第5話 10

 第二騎士団が国境警備に向けて、慌ただしく王都を出立し、各地に散っていた第三騎士団が、最低限の数を現地に残して、王都に呼び戻される。


 募兵に応じた民の士気は高く、用意された馬車に乗って、意気揚々と国境へと旅立っていった。


 パルドスとの戦を決めてから三日。


 宣戦布告を告げる使者は、何事もなければ、パルドスの王都に着いているはずだ。


 俺は自室でひとり、ため息をつく。


 フラン達暗部が動いているにも関わらず、ソフィアの居場所は判明していない。


 パルドスと戦を開始しても、ソフィア奪還を旗印に掲げている以上、万が一にも人質にでも取られようものなら、民兵の士気は落ちてしまうだろう。


 なんとか開戦までに、居場所だけでも掴んでおきたいのだが……


 積み重なった書類から顔をあげて、目頭を揉む。


 この書類仕事が溜まっているのも、ソフィア不在の影響だ。


 ちくしょう。


 どんだけアイツに頼ってたんだ、俺達。


「――だいぶお困りのようだね?」


 不意に左から声をかけられ、俺は驚いた。


「えへ。なかなか呼んでくれないから、来ちゃった」


 腰をかがめて、笑顔でそう言い放つのは、あの夢で会った少女――


「――ユメ!?」


 いつの間にとか、どうやってとか、いろいろ言いたい事はあるが……


「おまえ、夢じゃなかったのか?」


「オレアくんは、ユメって呼んで良いっていったじゃない?」


 ああ、この噛み合わない感じ。確かにユメだ。


「ソフィアちゃんの居場所がわからなくて、困ってるんでしょ?」


「あ、ああ」


「わたし、話くらいなら聞くから、困ったら呼べって言ったよね?

 それなのに呼んでくれないんだもん!」


 腕を組んで頬を膨らませるユメ。


「……酔って見た幻だと思ってたんだよ」


 あの夜のユメとの出会いは、そう思えるほどに幻想的だったから。


 恥ずかしくて、口には出せないけどな。


 ユメは俺の言い訳に納得したのか、腕組みを解いた。


「なら仕方ないね。許してあげる。

 ――で、ソフィアちゃんの居場所だけどね」


「――わかるのかっ!?」


 事も無げに告げるユメに、俺は思わず立ち上がった。


「これから調べてあげるよ」


 そう言うと、彼女は俺の手を握り。


「お、おい?」


「オレアくんはソフィアちゃんの事を想って。

 わたしが繋げてあげるから」


 戸惑う俺に、ユメは笑顔で告げる。


 ソフィアを想う、ねえ。


 ……どこに居るんだよ。ソフィア。


 ユメが左手を胸の高さに掲げる。


「――唄って響け、わたしの魔法……」


 囁くような、小さな呟き。


 ユメの左手の甲にひし形の青い結晶が現れ、それが柔らかな、けれど強い輝きを放つ。


 凛と、鈴の転がるような音が響いて。


「……見つけた」


 そう呟くと、ユメは左手を横に振った。


 途端、半透明でほのかに光る板のようなものが宙に浮きあがる。


 前世のSFで言う、3Dスクリーンのような感じだ。


 そこに映し出されているのは、全裸で首輪を嵌められて横たわるソフィアの姿で。


「――ぐっ……」


 怒りで目の前が真っ赤に染まった。


 映像の中でソフィアが意識を取り戻し、キムジュンの野郎が映像の中にやってくる。


 ソフィアとキムジュンのやり取りに、吐き気が込み上げてくる。


 パルドスはここまで頭がおかしいのか?


 それともこの王子が特別おかしいだけなのか?


 なんなんだ? 国民の前で公開レイプって。


 どっからそんな発想を持ってこれる。


「あー、これは典型的なあいつらだね。

 ――<ゲーマー>……それも、嗜虐タイプの<エロゲーマー>だ」


 ユメが顔をしかめて呟いた。


 光板の中で、ソフィアが膝を抱えて、俺の名前を呼ぶ。


 普段の呼び方ではない、幼名の俺の名だ。


 その訴えに、俺は奥歯を噛みしめる。


「こんな時まで国を想うのかよ……助けを求めろよ!」


 あいつはもっと泣いていいはずだ。なのに、なぜ……


 と、ユメが俺の手を握りしめる。


「でも、聞こえるでしょう? 声にならない『助けて』が……」


 ユメがそれまでの笑みを消し、まっすぐな目で俺を見つめる。


 声にならない、『助けて』……


 俺はうずくまっているソフィアを見つめる。


 本当にそうなのだろうか。


 いや。あいつがどう考えてようと関係ない。


 俺は――俺が、あいつを助けると決めたんだ。


「――それは助けを求められる誰か……」


 まるで唄うように、ユメは続けた。


「――それは報われることのない願い……

 ――それは嘆きを越えて差し伸べられる、ただひとつの想い……」


 俺の手を握るユメの手に力が込められた。


「わたしはね、それを抱く『誰か』と出会う為に、旅をしているんだ」


 と、彼女は言って、また柔らかい笑みの表情に戻る。


「やろう、オレアくん! わたしも力を貸してあげる。

 ソフィアちゃんを助けるんだ!

 ――大丈夫。君ならできるよ!」


「ああ。ソフィアの居場所はわかった。

 あのクソ野郎、ぶっ飛ばしてやる!」


 あとは動くだけだ。


「一週間後と言ったな。キムジュン。

 楽しみにしてろよ……」


 俺はユメを連れて、作戦の打ち合わせの為に会議室へと向かう。


 ソフィアが味わった以上の絶望を、パルドスに与えてやる。

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