第8話 5

 結局、俺は一週間近く寝込んでしまった。


 リステロ魔道士長やサヨ陛下が言うには、それだけ魔道の経路が細くなっていたのだろうとのこと。


 これからは実際に魔法を使って、徐々に身体になじませていかなければならないらしい。


 いいね。


 肉体の鍛錬に加えて、魔道の鍛錬もできるようになるのは、素直に嬉しい。


 現在、宮廷魔道士から指南役が選ばれているところで、それが決まるまでは、昔、カリスト叔父上に教わった幼児向け魔法でリハビリに専念だ。


 魔法でペンを動かしつつ、執務をこなしていく。


 こんな簡単な魔法でも、俺は嬉しさが込み上げてくるのを抑えられなかった。


 傍らに置いた紅剣を見下ろし、思わずニヤニヤしてしまう。


 と、ドアがノックされて応じると、メイドに案内されてサヨ陛下がやってきた。


 俺は彼女にソファを勧め、俺自身もそちらへと移動する。


 メイドが俺にコーヒーを、サヨ陛下にお茶を用意する。


「本日はどうされました?」


 テーブルにカップが並べられ、俺はサヨ陛下に訪問の理由を尋ねた。


「ああ。シンシアとエリスの二人のホツマ留学を認めて欲しくてな」


 突然の申し出に、俺は首を傾げる。


「本人達や彼女達の家族が了承するなら、こちらとしては願ってもないことですが……」


 ホツマの魔道技術を含む学識は、なかなか外に出てこない。


 学ぶには直接ホツマを訪れるしかないのだが、貴族の留学は家や国のしがらみが多く、ホツマ側がなかなか受け入れてくれないのが現状だ。


「二人はすでに乗り気だ。知ってるか? あの二人、ユメから古式魔法を習い始めておる」


「古式……というと、あの唄や舞いで行われるという?」


 ソフィアですら詳しく知らないと言っていたはずだ。


 ユメがそれを教えられるというのも驚きだが、あの謎の天然少女なら使えたとしても不思議ではないのかもしれない。


「ユメの教え方は、自分の感覚に頼りすぎておってな。

 我の見たところ、あやつに人に教える才能は皆無だ。二人も難儀しておったよ」


 サヨ陛下は喉を鳴らして笑い、擬音とジェスチャー多めで説明するユメの様子を再現してくれた。


 確かにこれではシンシアとエリスも困ってしまうだろう。


「ホツマなら古式の使い手で、人に伝授した経験のある者もおる。

 期間は二人次第にもなるが、およそ半年から一年といったところか。

 まあ、都合さえ合えば二人が休みの日には、我か転移を使える者が、ホルテッサまで送り迎えしても良いと考えている」


 破格とも言える条件だ。


「二人が望むなら、ぜひお願いします」


 向上心を持つ二人を、俺が留める事はできない。


「ならば決まりだな。

 代わりと言ってはなんだが、ウチの学生も何人かホルテッサの学院で受け入れてはくれまいか。

 そなたの考えた、新たな経済制度や福祉制度は興味深い。

 ぜひホツマにも取り入れたいと考えている」


 経済制度はホルテッサ一国だけでは、いずれ頭打ちになるのが目に見えていて、いずれは周辺国を巻き込みたいと考えていたので、この申し出も願ってもないものだ。


 経済に強いミルドニアに続き、ホツマまでもが興味を持ってくれたならば、今後は他国も遅れを取るまいと学生を送ってくるだろう。


 俺とサヨ陛下は、この交換留学の細かな取り決めを詰めていく。


 おおよその意見が出尽くしたところで、あとでソフィアも交えて本決定しようという事になり、二人でカップを傾ける。


「――さて。残るは……」


 サヨ陛下は目線でメイドを下がらせるように示し、俺はそれに応じた。


 内密な話ということか。


 メイドがドアを閉めて下がると、サヨ陛下はカップを傾けて一息。


 懐から一枚の用紙を取り出して、俺に手渡す。


「――これは?」


 そこには数十名にも及ぶ、法衣貴族の名前と役職、爵位が列記されている。


「この一週間で、我からホツマの利権を引き出そうとした者の名前よ」


「――それは……申し訳ありません」


 書かれている名前は、どれも外務省以外の者達のもので、言ってしまえば越権行為だ。


 商人の交渉とは違うのだ。


 国の名前を出して、他国の王侯貴族と取引する以上、基本的には間に外務省を挟む取り決めになっている。

 

 彼らはそこで発生する中間マージンを嫌ったのだろう。


「連中は個人の取引と言い張っておったがな」


 サヨ陛下は喉を鳴らして笑い、それから短くため息をついて、彼らが要求してきた内容を語ってくれた。


 魔道器の独占販売権や、関税優遇。


 中にはホツマ独自の動植物の輸入に対しての優遇を求める者までいたそうで。


「こんなナリをしておるから、我は安く見られるのよ。

 だからこそ、油断して訊いてもない事までペラペラとよくさえずる」


「……かなり引き締めたつもりでいたんですけどね」


 前世の記憶を取り戻したあの晩から、俺は俺をナメる貴族は容赦せずに処分してきたはずだ。


 それでもこうして不正を働こうという者は後を断たない。


 それを告げると、サヨ陛下は首を振って真剣な目で俺を見る。


「やり方が温い。チマチマ個別にやっとるから連中はこう考えるんだ。

 ――自分はあいつらとは違う、とな」


 彼女はお茶を飲んで、天井を見上げる。


「そろそろホツマを空けて一週間か。

 ……ふむ。頃合いだろうな。

 そなたにやり方を教えてやろう」


 そう言ってニヤリと笑ったサヨ陛下は、俺に出かける準備をするよう告げて、自身もまた準備の為に退室していった。


 残された俺は、メイドを呼んで外出する事を告げ、護衛にロイドを呼ぶように命じた。

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