第3話 2

「――スローグ辺境伯領の状況?」


 お茶のカップを傾けながら、ソフィアが小首を傾げる。


「ああ。ユリアン――スローグ家の次男が、兄の手助けをする為に、騎兵騎士になるんだって言っててな。

 次男がそんなこと考えないといけないくらい、黒森守護の兵力って落ち込んでるのか?」


 俺が尋ねると、ソフィアはまたどこからともなく手帳を出してペラペラとめくる。


「コレに載ってないという事は、大きな変化はないはずだけど……」


 そう言いながら、ソフィアは資料棚に向かい、書類を取り出して戻ってくる。


「そうね。第二騎士団の報告では、変化はない事になってるわね」


 辺境伯騎士団は、軍事力を保有しているというその特殊性から、他領の衛士達のように、第二騎士団の監査を受けている。そこから報告が上がらないという事は、兵力に関しての変化は見られないはずだが。


 ソフィアは資料をめくって行き、ふと手を止める。


「あら? 一年前に水害が発生してるわね。免税嘆願書が出てるわ」


「辺境軍って、基本的に地元の民だよな? 水害発生してて、兵力に変化がないっておかしくないか?」


「……確かにそうね。ちょっと調べてみるわ。

 ――そうそう。騎兵騎士と言えば。工廠局長があなたに面会を求めてたわよ。

 アレ、完成したって」


「ほんとかっ? 行く行く。すぐ行くぞ」


 俺は席を立つと、近衛のロイドをともなって、部屋を飛び出した。





 やって来たのは、王城の南西にある工廠区画。


 前世の体育館サイズの建物が十ほど建てられた区画だ。そのうちの一番奥にある工廠に入ると、すぐにオルセン局長が迎えてくれる。


「殿下! お待ちしておりました!」


 初老を迎えてなお筋骨隆々なオルセン局長は、その立場とは裏腹に、前世でいうところの職人のような見た目と人柄をしている。


 自分の作品を見せたくて仕方ないのか、出迎えの言葉もそこそこに、俺とロイドをともなって、工廠のさらに奥にある秘匿区画へと向かった。


 そうして辿り着く、工廠区画の最奥。そこには俺がオルセン局長に頼んで造らせた、一騎の<兵騎>が鎮座していた。


 前世の記憶を取り戻した俺が、人型ロボの存在するこの世界で考えたのは、「どうせなら、ワンオフ機体を造ってみたい」だった。


 俺だって男の子だ。え? 成人男子だったろって? 男はいつまでだって心は少年なんだよ。人型ロボに燃えないヤツは男の子じゃねえ。


 そんなわけで、暴君らしくオルセン局長に無茶振りしてみたところ、予算に糸目を付けないという言葉に食いつき、あれよあれよという間に新型騎開発計画は、なかば暴走するようにして始まった。


 見た目は頑固親父なオルセン局長だが、この人、根っからの趣味人で、俺の要望に対して可能な限り実現しようとしてくれるのだ。そして彼の部下もまた同様に、趣味に正直な連中ばかりだ。


 いやー、会議の捗る事。


 そうして今、目の前で俺達のロマンを詰め込んだ騎体が固定器に着座している。


 狼を模したかぶとに漆黒の甲冑。


 真紅のたてがみに、面は<爵騎>の技術を応用して、文様式を採用した。


 従来の重厚で角張った印象を受ける<兵騎>と異なり、甲冑の装甲には曲面装甲を採用し、ほっそりとスマートな印象を受ける。


「……素晴らしい。本当に素晴らしい――」


 俺は拍手しながら、目頭が熱くなるのを感じた。いや。滂沱の涙を流していた。見れば、オルセン局長は顔をそらして洟をすすり、技術者達もすすり泣いている。


「殿下。ありがとうございます。本当に良い仕事をさせてもらいました」


「まだだぞ。オルセン局長。これはあくまで第一歩だ」


 俺は涙を拭い、局長の肩を叩く。


「――と、言いますと?」


「<狼騎>は手始めだ。これが率いる特殊部隊、見てみたくはないか?」


 俺がニヤリと笑うと、オルセン局長や技術者達が目を見開き、すぐにその目を輝かせ始める。


「で、殿下! まさか――」


 ロイドがドン引きで尋ねてくる。


 おまえは見たくないのかよ。男の子じゃないのか?


「造るぞ。<狼騎>型量産騎! 諸君らのいっそうの健闘を期待する!」


 瞬間、技術者達の歓声がこだました。






 いや、別になんの考えもなく、趣味だけで特殊部隊とか言い出したわけじゃないんだ。


 本当だぞ。


 俺、第三騎士団で訓練してるから知ってるんだけど、彼らがいかに即応部隊って言っても、基本的には領主からの要請を受けてからの行動となるから、どうしても後手に回ってしまうんだ。


 そこで思いついたのが、俺の権限で自由に動かせる部隊だ。


 実は今、各主要都市への街道を整備中で、それと並行して通信網も開発している。


 これによって、領主の判断を待つ事なく、常駐している第二騎士団の報告を受けて、異常を察知し次第、部隊を動かせるようになれば、というわけだ。


 移動の時間? それもちゃんと考えてあるんだな。


 まあ、あくまで将来の構想であって、すぐに実現できるとは思っていないけれど。


 ――と、いうような事をソフィアに説明し。


「そんなわけで、ママ、お小遣いちょうだい予算つけて!」


 机の向こうのソフィアに右手を差し出すと、ペシっと手を叩かれた。


「まだ隊長騎が完成しただけでしょう? そこまで急ぐ必要あるの?」


 まるでおもちゃを欲しがる子供をたしなめるような声音だ。


「隊長騎があったら、周りを固めたくなるものだろう?」


 男のロマンだぞ。


「部隊がそろっても、まだ足がデキてないでしょ? そっちにも予算つけないとなんだから、今はコレで我慢しなさい」


 そうして示された数字は、オルセン局長の見積もりでいうなら、二騎分ほどのもの。


 えー、とは思ったものの、俺は顔には出さない。


 これはソフィアの譲歩だ。これ以上ゴネたら、増えるどころか減額されてしまうのを俺は良く知っている。


「わかった。ママ。ありがとう」


「それやめて。

 ――それで? <狼騎>の騎士はどうするつもりなの? あなたが乗るわけじゃないんでしょう? 中身が居ないんじゃ、それこそただの玩具よ?」


「それは考えてある。ちょうど良いイベントがあるじゃないか」


 俺の言葉に、ソフィアは顔を上げる。


「あなたまさか――」


「ああ。騎兵試験の武技試合優勝者を騎士にしようと思う」


 悪い考えじゃないと思う。


 騎兵騎士への受験資格は入団二年目から与えられるが、毎年、武技試合で優勝するのは、やはり入団年数を経た者達ばかりだ。


 そういう者らは小隊指揮の経験なんかもあるから、俺が考える特殊部隊の隊長も務められるはずだ。


 経験がなくても、それは将軍あたりの幕下につけて経験を積ませればいいだけだ。


「――大事なのは、俺達が作った最強の<兵騎>には、最強の騎士がふさわしいってトコだな」


 俺は拳を握りしめる。


「あなた、それヨソで言っちゃダメよ。<兵騎>に興味のない人でも、「最強」には憧れてる騎士って多いんだから」


「声に出てたか?」


「ええ、はっきりと」


「…………気をつける」

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