第5話 13
ホルテッサの<騎兵騎>に囲まれて、パルドスの住民は広場に座り込む。
着底した船から、第三騎士団が降りてきて、王宮に向かって駆けていく。
略奪禁止は厳命している。
それで褒賞払うんだからな。
俺は紅剣を船の甲板に載せて、<王騎>を解除する。
あー、痛てて。
竜咆に紅剣まで使ったから、筋肉痛がやべえ。
騎士のひとりをつかまえて、椅子を持ってきてくれるように頼んだ。
「――殿下!」
<狼騎>の左手から飛び降りて、ソフィアが駆け寄ってくる。
やっといつもの感じになったな。
おまえはそうじゃねえと。
などと思いながら、出迎えると。
「ぶっ――!?」
視界が揺れて、頬を張られたのがわかった。
「――なんで! なんで来るのよ! わたしなんか……わたしなんか放っておけばよかったじゃない!」
涙で目を真っ赤にして、ソフィアは拳を握りしめてうなずく。
「こんな汚れた女なんて……国を巻き込んでまで助ける価値なんて……」
あー、考えてみれば、こいつも公爵家のお姫様だもんな。
俺は頭を掻いて、ソフィアの肩に手を置く。
「おまえがいねえと、国が回らん。
それにだな――その……キ、キスくらいで汚れたなんて俺は思わん」
ですよね。兄貴。
「お、女は……そのだな、大事なものを守るためなら、身体を穢されても守り通すんだろう? おまえはそれを成す為に身体を差し出したのだろう?
なら、俺はそんなおまえを誇らしいと思うし、汚らわしいなんて思わない」
だよな? アイシャ。
借り物の言葉だらけで情けないけれど。
いつか自分の言葉で、こういう事を言えるようになりたいけれど。
今はソフィアを慰めたいと思った。
「――だから、おまえは俺の隣にいろ」
気恥ずかしさに、俺はソフィアから顔を反らして、そう呟いた。
「――カイ!」
途端、両手で顔を押さえられ、ソフィアの顔が迫ってきて、柔らかい感触が唇に当てられる。
あ?
なんだ?
なにが起きてる!?
まさかこれ――キスされてるのか!?
自覚した途端、顔が熱を持ち始める。
「お、おまっ!? ええ?」
混乱する俺に、唇が離れ、切なそうな表情を浮かべていたソフィアは。
「――キスくらいなんでしょう? 消毒よ。消毒」
不意にいつもの深い笑みを浮かべて、そう告げた。
「ええぇっ?」
「いいから。やってしまったものは仕方ないわね。
それで? 殿下はどう落とし処を考えてるの?」
完全に仕事モードだ。
女は本当にわからん。
俺は頭を掻いて、ソフィアに説明を始める。
「まずな――」
広場に集められたパルドスの民の前に、王宮からパルドス王族が引き立てられてくる。
王は瓦礫に潰されたそうで、今、この国の最高責任者は王太子のキムナムだ。
王妃は状況が理解できていないのか、縄を打たれてただ泣き崩れるばかり。
「さて、キムナム王太子。今回はずいぶんとやってくれたもんだなぁ」
「お、俺は知らん! キムジュンが勝手にやった事で!」
縄を打たれてなお言い訳しようとするキムナムの顔を、俺は容赦なく蹴りつけた。
「国境で軍事演習なんて挑発行為やっといて、国が知らんは通らねえんだよ!」
「そ、それは王が――ぶへっ!」
ムカついたから、もう一回蹴った。
「いいか? 王太子がそんなだから、この国は滅ぶんだよ。なんでもかんでも人の所為!」
俺は震え上がる民を見回した。
「おめえらもそうだ! 自分が苦しいのはホルテッサの所為!
優れたパルドスがなぜ、こんなに苦しまなければならない!
――優れてたら、苦しい生活なんてしてねえだろ! 現実見ろよ!」
結局は、そこがパルドスが発展できない理由だ。
「おめえらが苦しいのは、国を発展させようとしないおまえら自身と、そこにあぐらを掻いてる王族の所為だ」
「――だからと言って、侵略が赦されると思うのか!」
キムナムがなおも言い募る。いいね。好きだぜ。その根性。
腹を蹴ってやった。
「誰が侵略するなんて言った! こんなクソみーてな土地と、クソみてーな民!
頼まれてもいるか!
いいか? 俺はおめーらに奪われた、俺の片腕を取り返す為に来たんだよ。
ついでに兵を動かすことになった賠償も頂く。当然だよな?」
すでに騎士達に命じて、王宮の宝物庫や証券、帳簿は押さえてある。
いやー苦労したんだぜ。
竜咆で潰さないように、暗部に探らせたパルドス王宮の図面覚えるの。マジ大変だった。
「どうせ賠償金を請求したところで、おまえら踏み倒すからな。いまある現物だけで勘弁してやる」
「それが無くなっては、我が国は――」
まだ言いやがるか。
顎を蹴って言葉を遮る。
「――滅べつってんだよ。いい加減、うぜえんだよ、おまえら。
ホルテッサはパルドスに対して、完全断交を申し渡す。
もちろん、民の流入も厳に禁じる。
パルドスの民が国境に近づこうものなら、即座に処分だ!」
パルドスの民が顔を青くして震え上がった。
「サティリア教会を通して、周辺各国もこれに賛同してくれている。
おまえら、横柄が過ぎたな。
どこの国もおまえらの事、厄介だと思ってたようでな。
……ホルテッサと同様の措置を取るそうだ」
目配せすると、ユリアンが進み出て、周辺各国の王の署名入りの証文が広げられた。
「そんな。た、助けてくれ! 心をいれかえる!
そ、そうだ! ぞ、属国にしてくれ!」
「いらねえつってんだろ! いい加減わかれよ。
おまえらとはもう、関わりたくねえんだよ!」
そうして俺は民衆達に振り返る。
「さて、おまえらはどうせ、『こうなったのは誰の所為』とか考えてるんだろうから、良い事を教えてやる。
――国の舵取りを誤ったのは、王族の所為だ……」
途端、彼らの目に憎しみの炎が灯り、キムナムを睨み始める。
バカだなぁ。そんなだからこの状況なのにな。
まあ、あとは知らん。
「……あとは好きにするんだな」
そう告げて、俺は船に向かう。
いい加減、疲れてるんだ。
そろそろ休みたいぞ。
こうして、電撃戦を行ったホルテッサ王国の被害は最小に留められ、パルドス王国は崩壊した。
ホルテッサの騎士団が帰還した後、パルドスでは民衆が決起し、王侯貴族を惨殺して回ったそうだ。
指導者なくして国は立ち行かないだろうに。
これからどうするつもりなのかね。
目先しか見えず、過去の栄光に囚われた国の結果がこれだ。
俺は暴君とはなっても、そうはならないよう心に刻み込んだ。
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