王太子、暴君となる
第5話 1
「――久しいな。ソフィア!」
出迎えてくれた叔父様の言葉に、わたしは腰を落として礼をする。
「ご無沙汰しております。叔父様」
わたしの手を取り、肩を叩く叔父様に、わたしも笑みを浮かべた。
――ネイト・クレストス。
ホルテッサ王国の宰相にして、わたしの叔父様。
だが、現在は療養中の王と一緒に離宮に詰めていて、政務のほとんどはわたしが担っている。
元々が急逝した父の後、わたしが宰相位を継ぐまでの間の中継ぎとして、抜擢されたのが叔父様だ。
わたしは今、王に呼び出されて、その離宮へとやってきていた。
背後にフランを伴い、叔父様に先導されて、離宮の回廊を抜け、中庭へ抜ける。
よく整えられた庭園の片隅に、テーブルセットが設けられている。
「お、来たな」
そう声をかけてきたのは、作業着姿のリチャード王。
王は手にした剪定バサミを庭師の老人に手渡し、執事が差し出した濡れタオルで手を拭うと、テーブルへとやってきた。
威厳をつける為に伸ばしているのだというアゴヒゲは、なかった時の顔を知っているわたしからすると、似合っていないと思うのだけど。
気さくに笑って椅子に腰掛ける王に、わたしはカーテシーして。
「ご無沙汰しております。陛下」
挨拶すれば、陛下は、殿下がよくするように手を振った。
「良い良い。ここでは王城の作法など気にするな。俺だってこの格好だ」
と、自身の作業着姿を笑ってみせる。
「あら、楽しそうな声がすると思ったら、ソフィアちゃんが来てたのね」
茂みの向こうから、やはり作業着姿の女性――フレイア王妃が顔を覗かせる。
王妃様も茂みを回り込んでテーブルにやってきて、椅子に腰を下ろすと、メイドがカートを運んできて、ティーセットを並べていく。
「お久しぶりです。王妃様」
「やだわ。前みたいに大叔母様って呼んでちょうだい」
わたしが挨拶すると、王妃様は手を振ってコロコロと笑う。
王妃様は嫁がれる以前は、クレストス家の姫――祖父の一番下の妹だった。
その縁もあって、わたしは幼い頃から可愛がって頂いていた。
「いいからいいから。さ、座ってちょうだい。ネイト、あなたも」
促されて、わたしと叔父様は着席する。
それを待って、陛下はよく冷やされたお茶を飲んで、目を細められた。
「報告は受けているが……アレはよくやっているようだな」
「はい。婚約を破棄されて以降、多少、色々ありましたが、政務的に見れば……」
現在のホルテッサ王国は、王がなかば隠居状態にあるために、特殊な政治体制にある。
殿下と宰相代理のわたしが、与えられた権限の中で王城での日々の政務をこなし、その裁量権を超える判断を迫られた時は、離宮に連絡して王と宰相である叔父様の判断を仰ぐ。
この体制を維持する為に、連絡には王宮魔道士達の魔法が大いに役に立っている。
殿下はこの方法を諸領にも応用できないか、検討しているようだったけれど。
「スラムの件と通貨制度の変更に関しては、見事と言っていいだろう」
「お褒めに預かり、光栄です」
手放しで褒めてくれる陛下に、わたしは頬が少し紅潮するのを感じながら、会釈する。
「……だがなぁ。ちょっと上手く行き過ぎたんだよなぁ……」
陛下は嘆息して背もたれにもたれかかった。
それが今日、わたしが呼ばれた理由だろう。
「パルドス王国から抗議が来ておるのは知っとるな?」
「自国通貨の価値が暴落したから賠償をしろ、とか……」
正直、「知るか」と言いたいわ。
元々が金貨に混ぜものをして、含有量をごまかしていたような国なのだ。周辺国からの信用も低くて、放っておいても暴落は免れなかったはず。
「それを賠償とは……あの国は頭おかしいのでは?」
わたしが歯に衣着せずに言い放てば、陛下も王妃様も苦笑して同意する。
「だが、頭がおかしいからこそ、頭おかしい行動をしかねん。
――新型<騎兵騎>開発に関しても、侵略目的だと言ってきておる。ならば徹底抗戦だ、とな」
頭の悪さにめまいがするわ。
現在、我が国は通貨制度の見直しで好景気になっているのと、元々豊かな国土ゆえに他国に侵攻するメリットがない。
そもそも国内に魔境が複数ある為、外国に攻め込む軍事力があるなら、魔境開拓に回した方が被害も費用も少なくて済むというのに。
「連中は一週間前から、国境周辺で軍事演習をしている」
叔父様の言葉に、わたしはうなずく。
それはわたしにも報告が来ていたわね。
万が一に備えて、国境警備を強化するよう、先日指示を出したばかり。
「示威行動ですか」
「――だろうな。戦となれば、負けはしないだろうが、民に大きな被害が出る。
向こうは勝てばメリットがあるかもしれんが……ウチは勝ってもなぁ……」
陛下の言いたい事はわかる。
パルドスからは、得られるモノがない。
彼の国は現在、旧帝国の直系を僭称しており、周辺国から煙たがられている。
王侯貴族はおろか、国民に至るまでが高慢で怠惰。
当然、国土はやせ衰え、輸入によって民の口を賄っている状態なのだもの。
そんな国と戦をして勝ったとしても、下手をしたら賠償金すら踏み倒されかねない。
「それでな……ソフィアちゃん」
陛下が言いづらそうに、親指を弄びながら切り出す。
「連中、自国の姫をオレアの嫁にするか、王子をソフィアちゃんに婿入れさせるかの二択を迫ってきとってな……」
「そんなの、実質一択じゃない!」
知らなかったのでしょうね。
王妃様がテーブルを叩いて立ち上がる。
王族にパルドスの姫を輿入れさせたら、次代はパルドスの傀儡にされかねない。
わたしにパルドスの婿を入れれば、わたしは政界から距離を置かざるを得なくなる。
パルドスにしては、珍しく頭を使ったものだと思う。
いや、彼らはこういう姑息な事でこそ、才能を発揮するのだったわね。
「ソフィアちゃんがオレアの懐刀なのは、周辺諸国では知れ渡っているからな。
そこを押さえにかかったのだろう。
――侵略の意思がないのなら、両国の和平をより周辺に知らしめる為に、などと抜かしておった」
わたしを気遣うように、陛下も王妃様も見つめてくる。
そんなお二方の気遣いに感謝しながら、わたしはうなずく。
いつかはこんな日も来るだろうと覚悟していたわ。
公爵位を継ぐ事で、相手は選べるかもしれないという期待は少なからずあったけれど、政治的な婚姻からは逃れられないという覚悟はあったわ。
それが予想してたより、ずっと早かっただけ。
……残念なのは、最後まで殿下を――カイを支え続けられないという事ね。
わたしは深呼吸して、両陛下と叔父様を見回す。
「かしこまりました。陛下。
――その婚姻、お受け致します」
そうしてわたしは、今後に備えて、動き始めた。
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