閑話 2
数日後、わたしはソフィアお嬢様と共に、とある修道院を訪れていた。
院長の老婆の案内に従って回廊を抜けて、修道女専用の小礼拝室に通される。
女神サティリアを象ったステンドグラスが照らし出す下、小さな祭壇の上の女神像に祈る修道女の姿。
院長が歩み寄って、修道女の肩を叩くと彼女はようやくわたし達に気づいたようで、こちらを振り返る。
「……ソフィア様」
「お久しぶりですね。セリス様」
ソフィアお嬢様が腰を落とすと、セリス様は腰を折って深々と礼を返す。
院長が会釈して退室し、静かな小礼拝室にドアの閉まる音が響いた。
セリス・コンノート元侯爵令嬢。
いや、家を失った彼女は、いまはただのセリスだ。
けれど、最近では彼女は、別の名で呼ばれるようになっている。
――癒やしの聖女
あの王太子婚約破棄事件で修道院に送られたセリスは、本気で反省しているのを示すかのように行動し始めた。
もともと快癒系魔法の得意だった彼女は、病や怪我に苦しむ近隣住民に惜しみなく魔法を振るい、噂を聞きつけた遠方からの者にも変わらず魔法を施しているのだという。
「――少し、痩せられましたか?」
ソフィアお嬢様に尋ねられて、セリスは首を振る。
「かつてのわたしが、贅沢だっただけですわ。着るものがあり、食があり、務めがある。それだけで今は幸せだと思えます」
かつての面影がまるでない、謙虚な言葉。
それだけあの事件が、彼女にとっては衝撃だったのだろう。
セリスは少しだけ逡巡して、それから決意したようにソフィアお嬢様に告げる。
「――殿下は……その後、どうされておりますか?」
「噂は聞いているのでしょう? 好き勝手にやってるわ」
「まるで人が変わったようだと……あの晩、わたしもそう思えたので。
少し、心配しておりました」
安堵するように告げるセリスに、ソフィアお嬢様は微笑みを向ける。
セリスは胸の前で両手を握り合わせて、そんなソフィアお嬢様を見返すと、ふ、と笑った。
「正直なところを申し上げますと。
――わたしはソフィア様に嫉妬しておりました」
「へえ。どういうところで?」
「いつだって、貴女は殿下のお隣におられました。
殿下は、確かに婚約者としてわたしを大切にしてくださいましたが、隣に――同じ目線に立たせてはくださいませんでした。
――申し訳ありません。アベルになびいた言い訳をしたいワケではないのですよ」
「……わかるわ。続けて」
ソフィアお嬢様に促されて、セリスはうなずく。
「わたしは貴女が羨ましかったのですよ。ソフィア様。
いつだって颯爽と、殿下のすぐ隣を歩く貴女。
わたしではできない、様々な事で殿下をお支えし、時には励まし、時には癒やして差し上げられる貴女が……
わたしもそう、なりたかった……」
セリスはついには両手で顔を覆って、泣き出してしまう。
ソフィアお嬢様はそんなセリスを抱き寄せ、背中を撫でる。
「そんな寂しい気持ちを、勇者につけ込まれたのでしょうね。
様々な不運が重なって、あなたは貴族ではなくなってしまったけれど……それでも腐らず聖女と呼ばれるまでに努力してきた。
それは誇って良い、素晴らしい事だと思うわ」
ソフィアお嬢様は、ハンカチをセリスに差し出して告げる。
「正直言うとね、セリス様。
わたしは殿下に女として見られていないのを、幼い頃から自覚してたから。
女性的な面で殿下をお慰めできるあなたを、羨ましいと思っていたのよ」
そんなソフィアお嬢様の言葉に、セリスは目を丸くして、顔を覗き込む。
ソフィアお嬢様は、セリスに微笑んだままで続ける。
「本当よ。わたし達、もっとこういう話ができたらよかったのだけれど。
あの頃は、あなたのお父様やその周辺の貴族が居て、わたしはあなたに近づきづらかったの。
……ごめんなさいね」
セリスはフルフルと首を振った。
「――いいえ、いいえ。
家が無くなった事で、ここに来られた事で。わたしは自分を見つめ直せました。
今ではここに来られて、良かったとさえ思っているのですよ」
「それはあなたの活躍を耳にしてわかったわ」
そうして、ソフィアお嬢様はセリスに本題を切り出す。
「ねえ、セリス様。あなたに頼みがあるの」
セリスはうなずき。
「わたしにできる事でしたら」
力強く答えた。
ソフィアお嬢様は告げる。
「殿下を――助けて差し上げて……」
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