第4話 6
城塞のホールにテーブルが並べられ、スローグ領の特産を主とした、様々な料理が配置された。
演壇の上に設けられた貴賓席には、俺を中心として、右にアリア、スローグ伯と並び、左にはユリアン、グレシア将軍が座っている。
フランは毒味と給仕を兼ねて、俺の背後だ。
ユリアンは可愛らしい淡い青のドレス姿で、本来は短い銀髪は、今はウィッグでも付けているのか、背中まで届く長さになっていた。
こいつ、こうして見ると、確かに女なんだな。
「――こうして今日、この日を迎えられたのは、長きに渡って耐え忍んでくれた領軍の諸君、そして駆けつけてくれた第三騎士団の皆様のおかげです。
本日はささやかではありますが、戦闘の疲れを癒やす助けになればと、宴を開かせてもらいました。
どうぞ楽しんでいってください」
スローグ伯の挨拶が終わり、宴が始まる。
騎士達が主なため、食事と酒を振る舞う大規模な食事会といった体だ。
黒森にはいまだ、魔物の生き残りがいる為、包囲陣は崩していない。
この場に来られない末端の騎士達には、野営地に食事と酒が届けられる手はずとなっている。
招かれた地元の名士や名主、村長などが、次々とスローグ伯に挨拶に来ては、この一年の苦労を互いに労う。
彼らはスローグ伯に紹介されて、俺にも挨拶に来ては、目に涙を浮かべて感謝の言葉を伝えてきた。
気恥ずかしいけれど、ぶっ倒れるくらい頑張ってよかったと思えた。
宴もたけなわとなり、酔った騎士と領軍兵士による、のど自慢が始まった頃だ。
「……ケインお兄様、あの」
それまで料理にも手をつけず、ずっと黙っていたアリアが、不意にそうスローグ伯に切り出した。
「――実は……お兄様とは結婚できそうにありません」
ああ、またこういう展開かよ。
スローグ伯は笑みの表情のまま、目を細めてアリアを見る。
「ほう、それはどうして?」
「わ、わたし、真実の愛を見つけたのです!」
そうして彼女は俺を見る。
――え? 俺!?
すぐ隣でユリアンが盛大なため息を吐き、フランがクスクスと笑うのがわかった。
「――殿下、殿下は仰いましたよね。火遊びはしない、と」
「あ、ああ」
確かに言ったけど。
「それって、本気なら受け入れてくれるって事ですよね。
わたし、本気で殿下の事が――」
ま、まさかそんな風に捉えるとは……
「――姉さん!」
ユリアンが制止するように、声を上げた。
スローグ伯がこめかみに手をやって、困ったように揉みほぐす。
「……殿下は受けられるおつもりで?」
細められた目に、俺はぷるぷる首を振る。
そんなつもりは微塵もなかったけれど、スローグ伯の威圧感がハンパない。
「つまりはアリア。君のいつもの病気というワケだ」
テーブルに頬杖を突いて、スローグ伯はアリアを見据える。
俺が首を傾げると、ユリアンが顔を寄せてくる。
うおっ!? こいつ香水でもつけてるのか? めっちゃ良い匂いがするぞ。
そんな俺の内心など気づかず、ユリアンは俺に耳打ちする。
「アリア姉さんはその……すぐ男の人と仲良くなろうとするというか……惚れっぽいと言いますか……」
「昼間、殿下の部屋に忍び込んだ時も、止めなければキスされてましたよ。
未経験の殿下にとっては残念だったりします?」
ニヤニヤと俺を見下ろすフラン。
――意識なかったら、されてもわからねえだろうが。
いや、そうじゃなく。
スローグ伯に病気扱いされたアリアは、顔を真っ赤にして首を振る。
「いいえ。いいえ、お兄様、わたし、今度こそ本気の――」
「――真実の愛、ね。
でもね、許さないよ」
スローグ伯は静かに断言した。
「君は本当に……
普段は優しくて良い子なのに、色恋が絡むと途端にダメになるね。
そこを彼にもつけ込まれたんだろうけど……」
そうして彼は、招かれた冒険者達のテーブルを指さす。
「――クルツ・ノーリス。最近の君のお友達だ」
アリアの顔が青くなる。
「ご、ご存知だったんですか?」
「魔法を使えば、案外、簡単なんだよ」
それって、<遠視>とか<傍聴>の魔法が使えるって事か?
工廠局の通信系技術者達が、使い手を探していたはず。教えてやったら喜ぶぞ。
俺がそんな事を考えてる間も、スローグ伯の話は続く。
「彼は、今は冒険者なんてやってるけど、初春に取り潰しになったノーリス伯の嫡男だった。
社交界慣れした彼にとっては、田舎娘の君なんて、チョロかったろうね」
スローグ伯はフフっと笑う。
「ねえ、アリア。そもそも不思議に思った事はないかい? キス以上に進もうとした時、いつも邪魔が入っていただろう?」
「――まさか、アレも兄様が?」
「私もね、キスくらいは許せるんだよ。
でも、他人に大事な君を踏み荒らすような真似をさせるのは許せなくてね」
「――キスくらい、ですって。殿下。
キスくらい。言ってみたいものですね」
ニヤニヤとフランが耳打ちしてくるが、無視だ。無視。
「とりあえず、彼は君を脅そうとしていたようだから、こうしようか」
彼がクルツと呼ばれた男に指先を向け、くるりと輪を描くと、クルツの周囲に光の輪が浮かんで、その身を拘束する。
突然の出来事に目を白黒させるクルツ。
スローグ伯は執事を呼んで、クルツを牢に入れておくように指示した。
「君がどんなに目移りしようと、私は君を手放す気はないよ」
優しく微笑んで、アリアの手の甲に口づけするスローグ伯。
「……よその家に嫁がせて、同じような事をしたら、お家の恥になるって理由もあるんですけどね」
ユリアンの言葉に、俺は納得する。
だが、スローグ伯は、それを抜きにして、アリアをちゃんと愛しているように思えた。
なんだかよくわからんが。
「アリア。領もようやく落ち着くことができそうだし、これからはもっと私の愛を知っていってもらおうと考えている」
すげえ。
スローグ伯、すげえ。
俺だったら、ブチ切れて、相手の男をぶっ飛ばしてると思う。アリアも婚約破棄して放逐だ。
……セリスに、そうしちまったしな。
「いやかい? アリア……」
首を傾げて尋ねるスローグ伯に、アリアは首を振ってこぼれる涙を散らした。
「いいえ。いいえ。ケイン兄様。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
そう告げて、アリアはスローグ伯に抱きついた。
「本当に困った子だよ。君は……」
そんなアリアの頭を優しく撫でる、スローグ伯。
俺もう、すげえって言葉しか思い浮かばないんだけど。
こんな愛の形もあるのか。
スローグ伯の事は、これからは心の兄貴と呼ばせてもらおう。
彼のような包容力を兼ね備えた男になるのだ。
ほんと、スローグ伯はすげえ男だ。
「――殿下にも、ご迷惑をおかけしました」
スローグ伯は泣きながら抱きつくアリアをそのままに、器用に頭を下げる。
俺は慌てて手を振り返した。
「い、いえ。俺は別に、なにもされてないですから……」
思わず敬語になってしまう。
いや、尊敬する人物には敬語を使わなくてはな。
「ところで殿下。私の妹、ジュリアの事はどう思われます?」
まるで見定めるように視線。
「――兄さん!」
ユリアンが咎めるように声をあげる。
「――親友だと思ってます!」
俺が威勢よく答えると、なぜかスローグ伯とフランまでもが、盛大にため息をついた。
……なんでだ?
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