第5話 4

 ソフィアが父上達に呼ばれて離宮に出向いている為、俺は直接医局へと向かった。


 ドアを蹴破るようにして開き、驚く局員を尻目に、一番奥の局長席へと突き進む。


「おい、タナー局長。どういう事だっ!」


 机を叩いて怒鳴りつけると、タナー局長は薄くなった頭髪を押さえて首を竦めた。


「で、殿下!?

 ど、どういう事とはいったい……」


「大病院の治療費の件だ。

 なぜ、風邪で一万エンなんて法外な請求がまかり通っている!」


「は? 初耳でございます! 私達は徴税の為、各大病院の収支報告も受けておりますが、基本的には薬代に多少の診察代という金額で報告を受けております!

 ――誰か、帳簿を持ってきてくれ」


 局員が持ってきた帳簿に目を通せば、確かにタナー局長の言う通りの数字が記載されていて。


 それは決して法外という金額にはなってはいない。


「……だが、民は大病院への受診料が払えず、聖女の元に押しかけていたんだぞ。

 タナー局長。各病院への監査の頻度は?」


「年に一度。決められた時期に行うようにしております」


「――アホか! そんなの誤魔化してくださいと言っているようなものだ!」


 医局のお役所仕事っぷりにめまいがしそうだ。


「おい、タナー! 大病院への医療費裁量はヤメだ!

 これからは医療費は国が決める。医局は本日から考えうる限りの病と怪我、その難度と最低限必要な費用をリストアップしろ」


「で、ですが、それでは医師会から不満が……」


「民から不満が出てんだよ! 医師会と民、おまえ、どっちが大事なんだ?

 そもそもだ。この帳簿が本当に正しいなら、不満なんか出しようがないだろう?

 むしろ不満を言ってくるヤツがいたら、俺のトコに連れてこい。

 そいつは背任者だ」


 再度机を叩いて、俺がタナー局長を睨めば、彼はガクガクとうなずいて、局員達を見回した。


「で、殿下のご指示だ! みんな、すぐに取り掛かるように!」


 最初からそう言えよ。


 その頭にこびり付いた、カビみたいな残り毛、全部むしり取ってやろうか。


 俺は怒りを吐き出すように深く息をついて。


「大病院への監査は月に一度、抜き打ちでだ。

 あと個人の診療所に圧力をかけている節があるから、そこも調査しろ」


 局員達が頭を下げる中、俺はそう言い残して、医局を後にした。


 ――クソっ。


 ソフィア。早く帰ってこいよ。


 もう一週間近くなるぞ。


 俺にはこういう、調整みたいなのは向かないんだよ。


 イライラしながら自室に向かう。


「殿下。お疲れでは?」


 ロイドが心配して声をかけてくる。


「大丈夫だ。

 ……いや、お茶を用意させてくれ。このままじゃ仕事に差し支えるだろうからな」


「かしこまりました」


 ロイドはメイドを呼んで、お茶の用意をするよう伝えると、ドアの前に立った。


 俺はソファに腰掛けて待つと、少ししてメイドが――フランがティーセットをカートに乗せてやってくる。


「あれ? おまえ、ソフィアと一緒に離宮に行ってたんじゃなかったか?」


 俺が尋ねると。


「それがねえ、思ったより時間がかかるみたいでしてね。

 そろそろ殿下ひとりじゃボロが出始めるだろうから、わたしに手伝うようにって、ソフィアお嬢様が。

 そんなワケで、帰ってきちゃいましたー」


 手を挙げて説明するフラン。


「全部、お見通しってわけか。敵わないな」


 俺はフランが淹れたお茶に口をつけ、一息つく。


「――フラン、さっそくで悪いが、暗部に命じて医師会を探らせてくれ」


「はいはい。どのような内容で?」


「受診料の水増しだ。裏帳簿なんかがあれば、その内容と保管場所も。

 あとは個人診療所への圧力も、調べられれば調べて欲しい」


 フランは俺の言葉を、メイドエプロンのポケットから出したメモ帳に走り書きし、それを弾いて宙に放った。


 途端、それが煙のようにかき消える。


「……おまえもそれ、できるんだな」


「むしろ、ソフィアお嬢様にお教えしたのは、わたしなんですよ?」


「お、おう……」


 俺はようやくひと心地つけたような気がして、ソファにもたれかかる。


「……それにしても、ソフィアの離宮での用事、ずいぶんとかかるんだな」


「いやー、それがですねぇ」


 フランは頬を掻きながら告げる。


「ソフィアお嬢様、王都にはもう帰ってきてるんですよ。実は」


「じゃあ、なんで出仕しない?

 なんか用事でもあるのか?」


「はい。いろいろと各方面に手配してまして……その、ソフィアお嬢様、結婚するんですよ」


 フランの言葉に、俺は思考が止まる。


「え? 血の痕するってどういう?」


「結婚! 婚姻です! 新郎が到着し次第、ご挨拶に上がると仰ってましたよ」


 マジか?


「えええ? マジか? なんで? そんな素振りなかったじゃん?

 ――どこの誰と?」


「それが……」


 フランは言いづらそうに視線をそらす。


「なんだよ? 口止めされてるのか?

 ソフィアが認める相手なんて、よほどの相手なんだろ? 誰だよ?」


 俺が促すと、フランは目を伏せて、深々と嘆息。


「……パルドス王国の第二王子キムジュン殿下が、クレストス家に婿入りされる予定です」


 はあ――?


「なんでそんな事になっている!

 クレストス家がパルドスを迎えるメリットなんて、なにもないだろう!?」


 途端、フランが表情を歪める。


「わたしだって、お止めできるならしたいですよぅ!

 でも! でも……それができない状況なんです!」


 そうして、フランは離宮での父上達とソフィアのやり取りを語り始めた。

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