王太子、王器を識る
第8話 1
カリスト叔父上が旅立ってから一ヶ月。
秋も深まってくると、ホルテッサ社交界は本格的な社交シーズンを迎える。
各地の特産品の収穫高が確定する為、具体的な商談がパーティーの中で行われるのだ。
また、令嬢婦人は来年の流行について話し合い、自領のデザイナーの売り込みに余念がない。
前世の俺は、貴族のパーティーというのは、贅沢をする為のものと漠然と考えていたのだが、今世でオレアとして王族の教育を受けた俺は、それが間違った考えなのだと、もう知っている。
貴族は社交を通して、自領の発展に寄与しているのだ。
そして、俺は王族として流通を促進するために、宴を催す義務がある。
また、パーティーは情報交換の場ともなっている。
この世界、新聞は存在するし、ホルテッサ王国は報道の自由も認めているが、新聞社のオーナーは貴族が多く、どうしても彼らに忖度した偏った情報になりがちだ。
貴族達はサロンなどで複数の新聞を読んで情報を精査し、こういったパーティーでその裏取りをする。
すべては自領と国の発展のためだ。
そう。パーティーは遊びではなく、貴族達の仕事であり、戦場なのだ。
こういった事は、俺も転生しなければわからなかった事だろう。
そんな事を考えながら、俺は王族席でワイングラスを傾ける。
料理を提供している一角では、今回もユメがカレーを提供しているのだが――
「……アレ、カツカレーに進化してねえか?」
カレーと聞いて、隣のソフィアがこちらを見る。
こいつもすっかりカレー信者だ。
「なにそれ? 進化って事はおいしいの?」
「豚肉のフライを乗せてるんだよ。豚カツって言って――そういえば豚カツって、この世界になかったな……
ユメの奴、ひとりでどこまで食文化を革命して行く気なんだ……」
俺のぼやきをよそに、ソフィアは給仕に頼んで、カツカレーを持ってきてもらうよう指示していた。
先日もユメは、厨房のコック達と結託して、カレーパンを開発していた。
揚げ物といえば、イモか魚という認識だったコック達には、パンにパン粉をつけて揚げるという発想が目新しく映ったらしく、かなり好評だったという。
サラもおやつに出してもらって、大好物になったくらいだ。
こういった料理や調理法もまた、パーティーで知った貴族達が自領に持ち帰り、国内に知れ渡っていくのだ。
俺は豚カツが食えるようになったなら、ラガー系のビールも欲しいな、などと考える。
これもユメがそうしたように、レプリケーターで作って、エール酒造に持ち込めば再現してくれるだろうか。
と、俺が見るとはなしに見ていた、バルコニーへの大窓がおもむろに開かれた。
そこから現れる、黒のドレスを身にまとった少女。
歳はサラよりやや上程度といったところだろうか。
緩やかに波打つ紫の髪の間から、後ろに向けて伸びる二本の角が生えていて。
「――魔属!?」
俺は思わず席を立つ。
俺の視線を追って、ソフィアも気づいたのだろう。
同じように席を立って、俺の隣に立った。
その間にも、少女はホールを横切って、段上に立つ俺達の元へと歩み寄ると、優雅にカーテシーして見せた。
周囲の貴族達も、突然の来訪者に気づいて視線を集める。
楽団の音楽がホールに響く中、カーテシーで顔を俯かせた少女は。
「――お初にお目にかかる。ホルテッサ王太子オレア殿。
我はホツマ皇のサヨ。
今宵は我が国長年の悲願であった、領の奪還にご尽力頂いた礼の為に参った。
突然の来訪になってしまったこと、赦されよ」
その言葉を聞いた瞬間、隣でソフィアは息を呑んで小さく呟く。
「――今代魔王陛下……」
魔王だと?
また外務省が報告を怠ったのかと思ったが、ソフィアが驚いているところを見ると、本当に突然の来訪らしい。
「――どうやって……」
多くの貴族が集まる今夜は、城の警備も厳重になっている。
招待客以外は入れないはずなのだが。
俺の呟きを聞きつけたのか、サヨ陛下は顔を上げてニヤリと笑う。
「大戦直後に条約締結の為、この城を訪れた事がある。
そなたの祖父が王だった頃だな。
――来たことがあれば、転移は容易い」
今代魔王が大戦で暗殺された先代より、強大な魔法の使い手というのは事実らしい。
長命で、魔法によって見た目をある程度変えられるのが魔属だ。
幼い見た目に反して、彼女は大戦期から生きていて、戦後のホツマ復興に尽力したのは、あまりにも有名な話だ。
「と、とにかく歓迎します。陛下。
――ソフィア、席を用意させてくれ」
俺はソフィアに指示を出し、段を降りてサヨ陛下と握手する。
その間に給仕が陛下の席を俺の隣に用意し、テーブルに料理が並べられた。
「叔父上は――カリスト公は元気でしたか?」
席に着いたサヨ陛下に俺が尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「アレはすごいのお。
生身で<兵騎>をぶっ飛ばせる者など、大戦期でもおらんかったぞ」
……叔父上、ホツマでなにをやったんだろう。
「昨日、返還条約を締結させて、西域に向けて旅立っていった。
ウチの外交団や連合軍の一部も護衛として同行させておるから、旅程は安心だろう。
まあ、アレだけの武を持つ者に、護衛など不要だろうがな」
喉を鳴らして笑うサヨ陛下に、俺は苦笑するしかない。
叔父上がすごいのは俺も認めるところだが、まさか魔王陛下にまで手放しで絶賛されるとは。
「ところでな、オレア殿。カリスト殿の養子は魔属と聞いたのだが、会う事は可能か?」
サラの事情を叔父上から聞いたのかもしれない。
ホツマの皇としては、同じ魔属の身を案じているのだろう。
「ええ。今日はもう遅く、休んでいると思うので、明日にでも」
「そうか。感謝する。
――あともうひとつ。
しばし、この国に我を滞在させてはくれんか?」
「それはまたどうして? 国元はよろしいのですか?」
「
それより我は、ここ最近発展目覚ましいこの国と、そなたに興味があるのよ」
目を細めて、赤い瞳を楽しげに輝かせるサヨ陛下。
一国の皇が共も連れずに他国に滞在など聞いた事がないのだが、彼女ほどの魔法の使い手なら、なんという事でもないのかもしれない。
俺はどうするべきか、チラリとソフィアに視線を向けると、彼女は目を輝かせてうなずきを返してきた。
ホツマと親密になれるチャンスと考えているのだろう。
「――わかりました。歓迎致しますよ。サヨ陛下」
こうして、魔王陛下のホルテッサ滞在が決まったのだった。
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