第5話 9

「――ですから、それでは民は納得しません!」


「第二騎士団としても、騎士や兵を無駄に消耗する事は避けたい!」


 会議場は紛糾していた。


 意見はわかりやすく、ソフィアの直下に居た者達と、日和見を決め込む者、かつてのコンノート侯爵がそうだったような、親パルドス派に分かれていた。


「宰相代理が居たからこそ、この国は空前の好景気にある!

 卑劣なパルドスを赦すべきではない!」


「だから、外交で取り返すという手段も――」


 あー、イライラするな。


 会議が始まってから、ずっとこの調子だ。


「そもそもソフィア殿は、本当にパルドスに拐われたのですかな?」


 親パルドス派の外務省官僚が、またそれを蒸し返す。


 何度目だ。


「ですから、一緒にキムジュン王子も失踪しているのです!

 それ以外考えられないでしょう?」


「悪知恵の働くあの方の事です。案外、王子を排除する為に、自らお隠れになったのでは?」


「――そんな事をするメリットが、宰相代理にあるというのか!」


「戦をするにしても、被害に対する補償はどうする!

 パルドスからは取れるものがない!

 だからこそ、宰相代理は彼の王子の婿入りを受け入れられたのだろう?」


 くだらない事をあーでもないこうでもないと。


 ……なあ、ソフィア。


 おまえはこんな連中を相手に、毎日戦ってたんだな。


 俺には、やっぱりおまえが必要みたいだ。


「戦となれば、民も黙ってはいないでしょう。

 真っ先に被害を受けるのは彼らだ」


 俺は腕組みして考える。


 どうしたら良い。


 やれと押し切る事はできるだろう。


 だが、それによって失われる命を思えば、踏み切るのが難しい。


 どうしたら……


 すべて上手くいく答えを求めて、俺は宙に視線を走らせる。


『――大丈夫だよ』


 不意に、夢で見た少女の声が聞こえたような気がした。


『君は君が思っている以上に――みんなに想われてるんだから』


 と、会議室のドアがノックされる。


「邪魔するよ~」


 ひどく場違いなのんびりした口調で現れたのは。


「――コーラボ婆!?」


「おう。おまえの天使、コラちゃんだ。

 ――カイ坊。アレ、完成したよ」


 ニンマリ笑うコラーボ婆に、俺は椅子を蹴って立ち上がる。


「マジか! このタイミングで!?

 ありがとう。コラーボ婆。マジで天使だ!」


 手を取ってブンブン振ると、彼女は照れたように頭を掻く。


「それから――」


 コラーボ婆が顎をしゃくって、開かれた会議室のドアの向こうを示す。


「フラン……」


 彼女は深々とお辞儀すると。


「皆様にご覧になって頂きたいものが」


 そう告げる。


 俺達はフランの案内に従うと、城門の上にあるバルコニーに連れてこられた。


 祝い事の時なんかに、国民への挨拶に使われる場だ。


「――ご覧になってください!」


 フランに示されて、俺を先頭に、大臣達や将軍達がバルコニーに進み出ると。


「――パルドスの横暴を赦すなっ!」


「ソフィア様を取り返せー!」


 詰めかけた国民達が……拳を振り上げ叫んでいた。


「――報復を!」


 コールが響き、親パルドス派の文官達がよろめく。


 ざまあみろだ。


 眼下で門が開き、騎士達が続々と現れる。


 民衆は鎮圧を恐れたのか後ろに退くが。


 彼らもまた、民衆に背を向けてバルコニーを見上げ。


「ソフィア様を取り返せーっ!」


 拳を振り上げて大声で叫びだす。


「――殿下。シンシア様、エリス様、ジュリア様が協力してくださいました。

 民衆に、騎士達に、今回の件を説いて回ってくださったんです」


「あいつらが……」


 思わず喉の奥が詰まったような感覚がこみ上げる。


 確かにあいつらに、民や騎士達を説得できないかとは頼んだが……ここまでとは。


 と、人垣が左右に割れて、向こうから神官服の一団がやってくる。


 彼らはバルコニーの下まで来ると跪き。


「――我らサティリア教会も、ホルテッサを支持致します。

 女神が祝福する婚姻を口実に近づき、女人を拉致するなどあってはならない事です」


 神官長が代表してそう告げる。


 俺はその一団の中に、セリスが居るのを見て、フランを振り返る。


「はい。彼女もまた、ご尽力下さいました」


 ちくしょう。


 なんなんだよ。


 俺は女なんて信じないんだぞ。


 気分で振り回すし、すぐ裏切るし……


 なのに……なんだよ。


 目の前の景色が涙で滲む。


 なんでおまえら、それなのに……こんな簡単に……こんなすごいことやっちまうんだよ。


「――殿下。ここまでお膳立てされて、まだへたれますか?」


 フランが片目をつむって、俺に尋ねる。


「いいや。

 ――いいやだ。フラン」


 俺は目元を拭って再び外を振り返ると、手すりに手を突いて、民衆を神官達を騎士達を――この場に集ったすべての民を見下ろす。


 俺が関わった女達が与えてくれた、俺の力だ。


「――皆の気持ち、ありがたく思う!

 取り返すぞ、ソフィアを!」


 歓声があがり、騎士達が戦に備えて慌ただしく駆け出す。


「さあ戦だ。

 衛兵! 余計な真似をされないよう、これから名を挙げるものを拘束しろ!」


 そうして俺は、先程までの会議で、親パルドス寄りな言動をしていた連中の名を挙げていく。


「――で、殿下! こんな横暴、許されるものでは!」


 言い募る文官達に、俺はバルコニーに置かれた鉢植えを蹴り上げて叫ぶ。


「さっきからギャースカピーピー、うるせえんだよ!

 ソフィアを取り戻す障害になるものは、これから徹底的に排除する!」


 そして、文官を見下ろして告げた。


「――俺は暴君だからなっ!」

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