閑話
閑話 1
庭に広げられたテーブルセット。
そこに着いたお嬢様方のカップに、冷やした紅茶を注いでいき、すべて終わったところで、わたしはいつものように、その場を離れようとした。
「ああ、フラン。あなたも居てちょうだい」
ソフィアお嬢様がわたしにそう声をかけて、それを留める。
「あなたの意見も聞きたいわ」
「……かしこまりました」
そう答えて、わたしはソフィアお嬢様の後ろに控える。
本日は、ソフィアお嬢様主催のお茶会で、招待されたのは、リステロ侯爵令嬢シンシア様、スローグ辺境伯令嬢ジュリア様、グレシア伯爵令嬢エリス様の三人だ。
メンツを見ればわかるように、みな、王太子殿下に救われ、殿下を憎からずと思っているであろう面々。
ああ、逃げておくべきだった。
絶対に面倒なヤツだ。コレ
ソフィアお嬢様は紅茶を一口含み、お嬢様方にも勧める。
そろってほっと一息ついて、添えられたお菓子に手を伸ばす。
クレストス家のシェフが腕によりをかけたレアチーズケーキだ。
厨房で試食させてもらったけれど、ベリーソースとミントの香りが、サワーチーズの香りと相まって、すごく爽やかで幸せな気持ちになれる一品。
お嬢様方も同様の感想を抱いたのか、目を伏せてうっとりされている。
ジュリア様なんて、尻尾をパサパサと左右に振るわせて喜びを表現しているほどだ。
手入れされた夏の花香る庭の中、小鳥のさえずりが静かに響く。
「さて、それじゃあ、あなた達の気持ちを聞かせてもらいましょうか」
ソフィアお嬢様は、いつもの黒羽根の扇で口元を隠して微笑み、お嬢様方にそう声をかけた。
わたし達、暗部が調べ上げた限り、彼女達に裏はない。
だからこそ、ソフィアお嬢様は、この場に彼女達を招いたというわけなんだけど。
「――シンシア様は?」
ソフィアお嬢様に促されて、シンシア様は意を決したように、うなずきをひとつ。
「殿下が望まれるのでしたら、わたくしはお応えする覚悟がございますわ」
「――つまり好き、という事で良いのかしら?」
ソフィアお嬢様の率直すぎる言葉に、シンシア様は顔を赤く染め上げる。
「そ、そう捉えて頂いて結構ですわ」
「……どんなところが?」
「そ、その……わたくし、幼い頃から母と共に、スラムへの救済活動をして参りましたの」
その裏も取れている。事実として、彼女はスラムで見込んだ者を使用人として家に招いて、教育さえ施していた。
「わたしがお姉さまと出会ったのも、それがきっかけですよね」
エリス嬢が嬉しそうに告げる。
「ええ。ですが、わたくしの手は小さく、救える民はあまりにも少ない。
けれど殿下は、そのすべてを救ってくださいましたわ。
――はしたない女と思わないでくださいましね。
そのお話を耳にした時、わたくしはグラート様という婚約者がいるにも関わらず、殿下への崇敬の念を禁じえませんでしたわ」
「わかります。お姉さま」
エリス嬢はシンシア嬢の手を取って、握りしめる。
「そんな時に、グラート様はエリスに――その、様々な思惑もあったようですが――恋慕し、あの事件が起きました」
――王太子、怒りの咆哮事件。
大仰な名前が付けられているが、単に自分の大劇場の為に目をつけていた歌い手を取られまいと、殿下が大暴れしただけの事件だ。
「周囲すべてが敵に思えたあの場で、颯爽と現れてわたくし達をお救いくださった、あの方をお慕いせずにいられましょうか!」
両手を組んで、謳うように告げるシンシア様に、真相を知っているわたしは、冷や汗が出るのを止められない。
ああ、乙女の恋とは、ここまで盲目になってしまうものなの?
エリス様が手を上げて、それに同調する。
「――わたしもですっ!
ああ、わたしはこのままグラート様の言いなりになってしまうんだろうなって、そんな風にしか考えられなくなっていましたけど……お姉さまと、殿下に勇気をもらって、立ち向かう事ができました」
胸の前で両拳を握り、エリス様は続ける。
「それに――殿下は、お母さんから教えてもらった、わたしの歌を褒めてくださいました。
みんなの為に歌う事を喜んでくださいました。
わたしはそんな殿下が大好きです!」
二人の答えに、ソフィアお嬢様はふわりと笑い、うなずいて見せる。
「フラン、どう思うかしら?」
「あー、多少、美化が過ぎてますが……事実といえば事実なのが厄介ですね」
「ふふ。そこなのよね。
――ジュリア。あなたはどう?」
ソフィアお嬢様に尋ねられて、ジュリア様は困ったような表情を浮かべる。
「わたしは……ユリアンですから」
「――それはあのヘタレの目線でしょ?」
おっと、思わず口を出してしまった。
ジュリア様とはここ最近、訓練で長く一緒に居るからか、どうしても感情移入してしまう。
ソフィアお嬢様はうなずくと、ジュリア嬢を見据えた。
「ユリアンとしてのあなたは、殿下の親友で良いかもしれないけれど……ジュリアとしてのあなたの気持ちは? それを知りたいの」
途端、ジュリア様は膝の上で拳を握りしめてうつむき、涙をこぼし始めた。
「わたしは……騎士としてはダメなのかもしれないけど――親友としてこんな事を思っちゃいけないのかもしれないけれど……殿下をお慕いする気持ちが押さえられません。
ねえ、これ、どうしたら良いんですか?」
まるで吐き出すような、ジュリア様の言葉に、エリス様が背中を撫でて、シンシア様がハンカチを差し出す。
二人とももらい泣きして、洟をすすっている。
あー、どうしましょうかね、これ。
どうするんです? ソフィアお嬢様。
わたしが目線を向けると、ソフィアお嬢様は満足げに微笑みを浮かべている。
「――そう。あなた達の本心が聞けて安心したわ。
その想いが偽りではないのなら、これからも努力を続けて、殿下を支えてあげてちょうだい」
「……ソフィア様?」
三人が不思議そうに首を傾げる中、お茶会はお開きとなった。
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