第5話 8

 肌寒さを感じて、わたしの意識は浮上を始める。


 白檀にも似た甘い香りが立ち込め、薄暗い室内に嬌声が響く。


 目を開くと、わたしは裸にされているのに気づいた。


 首には鉄製の首輪が付けられていて、そこから鎖が巻きつけられて、壁に留められている。


 周囲を見渡すと、高価な調度を手当り次第に集めたような、統一感のない配置。


 その向こうのベッドで、キムジュンが三人の女を相手に姦淫に耽っているのが見えた。


「……ここは――」


 わたしのその呟きを聞きつけたのだろう。


 上に跨がらせていた女を押しのけ、キムジュンがこちらにやってくる。


「気づいたか、ソフィア! 少々、クスリが効き過ぎたようだな!」


 細い手足とはちぐはぐな、やたら膨らんだ腹を揺らして、彼は愉しそうに哂う。


「……殿下。ここは?」


「パルドス王宮の俺の部屋よ!」


「どうやって……」


「下賤なホルテッサには、用意できんかもしれんがな。俺くらいになれば、長距離転移陣のスクロールなど、すぐに用意できるのよ」


 魔道器の力か。


 本人がそういった魔法の使い手ではない事に、わたしはほっと安堵する。


「それで、なぜわたしをここへ?」


 途端、わたしは頬を打たれた。


「まず、『お聞きしてもよろしいでしょうか』だろう?」


 首輪から伸びる鎖を掴み、彼は細い目をさらに細めていやらしい笑みを浮かべて告げる。


 わたしは頬の熱さを感じながら目を伏せて。


「……お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「俺は寛大だからな。答えてやろう。

 おまえを我が国民に披露してやろうと思ってな」


 下卑た笑みを浮かべて、彼は告げる。


 意味がわからない。


 わたしを披露するのに、こんな風に拉致のような真似をして、裸で鎖に繋ぐ必要がどこにあるのか。


「そもそもおまえのようなホルテッサの猿などに、このパルドスの高貴な血を受け継ぐ俺が婿入りするなどと、本気で思っていたのか?」


 鎖が引かれて、わたしは四つん這いの体勢を取らされた。


 キムジュン王子を睨むと、再び頬を打たれる。


「なんだ、その目は! 女のクセに! サルのクセに生意気だ!」


 もう一度頬が打たれ、わたしは床に崩れ落ちそうになったが、鎖が引かれてそれもできない。


「すべてはホルテッサから、おまえという障害を排除する目論見よ」


 キムジュンはわたしの顔に、自らの顔を寄せて、打たれて熱を持った頬を舐める。


 気色悪さに肌が粟立つ。


「おまえが行った経済政策の所為で、我が国の経済はボロボロだそうだ。

 父上もお困りでな。

 そこでその原因たるおまえを排除できれば……フフ、兄上を越えて、俺が王太子になれるはずだ」


 熱っぽく語りながら、彼はわたしの胸を弄ぶ。


 先端を摘まれて、わたしは顔をそむけて声を押し殺した。


「なんだ? おまえ、感じているのか!

 ――ハハっ! <叡智の至宝>もこうなれば、ただの女だな! 淫売め!」


 羞恥に涙が出そうになるけれど、わたしは目をつむってそれを隠す。


 こんな男に涙の一滴、見せてやるものか。


「残念だが、おまえはすぐには犯してやらん」


 この淫乱な男が、不思議な事を言う。


 目を開けて彼を見上げると、彼は嗜虐的な笑みを浮かべていて。


「今、国中に触れを出しているんだ。

 一週間後、ホルテッサの<叡智の至宝>の純潔を王都の大広場で、国民達の前で散らしてみせるとな」


 ……頭がおかしいのも極まってるわ


 自分の身に降りかかるであろう未来に、現実感が伴わない。


「その後は騎士団に下賜して輪姦まわさせる。

 そこまで穢せば、我が国民達の溜飲も下がるというものだろう」


 ……要するに、わたしはパルドス国民のガス抜きに使われるというわけね。


 家を継ぐ時に、様々な未来を想定したけれど……この未来だけはなかったわね。


「――殿下ぁ。いつまでホルテッサのサル女の相手してるんですかぁ?

 そろそろわたし達も可愛がってくださいよぉ」


 ベッドの上から女達が声をかける。


「おお。そうだなそうだな。いま行くぞ!」


 女達にそう告げて、キムジュンは再び鎖を引く。


「――助けなど期待しない事だ。

 そもそもあの軟弱な王子に、俺に歯向かう気概などないだろうがな!」


 キムジュンは哄笑しながらベッドへと戻っていく。


 再び室内に嬌声が響き出すのを聞きながら。


 わたしは身体を縮こませながら膝の間に顔を埋める。


「……カイ。お願いだから、早まらないで……」


 わたしの事はどうでもいいの。


 国民の事を考えてあげて。


「……わかるわよね。あなたなら――」


 転移陣を使ったのは、暗部ならすぐに気づくはずだ。


 キムジュンが不在なら、連れ去られた先はパルドスともすぐに想像できるだろう。


 けれど、パルドスはシラを切るに違いない。


 それでも強引に来ようとするなら、それはもう戦争だわ。


 多くの民が巻き込まれる。


 わたしひとりの為に、民を巻き込むような真似、わたしは望んでいないの。


「……お願い、カイ……」


 膝に顔を埋めて、わたしは吐き出すように呟いた。

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