第8話 7
サヨ陛下が蹴り飛ばした議長の頭が弧を描いて議場を飛び、中央に設けられた議論席に落ちる。
議員達から悲鳴があがり、誰もがサヨ陛下に釘付けになった。
そんな中でサヨ陛下は高笑いする。
議員――いまは文官とはいえ、ここに居るのは強力な魔道を扱える魔属だ。
「――殿下。私の後ろに」
ロイドが俺に立つよう促し、そう告げる。
「――ロイド。俺が良いと言うまでは抜くなよ」
そう制すると、ロイドは冷や汗を垂らしながらうなずいた。
「――陛下! いったいなんのおつもりですか!?」
突然の悲鳴に、議場の入り口が開いて警備士が飛び込んでくる中、宰相が顔を真っ青にしてサヨ陛下に尋ねる。
「わからんのか? 粛清だ!
偏った進行しかできん、愚かな議長など居る価値などない!
警備士! 誰一人、議場から出すな!」
まるで舞台役者の振り付けのように、両手を広げてサヨ陛下は答えた。
「……三度だ。ガンス宰相」
そうして指を三本立てて見せたサヨ陛下は。
「我は三度、そなたを見逃してきた。
――わかるか?」
ガンスと呼ばれた現宰相は答えない。
ただ青い顔で拳を握りしめて、サヨ陛下を見つめている。
「ひとつ目は黒森での侵災に際して、そなたは近隣住民への避難勧告を怠り、加えて連合軍への連絡すら怠った。
結果として黒森は溢れ、あの土地の民は他所に移り住まざるを得なくなった。
ホルテッサが侵源を潰してくれなかったなら、さらに被害は広がっていただろう」
ホルテッサとホツマは黒森を国境として接している。
あの時の侵災がホツマにも被害を出していたとは、俺は思ってもいなかったのだが、どうやらサヨ陛下は恩義に感じてくれていたようだ。
「ふたつ目だ。
貴様、前宰相が連合軍諸国と行っていた自衛軍設立の交渉を白紙にしたクセに、自領にはずいぶん私兵を囲い込んでるな?
いったい、どこを攻めるつもりだったのやら」
「――あれは警備の為と申し上げたはずです! 決して二心など……」
「だから見逃したと言ったであろう?」
サヨ陛下は口の端を上げて、ガンス宰相を段上から見下ろし、三本目の指を折る。
「みっつ目。
貴様、黒森周辺から流れ出た民をヒナマセ領に誘導し、そこで旧マタカサ領への貨物運搬を職として与えたな?」
俺はまさかと息を呑む。
旧マタカサ領とは、パルドス王国が実質支配していた、あの地域の事だ。
人狩りの噂はホツマでも流れていただろうに、なぜ奴隷になる者が出ていたのが不思議だったのだが……
「それでも難民に職を与えるという方策は間違っていないと見逃してきた。
幸いな事に、人狩りの大元をカリスト殿が潰してくれたしの。
――だが、貴様はついに一線を越えた」
サヨ陛下は、ゆっくりと靴を鳴らして段上から降りていく。
「……パルドス王妃。知らんとは言わせんぞ?」
サヨ陛下が歩を進めるほどに、ガンス宰相は怯えたようにジリジリと下がる。
「貴様の母がパルドス王妃と縁戚にあったな?
その縁から匿おうという気持ちが出るのはわからんでもない。
――だがな、ガンスよ」
サヨ陛下は宰相を睨む。
「――外戚政治でも望んだか?
我が不在の間に、皇室に彼の王妃を嫁がせようというのは、越権を越えて不敬だとは思わなかったか?」
むしろそれを炙り出す為に、サヨ陛下はホルテッサに滞在していたのだろう。
ずいぶんとのんびりしていると思っていたけれど、そんな思惑があったとは。
サヨ陛下の問いに、ブルブルと震えていたガンス宰相だったが、彼は不意に顔を上げてサヨ陛下を睨んだ。
「も、もう皇室など必要ないのだ! 我らは皇がおらずとも
我らは――人は平等なはずだ!」
叫んで、ガンス宰相は周囲を見回す。
「護衛もなしに、おひとりで来たのが運の尽きとお思いください。
今日、ここからホツマは生まれ変わる!
――皆の者、やるぞ!」
おいおい、悪事がバレてクーデターかよ!?
ガンス宰相の声に応じて、同じ派閥なのだろう者達が魔法を使い始める。
炎や氷、雷などが虚空から生み出された。
「――陛下! ロイド、加勢するぞ!」
俺が駆け出そうとすると。
「……オレア殿。そこで見ておれと言ったぞ」
手を上げて制止するサヨ陛下の顔には、深い笑みが浮かべられている。
議場を駆け抜けた魔法がサヨ陛下に殺到し、爆炎が天井を焦がした。
だが。
「――ヌルいものだの」
そんな呟きを漏らしながら、爆煙の中からサヨ陛下が無傷で進み出る。
「この十年でホツマの魔道も落ちたものだ。これならホルテッサの学生の方がまだ上手く操るだろうよ」
手を振って煙を払い、彼女はガンス宰相達に笑みを向ける。
「我ら魔属の魔道とはこうだろう?」
パチン、と。
サヨ陛下が指を鳴らした瞬間、ガンス宰相を除いた、彼の派閥の者達の頭が吹き飛んだ。
鮮血が噴水のように噴き上がり、議場を紅に染めていく。
なんだアレ!?
あんな魔法があるのか!?
元々、魔法が使えなくて学んでこなかった俺でも、ホルテッサにあんな魔法を使える者が居ないのはわかる。
なにをどうしたのか、まるでわからない。
そして、顔色ひとつ変えずに――笑みさえ浮かべて数十名もの議員の命を絶ったサヨ陛下に、俺は畏怖を覚えた。
ホルテッサではひどく気さくで、優しい――まるで母や祖母のようだった彼女を知っているからこそ、余計にそう感じてしまう。
「さあ、ガンス。次はどうする?
貴様の私邸すべてに、我の手の者を向かわせておる。
パルドス王妃も拘束の後、パルドスに送り返す予定だ。
貴様に後があると思うなよ?」
まるで歌うように告げるサヨ陛下。
「――ならば、ならばあっ!
来たれ、傀儡らよ!」
ガンス宰相の背後に無数の魔芒陣が浮かび、そこから甲冑を身につけた傀儡が出現する。
大戦期、連合軍を悩ませた、命なき魔道兵だ。
床に降り立った傀儡は、構えた槍の穂先をサヨ陛下に向けて、議場を駆ける。
その間に、ガンスはサヨ陛下から距離をとって、さらに叫ぶ。
「――来たれ、<魔道騎>いぃぃっ!!」
それはホツマ型の<爵騎>の名。
前世の和甲冑にも似た印象の黒色をしたそれは、ガンス宰相を呑み込んで面に
傀儡の攻撃を避け、いなし、指を鳴らして潰していたサヨ陛下は、ガンスが<魔道騎>を喚んだのを見て、笑みをさらに深くする。
「ジン家の<魔道騎>! それを出すのを待っていた!
――これで貴様の私邸を抑える近衛は、心置きなく任務達成できるであろうよ!」
サヨ陛下がガンス宰相を煽っていたのは、現地で近衛が<魔道騎>に襲われないようにする為だったということか。
「あ――」
という声をサヨ陛下が発すると、殺到していた傀儡が一斉に吹き飛んだ。
それから彼女は胸の前で拳を握り、静かに告げる。
「――目覚めてもたらせ、<
瞬間、サヨ陛下の背後に魔芒陣が浮かんだ。
現れるのは、漆黒をした和甲冑。
金の角飾りに白のたてがみをなびかせ、サヨ陛下を呑み込むと、真紅の面に濃紫の
『――さあ、ガンス。
この魔王を愉しませられるだけの力が、貴様にあるのか見せてみろ』
ガンスの魔法の炎が<魔道騎>に増幅されて、渦を巻いて放たれる。
だが、<魔王騎>は抜き放った漆黒の刃を持つ曲刀で、炎の渦を難なく切り払った。
あれって日本刀じゃねえの?
刃の反りとか波紋とか柄とか、それっぽいんだよな、とか。
……剣で魔法って斬れるんだな、とか。
目の前で起きた異常な出来事に、俺の頭がパンクして余計な事を考える。
「――ロイド、おまえアレできる?」
俺が尋ねると、ロイドはプルプルと首を振る。
「確か祖父が昔、今代の魔王陛下は魔道だけでなく、剣の達人でもあられたと言っていました」
そんなロイドの言葉を聞きながら、議席を薙ぎ払って魔法を連発する<魔道騎>に対して、<魔王騎>はそのすべてを斬り捨て、あるいは切り払っていく。
ゆっくりと歩を進める<魔王騎>。
『――ならば、これで!』
<魔道騎>が両手をかかげ、そこに巨大な炎球を生み出す。
熱に炙られて議場の壁紙やカーテンが燃え上がり、生き残っている議員達が悲鳴をあげた。
『そんなものが貴様の切り札か。笑わせてくれる』
と、<魔王騎>が不意に刀を鞘に戻した。
その身を半身に引いて、腰を落とす。
『――ハッ‼』
刹那、気合の声と共に刃は放たれ、凛とした澄んだ音が議場に響き渡る。
パチン、と。
次の瞬間にはすでに刀は鞘に戻されていて、一拍置いて、<魔道騎>の四肢が音を立てて床に落ち、胴もまた重力に従って仰向けに落ちた。
頭上に生み出された火球が不意に霧散し、サヨ陛下は静かに告げる。
『――これだけ国を乱し、我に歯向かったのだ。
……たやすく楽になれると思うなよ?』
地の底から響くような声音に、俺は背筋を震わせる。
こえー。
サヨ陛下、こええ……
あの幼い見た目とは裏腹に、彼女は確かに魔王なのだと、俺は実感したのだった。
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