第8話 3

 俺は暗殺されかけた事があるらしい。


 それは五歳か六歳の頃だと聞いている。


 俺自身は幼い頃過ぎてよく覚えていないのだが。


 だからこれは、俺のおぼろげな記憶と、もっとあとになってから知らされたことと、俺自身の推測から組み立てた話になる。


 襲ってきた暗殺者は、ひとりだったのだが、種属まではわかっていない。


 俺が跡形もなく吹き飛ばしてしまったからな。


 その頃、俺は教育係の目を盗んで、城の探検するのが日課のようになっていた。


 目的とするところはなく、ただ目に映るものが珍しくて、ひたすらに突き進んでいたのを覚えている。


 誰かに見つかったら部屋に連れ戻されるから、隠れて進むのがまた、俺をこの遊びに熱中させた。


 ある日、そんな遊びをしていた俺に声をかけてきた奴がいた。


 執事服を着ていたから、男だとは思う。


 声をかけられて振り返った俺に、名前を確認したそいつは、いきなり黒く刃を塗り潰された短剣で斬りかかってきた。


 避けられたのは多分偶然で、直後に逃げ出せたのは奇跡だと思う。


 半べそかきながら、どことも知れず走り回った俺はやがて、ある建物に辿り着いた。


「――それがここだと?」


 サヨ陛下の問いに、俺はうなずく。


 王城外庭の最奥に設けられた大倉庫。


 入り口には王族の血にのみ反応して開く、魔法がかけられている。


 扉は人用のものと、<兵騎>サイズのふたつあり、俺はうなずいて人用の扉を開くと、ソフィアとサヨ陛下を倉庫内に招く。


 何度もここを訪れているソフィアと違い、サヨ陛下が息を呑むのがわかった。


 倉庫の最奥にあっても、圧倒的な存在感を放つそれは、先のパルドスとの戦で俺も使った紅剣の柄を握って、台座に固定されていた。


「――<紅輝宝剣アーク・スカーレット>と<竜騎>かっ!」


 サヨ陛下が思わずといった風に声を漏らす。


 歴代王の中でも<王騎>に適応できなかった者が使う為の、<王騎>に似せて造られた<爵騎>だ。


「――大戦でそなたらの祖父が駆ったコレとは、何度も刃を交えた事がある」


 懐かしそうに目を細めるサヨ陛下。


「先代王は<王騎>の適性はなかったそうですが、<紅輝宝剣アーク・スカーレット>の適正は高かったそうです」


 俺が生まれた時にはもうご逝去されていたので、伝聞でしか知らないのだが。


 ホルテッサ王家の直系は、<王騎>か<紅輝宝剣>のどちらかの適性を持って生まれて来る。


 父上もまた、祖父と同じく<紅輝宝剣>の使い手だ。


「そうだな。前線を駆け、赤き輝きを振るう竜。

 我らは畏敬を込めて、彼の御仁を紅竜王と呼んでおったよ」


 それから彼女は俺を振り仰ぎ。


「そうか。読めてきたぞ。

 ――そなた、命の危機を感じて、ここで<王騎>に目覚めたのだろう?」


 俺が<王騎>を使えることは、パルドス戦役で各国に知れ渡る事になったから、彼女も知っているのだろう。


 そして大戦で現物を見たことのある彼女は、俺がこの紅剣をも使える事に気づいている。


「……はい。<竜騎>ならば暗殺者も倒せるのではないかと考えた時、召喚詞が浮かびました」


 そこだけは今でもはっきり思い出せる。


 迫る黒塗りの刃。


 恐ろしさに身体が震えて目の前が真っ白になる中、胸の奥から湧き出てひとりでに紡がれた唄。


「暗殺者も<爵騎>――いや、<古代騎>だったのかな?

 その辺りはうろ覚えではっきりとしないのですが、<兵騎>を喚んだのです。

 それに対抗するように<王騎>はひとりでに動いて、<紅輝宝剣>を使っていました」


 気づいた時には暗殺者は、喚んだ<爵騎>ごと跡形もなく吹き飛んでいた。


「つまりそなたは、初代ホルテッサ王以来の二重神器使いという事か」


「そういう事になるのでしょうね。ですが俺は初代と違い、それ以来、魔法が使えなくなってしまいました」


 それまでは叔父上に教わっていた、年相応の小さな魔法なら使えたのだけれど。


 サヨ陛下は首をひねり、小さく呻く。


「後天的に魔法が使えなくなる事例はいくつか知っておるが……

 ふむ。ちょっと視せてもらおうか」


 そう言うと、サヨ陛下は俺にしゃがむように示して、俺の胸に手を当てた。


「……やはり魔道器官の気配は、薄い――いや、遠いのか? 無くなっているわけではないようだが……」


 まるでなにかを辿るように、サヨ陛下の視線が俺からそれていき、<竜騎>の方へと向けられる。


 それからはっと気づいたように、彼女の視線は俺の腰元に向けられて。


「――そなた、<紅輝宝剣アーク・スカーレット>の写し身はどうした?」


「なんですか、それ?」


 ソフィアの方を見るが、彼女も知らないようで首を横に振っている。


 途端、サヨ陛下は顔を歪ませ、声をあげて笑い出した。


「――それだ!

 そうか、あやつめ。急逝したと聞いとったが、よもや大事な神器の使い方を息子に教えておらなんだとは!

 これはいい! そなたへの返礼にちょうど良いぞ!」


「あ、あの、陛下?」


 爆笑するサヨ陛下に、俺は恐る恐る声をかける。


「要するにそなたは、<紅輝宝剣アーク・スカーレット>を完全には使いこなせていなかったという事だ。

 ――行くぞ」


 そう告げると、サヨ陛下は俺を横抱きにして、軽い調子で床を蹴った。


 突然の見た目幼女の陛下によるお姫様抱っこに、俺は顔が真っ赤になるのがわかった。


 だが、陛下はそんな事、気にも留めずに<竜騎>の腕に着地して、俺を降ろす。


「そなたの魔道器官は失われてはいない。

 理屈はわからんが、<紅輝宝剣アーク・スカーレット>内に移っておるだけだ。

 柄頭の辺りに気配を感じるから触れてみい?

 恐らく唄が浮かぶはずだ」


 ……言われてみれば。


 俺は生身でこの紅剣に触れた事がなかった。


 なにせ大きさが大きさだ。


 そして俺の代になって、この倉庫から紅剣が持ち出されたのは、パルドス戦役が始めてなのだ。


 俺はサヨ陛下に言われるがままに、<紅輝宝剣アーク・スカーレット>の赤い石が象嵌された柄頭に触れる。


 途端、詞が胸の奥から湧き出してきて。


「――目覚めてもたらせ、<継承インヘリタンス神器・レガリア>」


 柄頭に触れた手が熱く、なにかが流れ込んでくる感覚。


 いや、俺はこれを知っている。


 かつて魔法が使えてた頃に感じていた、魔道の流れだ。


「……来たれ。<紅輝宝剣アーク・スカーレット>」


 唄に応じるように、柄頭に触れた手の平の中央に、押されるような感覚。


 俺が引き上げるように手を離すと、<紅輝宝剣アーク・スカーレット>をそのまま小さくしたような紅剣が姿を現す。


「――それが写し身よ。

 内にそなたの魔道器官を格納している<紅輝宝剣アーク・スカーレット>。

 その分体であるそれがあれば、そなたも魔法が使えるようになるはずだ。

 ここからは推測になるが――」


 サヨ陛下が言うには、俺は元々、ホルテッサに伝わる二つの神器、どちらにも適性があったのだと予想されるらしい。


 けれど、本来はどちらかを選んだ時点で、選ばれなかった適正は失われていたはずだったのだと。


「だが、命の危険を感じたそなたは、恐らく対抗できる力を求めたのだろう。

 それに呼応して、<王騎>と<紅輝宝剣アーク・スカーレット>両方が反応してしまった。

 そこで恐らく神器はそなたの魔道器官を取り込み、そなたの一部となって世界を誤魔化す事で、その矛盾を解決しようとしたのだろうな」


「……世界を誤魔化す?」


 俺が首を捻ると。


「――いわゆる『ご都合主義』というやつだな。

 魔道や神器が絡むと、時折起こる現象だ」


 サヨ陛下はニヤリと笑って、親指を立てて見せた。


 紅剣の写し身を手に取ると、魔道の流れが身体を巡るのがわかる。


 子供の頃以来のその感覚に、俺は思わず涙が滲んだ。


 ああ。俺、何気に魔法を使えないのがコンプレックスになってたんだな。


 今なら、がむしゃらに身体を鍛えてたのも、身体強化を使える連中に負けたくないという対抗心からだとわかってしまう。


「サヨ陛下。ありがとうございます……本当に」


 跪いて彼女に目線を合わせてそう告げると。


「良い良い。今まで辛かったのぉ」


 そう言って彼女は、俺を抱き締め頭を撫でた。


 ――その優しさに。


 俺は溢れる涙と嗚咽を抑える事ができなかった。

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