第4話 7

 数日後、<地獄の番犬>隊と王都に戻ってきた俺は、打ち上げと称して隊の連中と一緒に、下町へ繰り出した。


 ちなみにユリアンは、帰ってくるなりソフィアに呼び出され、フランと共にどこかに行ってしまった。


 なんでも新設される特殊部隊隊長としての、訓練メニューの打ち合わせがあるんだそうだ。


 なんだよ。今日くらい良いだろうになぁ。


 考えてみれば俺、前世を含めて、酒を楽しんだ事がなかったんだよな。


 飲み会にはちゃんと参加していたが、それは仕事上のコミュニケーションであって、義務みたいなものだった。


 今世でもパーティや晩餐会はあるが、それもやはり、王太子としての義務のようなもの。


 気心の知れた仲間と、ただ騒ぐために呑むという経験がない事に気づいたんだ。


 黒髪を隠すために安っぽい布を巻き、安い衣服に着替えた俺は、<地獄の番犬>隊の面々と一緒に、下町の安酒場で大いに楽しんだ。


 ぶっちゃけ前世の記憶のある俺にとって、王城で出される高級食材をふんだんに使ったお上品な料理より、下町の素朴で塩味たっぷりな料理の方が、旨いと感じたくらいだ。


 城の料理はあれだ。若くてしっかり鍛錬してる俺にとっては、薄味すぎるんだ。


 散々呑み明かして、夜半を過ぎ、騎士達は娼館へ繰り出すと言い出した。


 さすがに疲れと呑み過ぎで足に来ていた俺は、騎士達の誘いを断り、帰る事にした。


 ひとりで不用心?


 どうせそこらでクレストス家の暗部が、こっそり護衛してくれているし、いざとなれば<王騎>もある。王都で俺が危険に晒される事なんて、そうそうないんだ。


 人気の少なくなった深夜の大通りを、俺はフラフラとひとりで歩く。


 通りを駆け抜けていく夜風が、火照った身体にすごく心地良い。


 水場を見つけて、俺はそちらに歩み寄った。


 祖父の代に、王都は再整備されて、上下水道が完備された。


 街の至るところに、こういう小さな噴水のように、常に水を吹き出す水場があるのだ。


 ごくごくと水を飲み、手にすくって顔を洗う。


 袖で拭って顔を拭くと、風が吹いて、雲間が切れて、大きな月が街を照らし出した。


「――大丈夫?」


 ふと、声をかけられて、俺はそちらに身体を向ける。


「だいぶ酔ってるでしょ?」


 そこには、月明かりを受けて白く見える、長い髪をした少女が後手を組んで立っていた。


 アメジストを思わせる神秘的な紫の瞳に笑みを湛え、唇の形もまた微笑。


 小柄な体格にあってもなお小さく見える、白いポンチョのような衣装の胸で、フサフサした飾りのついた紐が風に揺れて踊る。


 夜空から降り注ぐ月明かりに照らされて、少女はひどく幻想的に見えた。


「……ああ、大丈夫だ。おまえ、誰だ?」


 俺に問われて、少女は頬に人差し指を当てる。


「んー、そうだねえ。クロと呼ばれた事もあるし、ユキと呼ばれた事もあるの。本当の名前はなんだったっけなぁ……」


 な、なんだ? 不思議ちゃんか? 俺、今、不思議ちゃんに絡まれてるのか?


 酔ってるんだな、俺。


「そうか。夢なんだな」


 途端、少女は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「いいね。その響き。好きな感じがする。オレアくんはユメって呼んでいいよ」


 にっこり笑って、彼女は俺に近寄ってくる。


 ほら、やっぱり夢だ。


 会話が噛み合ってないし、名乗ってないのに、俺の名前を知っている。


 なにより暗部が出てこないのが良い証拠だ。


「この国の王子様は、急に性格が変わったって聞いて来てみたんだけど。

 ――うん、君は悪い感じじゃないね」


 そう言いながら、彼女は左手を俺に差し出す。


 その手の甲がひし形に青く輝いて。


「なんだこれ? 綺麗だな。魔法か?」


 まるで胸の中が温まるような、心地よい感じがする。


「ふふ。そうだね。わたしの魔法。大好きなおねえちゃん達が教えてくれたんだ。

 これを怖がらないって事は、オレアくんは大丈夫そうだね。

 君は天然物って事がわかりました。おめでとう~」


 ぱちぱちと手を叩くユメを名乗る少女。


 彼女は青く輝く左手を俺の頭に伸ばし、つま先立ちになって撫でた。


「オレアくん、もう少ししたら、ちょーっと君にとって苦しい事が起こると思うんだ」


 わずかに憂いを含んだ表情で、彼女は続ける。


「でもね、大丈夫だから。

 ――君のこれまでと、君の周りを信じてあげて」


 俺の頭から手を離し、彼女は両手で俺の手を握った。


「……それでも苦しいと感じた時は、わたしを呼んだらいいよ」


 顔を上げて、ユメは笑みを浮かべる。


「わたしを呼べって……おまえはなにかできるのか?」


「なーんにも。でも、お話聞くくらいはできるかな。

 それがね、実はなんにも負けない、最高の魔法になるんだよ!」


 ユメは俺の手を離して、クルリと回る。


「忘れないでね。オレアくん。君は君が思っている以上に――」


 ユメはなんと言ったのだろう。


 気づくと、俺は自室のベッドの上に居て、そのすぐ横には呆れた顔のフランが立っていた。


「フラン……俺は?」


 うおぉ、頭が痛い。しかも身体中が酒臭くて、吐き気がひどい。


「大通りで酔い潰れていたところを、暗部が回収してきました。

 まったく、潰れるほど呑むなんて……」


「悪かったよ。とりあえず風呂の用意を頼む。匂いで吐きそうだ」


「わかりました。朝食はどうされます?」


「風呂の後の気分次第だな」


 変な夢だったと思うが、不思議と悪いものではなかったと思う。


 そして、俺の一日がまた始まる。





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