第5話 12
<狼騎>がソフィアを抱えて退避するのを見届けて、俺は胸の前で拳を握る。
「目覚めてもたらせ、<
魔芒陣が背後に開いて<王騎>が姿を現す。
胴が開いて俺を呑み込み、四肢が固定されて面が顔に装着された。
<王騎>の装甲が真紅に染まり、無貌の面に銀の文様が走って貌を描き出す。
さあ、まず手始めに、奴らに絶望を与えてやろう。
肩鱗甲を両手に、俺は腹の底から叫んだ。
「――吼えろ! <
打ち合わせた両手の間の空間が揺らいで球を作り、紫電を放つ。
叫びに応じて放たれた漆黒の奔流は、パルドス王都を駆け抜けて、王宮の中央を穿って霧散させた。
悲鳴に包まれていた大広場が、不意に静寂に包まれる。
自重に耐えきれなくなった王宮が、中央に空いた間隙へと崩れ落ちていく。
「――なっ、ななな……」
クズ野郎がなにか鳴いている。
先程以上の悲鳴と狂乱が大広場を包んだ。
「これがホルテッサの怒りだ!
さあ、高貴を謳うパルドスのクソども! 戦だ、戦!
やりたかったんだろう?」
俺は高笑いして、パルドス民に語りかける。
「弱者が強者のフリして、いつまでもいられると思うなよ!」
怒りと共に、舞台に拳を振り下ろして叩き割った。
反動でキムジュンが吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がる。
「さあ来いよ。クソ野郎。まさかやられっぱなしってこたぁねえだろ?
――聞いてるんだぜ。<エロゲーマー>っ!」
叫びながら、俺は移動中の船での、ユメとコラーボ婆との会話を思い出す。
「――外なる者?」
俺の問いに、ユメはうなずく。
「世界の外からやってきて、人に憑いて、理を乱す者。
呼び方はいろいろあるんだけどね。
――コラちゃんなら知ってるでしょ?」
ユメが船の舵を握るコラーボ婆に問うと、彼女は顔をしかめてうなずいた。
「我ら竜も世界を渡る種もおるが……連中はそのさらに外からやって来おる。
わたしが知ってるのは、<アウター>と呼ばれる連中と、<サバイバー>と呼ばれる連中だな」
「あー、<サバイバー>は比較的温厚だけど……<アウター>は面倒だよねぇ」
「連中はなにをしでかすか、直前までわからないからねぇ」
ふたりでなにか通じ合っている。
「要するに転生者ってことなのか?」
俺の問いに、二人は首を振る。
「ある日いきなり憑かれる人も居れば、別の人生を最初から楽しもうとする者も居て、一概には言えないんだよ。
わたし、初めはオレアくんもそうなのかなって思ったもん」
ユメが苦笑しながら答えた。
「共通するのは、彼らにとってここは現実ではなく、遊びの場や試験の場と捉えているって事。だから、人や世の中の理に対して、どこまでも残忍になれるんだよ」
「――それがキムジュン王子だと?」
「そうだね。<旅行者>――ユメがそう判断したなら、そうなんだろうさ」
コラーボ婆がユメに対して、謎の信頼を見せる。
なんなんだ?
あとで教えろよ?
「彼の場合は、きっと生まれる前から調整されて、別の人生を楽しんでるタイプだね」
「殺して終わりってわけにはいかないのか?」
「それじゃ中身が逃げて終わりさ。また別のところで、同じような事をしでかすだろうね。
けど――」
コラーボ婆は目を細めてユメを見る。
「幸いな事に、<旅行者>殿がここにいる。しかも神器使いのスペシャルだ!」
「どういう事だ?」
「わたしが逃げられないようにしてあげるって事!
――いい? オレアくん……」
ユメから告げられた作戦を思い出しながら、俺はキムジュンが立ち上がるのを待つ。
「なんなんだよ! なんなんだよ、おまえ! そんな骨董品使っていい気になって!
――こうなったら、俺だって本気になってやる。
今まで手加減してやってたけど、もう赦さないからな!」
「急にガキっぽくなったな。それがおまえの本性か? 底が知れるぞ、クソ野郎!」
俺は煽って、嘲笑ってやる。
「クソが! 低能のサルが!」
叫びながら地団駄踏む、キムジュンの周囲に黒い煙が湧き出し、その身を包み込んでいく。
空間が歪んで侵源にも似た、赤黒い光を放ち、キムジュンの身体が膨れ上がる。
「課金したての、最新バイオアーマーだ! その骨董品、いますぐボッコボコにしてやるからな!」
そう叫んで黒い煙が晴れると、キムジュンの姿は、魔物に似た黒色の粘液と鈍色の甲殻に覆われた、竜人のような姿になっていた。
逃げ惑う民衆達の狂乱は、いよいよ頂点に達する。
「ドラゴンブレスくらい、俺だって使える!
おまえより上手く使えるぞ!
そうだ。手始めに、あの女を焼き尽くしてやろうか!」
キムジュンは叫び、その竜のような口に紫電をまとった空間の歪みを生み出す。
俺は肩鱗甲を肩へと戻し、上空の船に向けて右手を差し伸べた。
「……投下だ」
船底が開いて、そこから落とされる一振りの剣。
帝国時代にイステーリア三世より下賜された、ホルテッサに伝わる、<王騎>と対となる神器だ。
<王騎>に握られ、柄頭に象嵌された真紅の宝玉が強く輝く。
鞘から抜き放たれた刀身もまた真紅。
「――目覚めてもたらせ、<
澄んだ音が響き渡り、真紅の刀身が輝きを放つ。
「喰らえっ!」
キムジュンが<狼騎>に首を巡らせるその眼前に、俺は<王騎>を割り込ませた。
掲げた紅剣が竜咆を斬り裂く。
左右に割れた竜咆が民衆を巻き込んで爆発を起こす。
「――なんだそれ、なんだそれ!? デュアルチャネルだと?
なんでサルごときがそんなっ! ズルいぞ!」
うわずった声でキムジュンが殴りかかってくる。
「知るかクズ野郎! ご自慢のバイオアーマーとやらで、俺をボコボコにするんじゃなかったのか? やってみせろよ!」
俺は紅剣でその拳を受け流し、その勢いのままに騎体を回して、キムジュンの肩を斬りつける。
巨大な腕が飛んで、キムジュンが悲鳴をあげた。
こいつ、女遊びにうつつを抜かして、ロクに鍛錬してねえな?
落ちた腕に巻き込まれて、民衆が潰され、狂乱に拍車をかける。
「次はどこがいい? おめえ、女をいたぶるのが好きだったよな! 同じようにしてやるよ」
俺はゲラゲラ嘲笑って、肩を抑えるキムジュンを見据えた。
黒い粘液が地を覆っていく。
あれ、瘴気じゃねえのか? 浄化しないと土地が死ぬぞ。
「こ、このっ!」
残った腕で殴りつけてくるから、その腕も落としてやった。
「――わ、わかった。もうやめる! この国も負けで良い!」
ナメた事抜かすから、俺はその腹を蹴りつけた。
「降伏なんて認めねえんだよ。ここまでやらかしたんだ。
おまえらに残された道は、今すぐ滅ぶ道だけだ!」
地に転がった、竜人のようなキムジュンの両足を斬り落とす。
「こ、こうなったら――」
「逃げるのか? だが、そうはさせない」
俺は上空の船を見上げて叫ぶ。
「――ユメ!」
途端、船から青い輝きが放たれ、大広場を覆う結界を包み込むように、輝く膜が張られる。
『あ――――』
単音で紡がれるユメの唄が響き渡り。
「なんでリンク解除できない! クソ! あの青い光だな? なんだあれ!
――ちくしょうっ!」
キムジュンの竜口に、再び竜咆の揺らめきが宿る。
「……させねえよ」
俺は紅剣を上段に構える。
ついでだ。この辺り一帯、更地にしてやる。
「――
叫びと共に、紅剣を振り下ろした。
真紅の輝きが周囲を包み、澄んだ音が広がってあらゆるものを吹き飛ばしていく。
「なんでなんで――」
最後まで喚き散らしたキムジュンが黒い霧となって閃光の向こうに消え去り。
紅の輝きが収まると、広場から王城まで一直線に地面が大きく抉れていた。
「……それがわからねえから、おまえは滅ぼされたんだよ」
紅剣を鞘に戻し、俺は呟いた。
結界の際まで逃げた民衆を見回す。
「――さあ、おまえらはどうする?」
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