ。


 そこにすぐに気づくオレア殿は、議会制についてずいぶんと見識があるようだ。


 どこでその見識を得たのかはともかく、いずれホルテッサにも導入したいと考えているのは、よく伝わってきた。


 いや――


「だからこそホルテッサは、まず教育に重点を置いた政策を執っておるのか」


 我が問うと、オレア殿は苦笑を浮かべてうなずいた。


「俺の代で地盤を固めて、遅くとも孫の代には議会を導入できれば良いのですが」


 ずいぶんと先まで見据えて考えておるようだのう。


 まあ、人属は魔属と違って、魔道に長けた者に従うという性質が薄くなっておるからの。


 帝国初期の頃は強い者に従うという性質も残っていたそうだが、増えて群れるようになって、その性質は薄れていったようだ。


「――それでサヨ陛下。教えたい事とは?」


「おお、そうだった」


 我は手を二度打ち合わせて、忍を呼ぶ。


 天井から振ってきた人影に、赤毛の近衛騎士が腰の剣に手をかけた。


「――心配するな。こやつはそなたらのトコの暗部のようなものだ」


 我が忍に手を差し出すと、忍は書類束を差し出してくる。


 それに目を通すと、事前調査の情報が証拠固めされて記されておる。


「ふむ。一通り揃っておるな。

 これなら一掃できるだろう。ご苦労だった」


 我が労いの言葉をかけると、忍はうなずきで応えて再び天井裏へ。


 いつも思うのだが、あいつら転移も使えるのだから、それで移動すれば良いのに、なぜあんなに天井裏にこだわるのかの。


「さて、オレア殿。これから我が『腐敗の潰し方』を見せてやろう」


 もちろんそれが完全無欠の正解ではないし、ホルテッサでそのまま流用できるかといえば、難しいに違いない。


 けれど、オレア殿とそれを支える者達ならば、これから行われる事を足がかりにして、自分達なりの正解を見つけられるはずだ。


 我はオレア殿と近衛騎士を引き連れ、本会議場へと向かう。


 大扉を開ければ、両院の議員達の目が一斉に向けられる。


 ざわめく議員達を尻目に、我はオレア殿達を促して、議長席の上段にある玉座に座り、控えていた係の者にオレア殿達の椅子を用意するように告げた。


 それから我らに注目して議論を止めた議員達を見やって。


「――構わぬ。続けよ」


 不在のはずの我に驚く者。


 期待の眼差しを向けてくる者。


 議員達の反応はおよそ半々といったところか。わかりやすいの。


 我の言葉に、議長がうなずいて議論を再開させる。


 内容は前宰相の汚職を質疑する内容のもの。


 現宰相の派閥が、新聞に書かれているだのなんだのと、証拠も提示せずにわめいておる。


 ここ十年で見慣れた光景だ。


「……あの、サヨ陛下」


 顔をしかめたオレア殿が声をかけてくる。


「これ、国政に関係ある事なんですか? 前宰相がパーティーを開いて、国費を使ったかどうかって……宰相なら、そういう事もあるでしょう?」


「そうだな。そして現宰相も似たような事をやっていながら、それを責めておるのよ。

 むしろ、自分らが言われたくない事を言っているといっても良い」


「この議論を続けさせる意味があるのですか?」


「そなたに今の議会の腐りっぷりを見せようと思ったのだが、もう良いのか?」


 オレア殿はうなずき。


「およそどうなっているのかは想像がつきます。

 そもそもなぜあのような者が宰相に?」


「それがな……」


 宰相は議員の投票によって選出される。


 貴族院の派閥はおよそ変化が少ないのだが、民院議員は民によって選出される為、近年では貴族がパトロンとなって、民院議員を後押しするようになっている。


 結果、民院にも貴族院に準じた派閥ができあがってしまったというわけだ。


「そんな中で、現宰相は民に耳障りの良い言葉ばかりを囁いての。

 やれ、パルドスは隣国なのだから仲良くするべき。

 やれ、街道整備や辺境開拓に税金を使うより、民に金や食料を配るべき。

 今一番お熱なのは、パルドスの難民を受け入れるように、だったかの」


 我の言葉を聞いて、オレア殿は頭に手を当てて首を振った。


「――頭おかしいのですか? それに騙される民も民だ」


「騙す気も、騙された気もないのよ。

 ――それが正しいと思い込んどるだけ。

 それによってなにが起こるかまでは想定できていないのだな」


 我は嘆息して首を振った。


「良いか、オレア殿。

 正義とは麻薬よ。他者に対して一番手軽に優越感を持つことができるからの。

 まして感謝などされようものなら、さらにそれを行使したくてやめられなくなる。

 ――だからな、オレア殿……」


 我は玉座から立ち上がって、オレア殿を見る。


「だから、我はいまだに魔王を名乗る事をやめんのよ」


 笑みを浮かべてみせれば、彼はわからないと言うように首を捻った。


「――そこで見ておるがいい。

 あやつらの欺瞞に満ちた正義。

 我がこれからぶっ壊して見せよう!」


 そうして我は手始めに。


「へ、陛下!? なにを――ぶゃっ!」


 下段に座る議長の頭を蹴り飛ばした。


 血しぶきが議場に噴き上がる。

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