第8話 2

 翌日、我は応接室に招かれて、サラと引き合わされた。


「――サヨ陛下、お初に、お目に、かかりますっ。サラです」


 きっと一生懸命練習してきたのであろうセリフとカーテシーに、我は笑みが漏れてしまう。


 しかし、この髪色。


 我はサラにカリスト殿との出会いや、ここ最近の生活などを聞きながら、この幼女の魔道をたぐり、自分の予想が正しい事をを確信する。


 カリスト殿の話を聞いた時から、この幼女については予想していた事がある。


 それは彼女が妖属の血が入っているのではないかという事。


「――すまぬ。オレア殿下を呼んでくれぬか?」


 我とサラにお茶と菓子を出してから、部屋の隅に控えていたメイドにそう頼むと、彼女は部屋の外の衛兵に伝言して、また部屋の隅に戻った。


 オレア殿を待つ間、我とサラはお茶を楽しむ。


「――ほう、サラは最近、カレーパンというのがお気に入りか」


「はいっ! ユメお姉ちゃん――あ、お姉様? でも、お姉ちゃんって呼んでっていうから、いいのかなぁ? ――ユメお姉ちゃんが作ってくれるんです!

 辛いんだけど、すごくおいしいんですよ!」


 そんな事を話していると、オレア殿がソフィア殿を連れてやってくる。


「――お呼びと聞きましたが、いかがなさいました?」


 我はオレア殿に目配せし、人払いを頼むと、察した彼はメイドにサラを連れて行くように指示した。


「サヨ陛下、またねっ!」


 子供らしく手を振って去っていくサラに、我は思わず目を細める。


 そして室内に我とオレア殿、ソフィア殿だけが残される。


「忙しいところすまない。

 なるべく早めに伝えた方がよかろうと思ったのだ」


 我が謝罪を告げると、オレア殿は首を振った。


「いえ、ちょうど鍛錬の時間だったので」


 見ると、確かに彼は動きやすい格好をしている。


 王太子の身に甘んじず、日頃から鍛錬しているという点に、我は彼に好感を抱く。


 我も先代が存命中から、日々鍛錬を欠かさずにいたものだ。もちろん今もだぞ。


「さて、お呼びしたのは他でもない。サラの事だ」


 向かいのソファに腰を降ろした二人を交互に見つめて、我は告げる。


「あの子は確かに魔属だが……妖属の血が濃く出ておる」


「……妖属とは?」


 まあ、人属では知らないのは無理もないか。


 我はそこから説明する事にした。


「我ら魔属の祖だな。

 ――ホツマの地の精によって生じた者と云われており、それらと精霊が交わって、我ら魔属が生まれたと伝えられておる」


 それ故、ホツマの民はホツマの地に留まる欲求が強いのだという学者もおる。


「民などは血が薄まっておって、その血が発現する事は稀になっておるのだが、血の濃い古い家――我ら皇室やそれに準じる家などでは、あのように白い髪の者が生まれる事があってな」


「つまり、サラはホツマの高位家の血筋だと?」


 さすが若くして国を回しているだけある。ソフィア殿は理解が早いの。


「赤の線瞳せんどう――おそらくは皇室の血であろうな」


 二人が息を呑むのがわかる。


 やおらオレア殿の目が鋭いものとなり、我を見透かすような目をしてきおった。


「それで……陛下はもしや、サラを返せと仰るおつもりですか?」


 にわかに漂う剣呑な雰囲気。


 いいぞ。我の力は知っているだろうに。


 そういう抗う者の目をする者は嫌いではない。


 だから我は、本来ならば咎められるべき態度のオレア殿に、苦笑して首を振る。


「そうではない。

 妖属の血について知らせておきたかったのだ」


 そう。魔道の力の強い魔属にあって、妖属の血を持つ者はさらに強い魔道の力を持つ。


 だが反面、その血によって暴走し、命の危険に晒される事もあるのだ。


 それらを説明し、我は二人に微笑みかける。


「あの娘が成人する前に、一度だけでも良い。ホツマを訪れさせよ。

 それ以前でも、魔道によって体調を崩した場合は、必ず連絡を頂きたい。

 我らホツマ皇室であれば、妖属の血を抑えられよう」


 我の答えに、二人は安堵したようにうなずき、あの娘のホツマ来訪を約束してくれた。


「――しかし、ホツマ皇室の血とは……陛下はサラの両親について、心当たりがおありで?」


 よほどサラを大切に思ってくれているのだろう。


 嬉しくなってしまうのう。


 オレア殿もソフィア殿も、妖属の血と力より、そちらの事の方が大事なように見える。


 それを嬉しく感じるのだが、我は首を振らざるを得ない。


「残念だが、傍系まで含めると五十家以上――数百名規模の話になってくるのでな。今すぐには答えられん。

 ホツマに帰ったら調べさせることを約束しよう」


 我の言葉に二人は納得したのか、視線をあわせてうなずき合うと、我に礼を言ってきた。


 さて、これでこの国を訪れた目的のひとつは達成できたわけだが……


 我は目の前のオレア殿を見つめる。


 昨晩から感じておったが、こやつは……


「オレア殿。気に触ったらすまないが、そなた、魔法が使えないのではないか?」


 我の言葉に、オレア殿は困ったような、諦めたような複雑な表情を浮かべる。


 魔属ほどではないにせよ、それ以外の種属であっても多少なりの魔法は使える。


 我も人属にそれほど詳しいわけではないが、まったく使えないという者は稀なはずだ。


「……さすがですね。陛下。

 確かに俺――私は魔法が使えません」


 図星を突かれて動揺したのか、オレア殿の言葉遣いがわずかに乱れた。


 若いのう。こういうのを見ると、どうにかしてやりたくなるのが、我の悪いクセだ。


 自覚はあるが、直す気はない。


「いまさら言葉遣いなど気にするな。

 そもそもいきなり他国に転移する我だぞ?

 細かい礼儀など肩が凝るだけだ。お互い楽にしようではないか」


 我がそう言って笑みを浮かべると、オレア殿もまた苦笑を浮かべて頭を掻いた。


「――助かります」


「それで? 魔法はいつから使えなくなった? それとも生まれつきか?」


 我の問いにオレア殿は躊躇うような素振りを見せたが……やがてゆっくりと話し出した。

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