第3話 3

「――という事になったんだが、ユリアン、おまえ、新型<兵騎>って興味ある?」


 言いながら、殿下は木剣を突き出してボクに尋ねる。


 ボクはそれを右に弾いて、左手の短剣型木剣を殿下の首筋に突きつけた。


 殿下が両手を挙げて降参の合図。


「もう、殿下。真面目にやってくださいよ。これじゃ訓練にならない」


「いや、やってるって。おまえの二刀が厄介なんだよ」


 殿下に褒められて、ボクは思わず照れる。


 殿下は近衛騎士とやりあっても、上位に入れるほどの腕前だ。それは普段から歳が近いという理由で、稽古相手をさせて頂いているからよく知ってる。


 その殿下に褒められたのだから、嬉しいったらない。


 筋力で劣るボクは、右に長剣、左に短剣を使って手数で攻めるタイプだ。この戦術のために、ボクは走り込んで持久力をつけようとしている。


 努力が殿下に認められたような気がした。


「な、もう五番もやってるんだ。そろそろちょっと休憩にしよう」


「わかりました」


 そうしてボクと殿下は訓練所の隅にある水場に向かう。


 上水道が整備された城では、あちこちに水場が用意されていて、いつでも利用可能なんだ。


 水場に着くと、殿下は訓練用の革鎧を外し、上衣を脱いで、木桶から水を被る。


「あーっ、うおぉぉぉ……」


 変な唸り声をあげる殿下に、水を飲んでいたボクは思わず笑ってしまう。


「殿下、おっさんくさいですよ」


「おまえもやってみろって! 絶対にこんな風になるから」


「いえ、ボクは……そんな汗はかいてませんから」


 ボクは苦笑して首を振る。


「やっぱ、走り込みの違いかなぁ。俺はもうへとへとだぞ」


 綺麗な黒髪から水を滴らせ、殿下は水場の縁に座り込む。


「それで? おまえ、新型には興味ないわけ?」


 尋ねられて、ボクは考え込む。


 ……興味がないわけじゃないけれど。


「そういうのはきっと、もっと強くて経験豊富な人が乗るべきだと思いますよ。

 特殊部隊の隊長なんて、ボクのような新人がなりたいと思ってなれるものじゃないです」


 それにボクの目標は、実家で兄さんを支える事だ。特殊部隊なんかになったら、実家への異動が願えなくなる。


 けれど、殿下は笑みを浮かべたままで。


「一緒に訓練してるからってわけじゃないけどさ、おまえならイイ線いけると思うんだけどなぁ。

 なにより、おまえは良いヤツだからな。俺も好きだぞ」


「――へ?」


 変な声が出てしまった。


「知ってるか? この隊って、厳しい第三騎士団の中でも、特に厳しい事で有名なんだ。なにより所属してる連中がアレだ。

 ――頭おかしい」


 よそで有名というのは知らなかったけれど、頭おかしいのはよく知ってる。


 新人相手に容赦なく掛り稽古を隊員全員で行うのは序の口で、他部隊が敬遠する山岳訓練を月イチで行い、魔物被害での救援要請を聞けば、真っ先に飛び出していく部隊だ。


「そんな部隊で生き残り、あの頭おかしい連中に可愛がられてるんだから、おまえが良いヤツなのはよくわかるさ。

 俺との鍛錬にも変な気兼せずに、普通に勝とうとしてくるしな。鍛錬をよくわかってる」


 殿下はそう言って笑う。


 去年の入団時、ボクには同期が五人いた。けれど、みんなあまりの訓練の苛烈さに、半年と保たずに異動、あるいは辞めていった。


「ああ、好きってそういう」


 ボクが胸を撫で下ろすと、殿下は指先に溜まった水滴をボクの顔に向けて弾いた。


「なんだよ。ユリアンもアレか? いつまでも王太子妃を決めないのは、俺が男色だからっていう噂を信じてたクチか?」


「――そんな不敬な噂が?」


 信じられない。殿下は婚約を破棄された傷心で、次の方を決められないだけだろうに。


「なんだ、知らなかったのか? 侍女達の間じゃ有名だぞ。

 あいつらが回し読みしてる……ロマンス本って言うんだったか? アレになぞらえて、美化された俺が、噂の中で大活躍だ。ソフィアが言うには、おまえも俺の餌食になっている」


「えぇ――っ!?」


 ゲラゲラ笑う殿下に、ボクは不審な目を向ける。


「殿下はそれで良いんですか?」


「ちょうど良い女よけになるからな。いずれは妃も考えなきゃいけないんだろうが……」


 殿下は寂しそうに目を細める。


 やっぱり殿下は傷心なんだろうな。婚約者のセリス様を大事になさっていたと聞いているし。


「わかりました、殿下。ボクなんかでよろしければ、盾にでも女避けにでもお使いください!」


 ボクが敬礼して応えると、殿下は驚いた顔をしてボクを見た。


「おまえは、本当にいいヤツだよっ!」


 そう言って、いたずらな笑みを浮かべた殿下は、背後に隠した木桶を振って、ボクに水をぶっかけた。


「ひゃあぁぁぁ――っ!?」


 びしょ濡れになったボクは、変な悲鳴をあげて、思わずその場を逃げ出してしまった。


「なんだよ。これくらいで。大袈裟なヤツだなぁ」


 そんな殿下の言葉を背後に聞きながら。

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