第5話 5
数日後、俺はクレストス家主催のガーデンパーティーに招待されていた。
ソフィアの婚約発表の為に開かれるパーティだ。
同じく招待されていたグレシア将軍と共に、ユリアンを護衛として連れて、俺達はやってきた。
広いクレストス家の庭園に、白いテーブルクロスに彩られた丸テーブルがいくつも並ぶ。
どうやら立食形式のパーティーらしい。
俺達が到着した時には、パーティーはもう始まっていて。
正直気乗りしない俺は、挨拶だけして、さっさと帰ろうと考えていたのだが。
「ラ――ララー……」
どこかで聞いた歌声だと思って、前の方に設けられた演台に目を向けると、エリスが歌い、その周囲でシンシアが舞いを披露していた。
彼女達は大劇場の落成式の後も舞台に立ち続けてくれていて、今では庶民の間で「天上の歌姫」「天上の舞姫」と呼ばれて有名となっていた。
エリスの父親であるグレシア将軍に目を向けると、娘に向けるその眼差しは、ひどく優しい父親のもので。
「――将軍、頬が緩んでるぞ」
「おっと、これは失礼」
グレシア将軍は咳払いして照れくさそうに頭を掻いた。
やがてエリスの歌が終わり、それに合わせてシンシアの舞いが余韻を含んで止まる。
誰もが見惚れる二人の歌舞に、招待客達はみんな万雷の拍手を浴びせる。
そんな中――
「おまえ達、下賤な歌女と踊り女にしては、見目が良いな。こっちに来て酌をしろ」
そんな事を言い出すバカが居た。
キノコのような髪型に、やたら細い目がいやらしく垂れ下がっている。
肩幅も腕も細いのに、やたら突き出した腹をしているそいつは、ソフィアをかたわらに置いて、エリスとシンシアに手招きしている。
いまや王都でエリスとシンシアの存在を知らない者はいないだろうに、下賤などと。
「――アレがキムジュン王子です」
グレシア将軍が耳打ちする。
その顔は、娘を下賤扱いされて、明らかに苛立っている。
「――殿下、彼女達は貴族令嬢です。そんな娼婦のような真似事はできないのですよ」
ソフィアがキムジュンをたしなめ、俺達に気づいたエリスとシンシアが、こちらに逃げてくる。
「これはいい! ホルテッサでは貴族令嬢が歌女のマネごとをするのか!
所詮は未熟な国家だな!」
そうしてエリス達の行方を目で追った彼は、二人に囲まれた俺を見て、その細い目を吊り上げた。
不意に立ち上がり、ズンズンとこちらへ歩いてくる。
お? ようやく挨拶する気になったか?
いやー、どうやらそんな雰囲気じゃなさそうだが……文句でも言うつもりだろうか?
そんな事を考えていると、ヤツはいきなり右手を振りかぶり。
目の前がブレて、地面に転がったところになって、ようやく俺は殴られた事に気づいた。
――こいつ、いきなりっ!
頭おかしいんじゃねえのか?
「――殿下!」
庇うようにグレシア将軍とユリアンが前に立つ。
「気に食わない目つきをしてると思ったら、おまえがホルテッサの王太子か。
これしきも避けられないとは、ホルテッサも程度が知れるな」
普通、この場、この場面でいきなり暴力振るう奴がいるなんて、誰も思わないだろう?
しかも、互いの立場というものがあるというのに。
「――なんだ、その目は? やり返しても良いんだぞ?
そうなったら、戦争するだけだけどな。やりたくないよな? 戦争」
ゲラゲラ笑って、キムジュンは俺を煽る。
それからふと気づいたように、ヤツはユリアンに目を向け。
「なんだ? ホルテッサでは、令嬢が歌女の真似事をするだけではなく、犬が騎士の格好もするのか!」
こいつ――
俺がパルドス王国を好かない理由が、その選民意識の高さと、獣属を奴隷にしている点だ。
他国にも奴隷制度のある国はあるが、それはそれなりの理由があっての事で、パルドスのように、「獣属だから」という、その一点だけで奴隷にしていたりはしない。
「ほら、犬は犬らしくしろ! さっさと裸になって、跪くんだよ!」
と、この頭のおかしい王子は、腰からナイフを取り出して、ユリアンの鎧を切り裂き、強引に服を剥ぎ取っていく。
「――っ!」
「殿下! 今は――」
俺が前に出ようとすると、グレシア将軍が俺を後ろから押さえつけ、エリスとシンシアも涙を浮かべて両手を掴んだ。
「なんだ犬、おまえ女だったのか! こいつはいい! ほら、お座りしてみろ!」
「ユリアン……」
呻く俺を振り返る、裸にされたユリアンの目尻に光る涙が見えて、目の前が真っ赤に染まる。
「……オレア様、見ないで――」
その呟きが脳を焼いた。
ちくしょう。アイツっ、殺す!
身じろぎするが、グレシア将軍は離してくれない。
「――殿下、お戯れはそこまでに……」
と、ソフィアがやってきて、キムジュンの腕に両手を絡める。
「そんな娘は放って置いて、わたしとあちらで楽しみましょう?」
「ソフィア……おまえ、本当に良いのか?」
俺の問いに、ソフィアは深い笑みを浮かべて俺を見る。
「ええ、わたし、真実の愛に目覚めたの。
ごめんなさい。オレア殿下。
これからは、キムジュン殿下を旦那様として尽くす事にするわ」
そう言って、ソフィアはキムジュンに口付けする。
「――そういう事だ。残念だったな」
高笑いをあげて去っていくキムジュンと、それに付き従うソフィア。
俺は裂けるほど唇を噛み締めて、それを見送るしかなかった。
「――ジュリア様!」
エリスとシンシアが、俺から離れてユリアンに駆け寄る。
彼女を守れなかった俺には、かけてやる言葉が見つからず……
「これで隠してやれ」
羽織っていたマントを放って、俺は屋敷の外に向かって歩き出した。
「あ、殿下! お待ちを!」
グレシア将軍が呼ぶが、俺はもう、こんなところに一秒も居たくなかった。
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